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不老不死にはわからない  作者: ある
第一章 記録には残らないもの

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夫婦の在り方

静かな午後だった。彼女と妹が飾り付けの買い物に出かけた後、家には男と両親だけが残っていた。居間にはやわらかな陽が差し込み、湯気の立つお茶の香りがふわりと広がる。

父は雑誌をたたみ、ソファに深く腰掛ける。母はテーブルに小さな茶菓子を並べながら、ふと男のほうに視線を向けた。


「あの二人仲良くなったわね。傍からすると友達、姉妹に見えるのかしらね……ねぇ、あの子と、どういうつもりでいるの?」


突然の問いに、男は少し驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「一緒に生きていきたいと思ってる」


父が目を細め、静かに問い返す。


「それは“夫になる”ということを、どう捉えてる? お前が誰と生きていくか、そこに口を挟む気はない。

ただ……夫になるってのは、自分の意思だけじゃなくて、相手を受け止め続ける覚悟がいる。簡単じゃないぞ」


男は少し黙った。言葉を探しているようだった。やがて、ゆっくりと答える。


「まだ、正直なところ……よくわからない部分もある。彼女は、いろんなことを自分で抱え込むし、過去も、未来も、あまり語らない。

でも、だからこそ放っておけないんだ。わからないことが多いから、知りたいって思う。……知り続けたいって思う」


父は頷いた。だが、それでも問いは止まない。


「わからないまま、共に生きていけると思うか?」


男は答えに詰まった。目の前の湯飲みを見つめる。


「……正直、不安だよ。でも、わかりきった人間といるより、わからない人と歩くほうが、きっと意味があるって、最近は思うんだ」


「意味?」


「……彼女と一緒にいることで、自分の見方や感じ方が少しずつ変わっていくのがわかる。最初はただ、気になる存在だった。

でも、今は……彼女と居たいなって思うようになった。どこか欠けてるように見える彼女の隣で、自分が足りないものになれたら、いいなって…」


母は男の言葉を静かに聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「あの子、彼女のことだけどね。あなたが理解しづらいの、無理もないと思うわ。あの子、自分自身の感情にすら不器用なのね。

母さんとお喋りしててもね、どこか手探りで浸ってるのよ。全てが"はじめて"って感覚を味わってるような」


「……うん、そうかもしれない」


「けどね、不器用だからこそ、一度向けた想いをとても大事にする。たとえば……笑顔ひとつ、言葉ひとつ、それだけで心が動いてしまうほどに、繊細なところがあるのよ。

あなたに見せてない表情、たくさんあると思う。あの子、自分をちゃんと持ってる。だけど、見せ方を知らないだけなの」


男は少し目を見開いた。


「たしかに。彼女、よく黙ってる。でも、時々、ふとした瞬間に……綺麗なものを見るような目をする」


「そう。その目に気づいたなら、大丈夫。ちゃんと見ようとしてるってことだから」


母はにっこり笑った。


「女ってね、“ずっとわかってもらえなくても、それでも見ようとしてくれる人”に、心を委ねられるのよ」


男は首をかしげた。


「……それ、母さんが言うとなんか説得力あるような、ないような」


母が眉を上げてにらむ。


「どういう意味よ、それ」


「いやいや、普段の説教が強すぎて“委ねる”って感じがあんまりしないなーって」


父が笑いながらうなずいた。


「母さんの“委ねる”は、まあ……時限爆弾タイプだな」


母が二人を睨みながら、茶菓子の皿をどんと置いた。


「はいはい、お茶うけ追加。言いたい放題にはサービスしないわよ」


「そうか。そっか……」


父は湯飲みを手に取り、ふうと息を吐いた。


「俺たちも、そんなふうだったよ」


男が父を見る。


「どうして一緒になったの?」


「うん……母さんと初めて出会ったとき、わけがわからなかった。感性も、考え方も違いすぎた。でも……この人といたら、自分の狭い世界が壊れるって、どこかで感じたんだ。

怖さもあったけど、それ以上に惹かれた。……不思議だよな」


母が少し照れたように笑い、頷いた。


「あなたが、わからないまま愛したから、わたしも安心して寄りかかれたのよ。家族って、ずっと手探りなのよ。私たちだって、今でも喧嘩するもの。でも……一緒にいるって、そういうことよ」


男は二人のやりとりを聞きながら、胸の奥に何か温かなものが流れるのを感じていた。


「……ありがとう。なんか、少し見えた気がするよ。自分なりに、ちゃんと彼女の隣に立てるようになりたい」


母は頷き、そっと男の肩に手を置いた。


「大丈夫。あなたなら、きっと伝えられる。焦らず、ちゃんと見つめていってあげて」


そのとき、玄関の扉が開き、妹の元気な声が聞こえた。


「ただいまーっ!!」


男は立ち上がり、居間を出ていく。ふと振り返り、両親に微笑んだ。


「ありがとう。彼女をちゃんと見るよ」


扉の向こう、夕陽の光の中で彼女の笑顔が見えた気がした。

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