存在の魔力
町外れの草原は、昼下がりの陽射しにゆるやかに揺れていた。
背の低い草が風に撫でられ、そこに二つの影が向き合う。
弟は腕を組み、顔をしかめながら存在を睨みつけていた。
その足元には、すでに火の魔法陣が刻まれている。
「いいか、手加減とかしなくていいからな。俺、全力で行くから」
「ええ、じゃあ……始めましょうか」
「二人とも、はしゃぎすぎないでね」
男は下がる。
存在の返事が落ち着きすぎていて、弟はむっとした様子で構えを取る。
そして、片手を前に突き出すと同時に、火球が弾けるように放たれた。
その軌道は鋭く、途中で裂けるように三つに分裂する。狙いも速度も、少年とは思えぬほど正確だった。
だが――
存在は微動だにせず、手のひらを軽くかざしただけだった。
次の瞬間、火球は風に融けるように霧散し、何もなかったかのように消える。
「……っ、いま、相殺したのか?」
「正確には、“流した”の。火って、圧が掛かっている間しか燃え続けられないのよ。あなたの火球、外側ばかり強くて、内側が少し脆かったわ」
弟は歯ぎしりしながら、次の構えに入る。今度は、地面から突き上げるように石の槍が飛び出す。
存在は足元の動きを読んで、ひらりと横へ避けた。石が砕け、塵が舞い上がる。
「土は反応が鈍いから、焦って詰めると隙ができるわよ」
「うるさいっ……!」
今度は水。手のひらに霧を凝縮し、氷の槍に変える。
弟の動きは鋭い。連続で繰り出される水魔法の刃が、次々と存在に向かう。
だが存在は、ただ静かにそれを避け続けた。まるで踊るような足運びで、一本も当たらせない。
「水は、感情の中でも“揺れ”が強く出るの。だからあなたが迷ってると、形も揺れるわね。見て、少しずつブレてきてる」
「黙れよ……っ!」
弟の呼吸が荒くなる。動きに焦りが混じり、次の魔法が暴発気味になる。
それを見計らったように、存在が動いた。
足先に魔力を集め拡散、一瞬で距離を詰め、弟の背後に立つ。
「……っ!? いつの間に……」
弟が振り返った時には、存在の手がそっと彼の両手の上に添えられていた。
「焦って力を出すと、魔力が拡がってコントロールを失うわ。あなたの火は、まだ“荒い”」
「な……っ!」
「勝負あり、かな」
弟の瞳が見開かれ、頬がかすかに紅潮する。
恥かしさ、悔しさ、驚き、怒り……それらすべてが一気に押し寄せる。
「……ふざけんなよ……! なんでそんな簡単に……! 俺は、ずっと練習して……兄貴にも負けたくなくて……!」
声が震える。魔力も、揺れている。
その時、弟の中に沈んでいたものが、ゆっくりと泡のように浮かび上がり始めていた――




