せんせい
弟は呆然としていた。
ただ立ち尽くし、兄と存在を交互に見つめる。
草原を包んでいた熱はすでに消え、ただ静かな風が吹いている。焦げた草の香りも、もうない。
「……すげぇ、な……」
ぼそりと漏れた弟の声に、男が振り返る。
「ええっと、僕……今、魔法使ったか?」
どこか間抜けな声で言って、自分の手のひらを見つめている。
「使ってた。ちゃんと、綺麗な風だったわ」
存在が肩をすくめながら、くすっと笑った。
「風があるって、言ったでしょ?」
男は照れたように頬をかきながら、弟をちらりと見た。
すると、弟がぐっと前に出て、兄貴の胸を指で突きながら叫ぶ。
「兄貴、かっけーじゃんか! てか、ずりぃよ、あんなときに風、出すとか……! ずるいだろ、ほんと……!」
その目は悔しさ混じりながらも、確かに光っていた。
そして視線を存在に移す。
「それに……姉ちゃん、やっぱヤバいって。あんなの、俺でもどうにもなんねぇのに……さらっと、いなして……」
震える手をじっと見ながら、唇を噛んだ。
「なのに……俺の暴発、止めてくれて、町も、家族も……ありがとう」
その素直な礼に、存在は優しく微笑んだ。
「ううん、大丈夫。あなたの魔力……とてもすごかった。あれほどの複合魔法を、この年齢で暴発させられるなんて、普通はないことだと思う」
「……でも、制御はできなかった」
弟は下を向いた。
存在は、草のひとひらを拾いながら、続ける。
「魔力って、感情だけで動かすと、壊れてしまうの。大切なのは――調和よ」
彼女は指先で草を撫でる。その動きすら、風のように柔らかい。
「自然と同じ。ただ強くなるんじゃなくて、流れを感じて、寄り添って、自分の力として迎え入れるの。
そうして、初めて“意志を持った力”になるのよ。それは、自分勝手な力じゃなくて。世界に届く力になるわ」
弟はその言葉に、息を呑んだ。
そして――
「……っしゃあ!」
突然、叫んだかと思うと、地面に片膝をつき、存在に手を突き出して言い放った。
「せんせいっ! 俺、今日から弟子になるから! よろしくなっ!」
男が目を剥いた。
「はやっ!」
存在は唖然とし、それから堪えきれずに吹き出す。
「ふふ……いいの? 勝手に決めちゃって」
「だって、教えてもらわなきゃ、また暴走するかもしんねぇし? それに、強いし、優しいし、綺麗だし……」
「最後の余計!」
男がすかさずツッコミを入れる。
存在はくすくす笑いながら、男の方へ目を向けた。
「でも……この子、素直でいいわね。良いところ、君が吸われたんじゃない?」
「は?」
と返した男の表情に、再び笑いが起こる。
草原に、風が吹く。
先ほどまでの熱はもうない。
ただ、温かい空気が、彼らの間に、ふわりと流れていた。




