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不老不死にはわからない  作者: ある
第一章 記録には残らないもの

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これから

「それでは、わたしから、誓いの言葉を。


でもその前に、少しだけ、話しをさせて。

わたしね、最初はすごく不思議だったの。

お兄ちゃんがどこか遠くを見るような目をして、でも、大切にしてるってことだけは、すごくよくわかって……

それでも、少しだけ。ほんの少しだけ、戸惑った。

だって、普通じゃなかった。言葉も、形も、常識も違う中で、

どうしてこんなに深くわかり合えてるんだろうって、思ったんだ。


でもね、見ているうちにわかったよ。

二人とも、ちゃんと"見ようとしてた"んだよね。

違いを恐れず、わからないことをそのままにせず、

ときにはぶつかって、ときには避けて、それでも戻ってくる。

その繰り返しが、二人の形をちゃんと育てていった。


だから、わたしは誓います。

これからどんなことがあっても、わたしは二人のことを信じ続ける。

そして、二人が歩いていく先に、どんな風景があろうと。

それがたとえ、他の誰にも説明できない特別な世界だったとしても、

わたしは、その幸福を祝福します。


では、改めて――

これより、誓いの言葉を執り行います。」



 

 今ここに、自然の祝福のもとに立つお二人に問います。


 あなたは、目の前にいるこの人と、

 悲しみも喜びも分かち合い、

 健やかなるときも、病めるときも、

 ともに在りつづけることを誓いますか?


「形だけだったのに、必死な命乞いからはじまったのにさ、今は不思議な気分なんだ」


「私もよ。君には期待してた。でも、たぶん……その期待はもう違う形に変わってしまったかもしれないわ」


 あなたは、互いの違いを認め、

 心を通わせ、人生という時を共に歩むことを、

 自らの意思で選び、ここに誓いますか?


「傲慢な勘違いでいいんだよね? 僕はけっこう欲しがりだよ」


「ええ、私の"したい"が壊れるなんて。認めるわ、私の負けよ」


 たとえ日々が移ろい、形が変わっていったとしても、

 その本質を忘れず、愛と信頼を胸に携えて、

 ともに未来を築くことを誓いますか?


