風
心の底で、何かが――音もなく泡立ち始めていた。
弟の肩が震える。目の奥が、熱を帯びた光に揺れている。
(なんでだよ……)
ずっと、自分は「すごい」と言われてきた。
他の子がまだ魔法を学ぶ前から、もう使えていた。
炎も、水も、土も。どれも直感で、体の一部みたいに動いた。
そして思ったのだ。「俺には、魔法がある」と。
兄は、魔法の才能がなかった。けれど言葉で、行動で、妹や家族や、時には自分まで守ってくれた。
その背中はいつだって、誰かの前に立っていた。
「守る人」――弟にとって、それは兄の姿そのものだった。
だから、魔法が使える自分は、兄以上に「守れる」と思っていた。そう信じたかった。
だが今、目の前にいる“存在”は――
そのすべてを、何もかもを、「当たり前のように」凌駕してきた。
(ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな……っ!!)
怒りが、恥が、焦りが、渦を巻く。
魔力が、それに呼応するように泡立ち、溢れ出していく。
身体の内側が、熱い。重い。ぶつぶつと、小さく泡が弾けるような感覚が指先を走る。
「くそっ……お前のせいで……!」
叫びと共に魔力が噴き出した。
地面がひび割れ、空気が軋む。
炎、水、土――三つの属性が、混ざり合い、ぶつかり、共鳴し、暴走する。
「――だめだ、制御できないっ……!」
弟の足元から複合魔法が暴発する。
赤く煮えたぎる蒸気が音もなく膨張し、熱波となって空気を焼く。
稲妻のような閃光が迸り、草原の一帯が不気味に揺らぎ始める。
その先は、町。家。妹。父と母。
存在の瞳が静かに細められた。
そして、今まで抑えていた力を、解き放つ。
彼女の周囲の空気が、一瞬で変わった。
緩やかだった風がぴたりと止まり、代わりに大気が彼女を中心に渦巻き始める。
「お願い、弟さんを守って。君なら、できる」
短く、静かな言葉だった。
男は一瞬目を見開き、それからうなずいた。
「ああ、やってやる」
存在が前に出る。
その指先から、魔力が解き放たれる。だがそれは、破壊でも攻撃でもない。
風と水と光を混ぜたような霧が舞い、暴発する複合魔法のエネルギーを包み込んでいく。
炎は、力を失い、土は砂と化し、水は粒子となって霧散した。
全てが、塵となり――風に還った。
「……終わりよ」
存在の足元で、地面が静かに元の色に戻る。
しかし、吹き荒れる塵と熱はまだ周囲に残っていた。
そのとき、男が弟の前に立った。
彼の手が、無意識に動いた。心の底から、守りたいと願ったその瞬間――
風が生まれた。
それは柔らかく、しかし確かに力強い風だった。
塵を押し流し、灼熱を和らげ、弟と自分を包み込む。
「……兄貴……」
弟は、その背を見つめた。
才能もない兄貴が、自分の前にいる。自身を優先すべき、守られるべき人である兄貴が。
それでも、一番最初に、自分を守った。
心の奥が、じわ、と熱を帯びる。
(なんだよ、それ……ズルいだろ……)




