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不老不死にはわからない  作者: ある
デート

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手つなぎ

 扉を開けて現れた男は、一瞬だけ言葉を飲み込んだ。鏡の前で整えられた姿の存在を目にして、目元を細める。


「……似合ってるよ」


 その何気ない一言に、存在は瞬きもせず応えた。


「そう」


 ただの肯定。だがその耳の先が、ほんのり赤くなっているのを男は見逃さなかった。

 二人は並んで玄関を出て、ゆっくりと町へ歩き出す。





 町は休日の陽光に包まれ、どこか浮ついた空気に満ちていた。

 賑やかな通りには、友人同士で笑い合う声、腕を組んだ恋人たちの微笑み、小さな子を連れた夫婦の穏やかな姿があった。


 存在は、その光景をじっと見つめたあと、ぽつりと呟いた。


「……今日は、観察の一環として、“手を繋ぐ”ということをしてみたいの」


「手を?」


「ええ。男女間では、それは“普通の行為”とされている。だとすれば、どのような意味があるのか、試す価値があるわ」


 男は少し驚いたように存在を見たが、すぐに笑って手を差し出した。


「じゃあ、はい。どうぞ、観察用に」


 存在は真面目な顔でその手を見つめ、ゆっくりと自分の指を絡めた。ぎこちない力加減で、男の手を握る。

 思ったより大きかった。あたたかくて、ごつごつしていて、皮膚は少しだけ硬い。滑らかな自分の手とは違って、どこか生活の重みがあるようだった。


「……硬い。ごわついてる。あたたかい」


「君のは……やわらかいな。なんか……かわいい」


「手だけの接触で“かわいい”と評価される意味がよくわからない。これは単なる生体構造の差異に過ぎないわ」


 そう言いながらも、存在の声にわずかに戸惑いが混ざっていた。

 その様子を見て、男は肩を竦めて笑った。


「いいんじゃない? 意味なんてあとで考えたら。たとえば、“安心していいよ”って、そういう合図かもしれない」


「安心……?」


 存在はもう一度、自分の手を見下ろした。絡めた指の間から、相手の体温がじんわりと染み込んでくるようだった。

 最初は不自然だった歩幅も、次第に揃ってきた。存在は意識していたわけではないが、男は存在の速度に合わせるように足を運んでいた。手の感覚も、はじめのぎこちなさが消えていく。


 ただ触れているだけなのに、次第にそれが“自然”という形に馴染んでいく。

 それは観察の結果ではなく、体が覚えていく何かだった。


 男もまた、手を握りながらぽつりと呟いた。


「なんか、いいね。こういうの」


 存在は、もう返事をしなかった。ただその手を、少しだけ強く握った。





 石畳の続く通りを、二人は並んで歩く。手は繋いだまま。互いの体温がじんわりと指先から染み込み、気づけばそれは、ごく自然な形になっていた。

 通りには露店が立ち並び、色とりどりの雑貨や、職人の手による小物、異国の香りが漂う見世物に、通行人の視線が集まっていた。中でも特に存在の足を止めたのは、屋台に積まれた、見たことのない形や色をした果実だった。


「これは……?」


 存在はつぶやきながら、透明な皮に包まれた果実に指先を伸ばす。屋台の店主がにこやかに説明を始めるより先に、男は財布を取り出していた。


「興味あるなら、買ってみようか」


「でも、いいの?」


「楽しい思い出を作りたいときに、金を惜しまない男が、果たして何人いるだろうね」


 そう言って、男は慣れた調子で代金を払い、果実をひとつ手に取って存在へ差し出した。


「食べてみて」


 存在はそれを受け取り、慎重にかじる。弾けるような食感と、強い甘みと酸味が広がり、思わず瞳を見開いた。


「……これは、驚くべき味ね。美味しいわ」


 男はその反応に、嬉しそうに目を細めた。


 歩いていると、周囲から声をかけられることに存在は気づき始めた。露店の呼び込み、試食品を勧める手、手作りアクセサリーのおすすめ。

 まるで自分たちが特別な対象になっているかのようだった。


「……手を繋いで歩いていると、やけに声をかけられる気がするわ。これも、“男女の効果”なのかしら」


「うーん、まあ。“幸せそうに見える”ってのは、いい宣伝なんだよ。そういう人たちに声をかけた方が、お店も喜ばれるし、お金を使ってくれるって思われてる」


「合理的ね。でも、それだけ?」


 男は肩をすくめて笑った。


「そうでもあるけど、違うとも言えるかな。中には、“この二人には、もっと幸せになってほしい”って、そう思ってくれてる人もいるよ。悪意じゃなくて、願いだね。きっと」


 存在は少しだけ歩みを緩めて、男の横顔を見つめた。


「でも、随分と財布の紐が緩いのね。甲斐性ってやつかしら?」


「うん、まあ、そういうのもある。……男ってさ、好きな人の前では“どれだけ楽しませられるか”が、試練みたいなもんなんだ。だから……引けないんだよね」


 その言葉に、存在はあっさりと返した。


「……かわいそうに」


 男はたじろいだように顔をそらし、苦笑した。


「うっ……なんか刺さるな、その言い方。でも、君が楽しそうにしてるのを見ると、それだけで嬉しいかな。

でも、食べ物ばかりにお金を使いすぎじゃない? ……少しは抑えてね」


 そのとき存在は、果実をもうひとつ手に取りながら、ふっと小さく微笑んだ。


「なら、まだまだ“甲斐性”を見せてもらわないとね。これは私の大きな楽しみよ?」


 存在の声には皮肉が混じっていたが、その目は確かに楽しげに笑っていた。

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