「寄り添ってあげる。形じゃなくて、君の妻として傍に居てあげる。この気持ちが壊れない限り」


「はは、君が心変わりしないように、これからは大変だ……今、ここから。僕たちは、はじまるのさ」


 では――

 ふたりの言葉で、その誓いを交わしてください。


「今日は凛々しい顔をしてるわね。気分がいいわ……いいわよ?」


「……うん」


 言葉はそれだけだった。


 それだけで、二人の間にあった曖昧なものが、確かなものへと変わっていく。

 存在は静かに、まぶたを閉じる。

 まるで、すべてを委ねるように。

 すべてを、信じるように。


 男は、一歩、存在に近づき、その小さく揺れた肩に手を添え、そっと唇を重ねた。


 それは、衝動ではなく、意思だった。

 熱ではなく、祈りだった。

 約束のかたち。愛の証。


 世界が、ひと呼吸止まったようだった。

 風の音が遠ざかり、火の光が二人の輪郭だけを照らす。


「わぁ……っ!!」


 ――それを見つめていた妹は、思わず息を呑んでいた。

 ふたりの間に流れているものが、あまりにも純粋で、あまりにも美しかったから。

 それは人と人との誓いに見えて、けして人だけに還元されるものではなかった。


 この瞬間だけは、祝詞も、形式も、意味を越えていた。


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 嬉しさでも、寂しさでもない。

 何かもっと、大きなものに触れてしまったような、ひたひたと満ちてくる感覚。


 ――ああ、なんて、綺麗なんだろう。

 この光景だけで、わたしはもう、報われてしまう。


 ふたりがただ唇を重ねている、それだけなのに。

 神々しい、なんて言葉が陳腐に思えるほどに。

 妹の目には、確かに、祝福そのものが映っていた。


 妹は思わず、ひとつだけ小さな笑みをこぼす。

 それは、憧れでも、嫉妬でもない。

 ただの、限りなく純粋な喜びだった。


 そのとき、静かに風が吹いた。


 木々がそよぎ、花冠の花が一片だけふわりと宙に舞った。

 まるで、世界までもが、ふたりの誓いにそっと頷いたかのように。


 ――そして、新しい二人の時間が、始まった。


 花畑に三人だけの式。

 存在は妹の作った衣装に身を包み、少しだけ足元を気にしながらも、花の上に立っている。


 男が照れながら言う。


「遅れたけど。君のその姿、すごく……綺麗だよ」


 存在は黙っていたが、風に髪が揺れると、微かに笑った。

 そして、小さな声でこう言った。


「……ありがとう」


 妹がそっと涙を拭いながら、小さく拍手をした。

 存在の胸元に咲いたウツシハナは、ほんの一瞬だけ、白く光って――そして静かに散った。




 式から暫く経った後日。

 祭りの名残りが町にまだほんのりと残っていた。

 揺れる旗、行き交う人、時折聞こえる笛の音――

 ふたりは連れ立って、その喧騒の外れを歩いていた。


 存在は、何やら珍しげにあちこち見回している。

 手には、妹への贈り物を包んだ箱。式のお礼のため、二人で町へ買い物に来ていた。

 中身は、男が選んだ硝子細工の耳飾り。

 朝の光を受けて、小さくきらめいていた。


「……それにしても」


 存在がふいに呟く。


「“妻”って、何すればいいのかしら?」


 男は少しだけ眉を上げた。


「いきなり来たな、その質問」


「だって、式までしちゃったのよ? 名目だけじゃないんでしょう?」


「そうだな。だからこそ――いつもどおりでいい」


「え?」


「無理に“妻らしく”なんてしなくていい。僕は……いつもの君が好きだよ」


 存在は、ふっと肩をすくめて、歩を止める。

 そして、男の顔を覗きこむように見つめた。


「……じゃあ、むしろ聞くけど。“いつもの私”って、どうなの?」


「んー……たまに毒舌で、理屈っぽくて、でも寂しがりで。料理は壊滅的で、寝起きは機嫌悪くて……以外と照れ屋なところ……かな」


「ひどい言いようじゃない?」


「誉めてるんだけど?」


 ふたりの間に、くすくすと笑い声が混じる。


 少し歩いて、川辺のベンチに腰掛ける。

 存在は手の中の箱を見下ろしながら、ぽつりと呟いた。


「……まだ、“好き”とか“愛”とかって、よくわからない」


 男は頷く。焦らない。そういう話を、何度もした。


「でもね」


 存在は空を見上げた。

 雲がゆっくりと流れていく。風が心地よく頬を撫でる。


「これから少しずつ、君が“好き”って思えるものを、私は見つけていくわ」


「うん」


「たとえば、君が好きな匂い。君が好きな音楽。君が微笑むときの理由。君が怒るときの言い訳」


「……あー、なんか怖いな。観察されてる感じが」


「観察よ。だって私、君を“知りたい”と思ってるもの。知らなきゃ、近づけないでしょ?」


 男は笑って、そっと彼女の頭を撫でる。

 髪が指の間をさらりと滑っていく。


「知ってどうするの?」


「……知って、好きになりたい」


 存在は照れくさそうに言った。

 でも、その言葉はどこか真っ直ぐで、揺らがなかった。


「だって、君の好きは、いつも私に向いているから。だったら、私も。その想いに、少しずつ応えていきたいって、思ってる」


 川の水面が揺れ、光がきらきらと弾けている。


「……えらいな」


 男がぽつりと呟いた。


「何それ、子ども扱い?」


「いや。感謝と尊敬とちょっとの不安」


「不安?」


「君が本当に、僕なんか好きになっちゃったら……もう逃げ場がないな、って。それでも、逃げずに受け止めたいと思ってる」


「ふふ。いいのよ、逃げても。どうせ追いかけるから」


「やっぱりちょっと怖いな」


 笑い合って、黙って、また笑って。

 言葉がなくても、ちゃんとそこに“関係”があった。


 遠くで教会の鐘が鳴る。

 それはまるで、ふたりだけの世界に届いた、静かな拍手のようだった。


 男と存在。

 まだ手探りで、不器用で、けれど確かな想いの種を携えて。

 ふたりは、歩いていく。


 形ではなく、共に在ることを選んだ、そのはじまりの一日を、

 ただの一日として、また積み重ねていく。


 未来という名の、永遠の日常の中へ――

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