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虚空の街  作者: 数ビット
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09

 秋も深まった頃、僕は自転車に乗ってデパートに向かった。

 街の街路樹はとっくに真冬のように葉が落ちており季節がよくわからなかったが、秋の筈だった。


 4ヶ月ほど経ったのだろうか、誰とも会わない事には慣れきっていて、寂しさを感じなくなった。まだ干からびた野菜やぐにゃりとした肉を食べる事には抵抗を感じるが食生活は満たされ体調は良い。風邪をひかぬよう風呂には入らずお湯を沸かして蒸しタオルで身体を拭くだけに留めている。


 向かった先のデパートは食品売り場が夜12時まで営業しており、運が良ければ中に入れる筈だった。停電で開かない自動ドアの多くは手でこじ開けられるし、貨物の搬入口から入れるかもしれない。白昼堂々とデパートの入り口をこじ開ける事にも抵抗を感じなくなっていた。むしろ手付かずの商品の数々に期待が高まっていた。


 僕は何箇所かある入り口の鍵が掛かった自動ドアを開けようとして時間を無駄にしたが、一番大きな正面のドアを開ける事が出来、デパートの中に入った。


 中は日中とは思えないほど暗く、怖気つきそうになった。共犯者がいれば強がってみせる事もしただろうが、誰かがいればこんな事は出来ない。


 僕は「誰かいませんか」と声を張った。不法侵入する時のマナーのようになってしまったが、誰かがいないか確認する為に一応返事を待った……この4ヶ月で一度も誰の声も聞いてはいないが。


 中に入ると食品売り場を素通りしてエスカレーターに向かった。フロアの案内図を見て店内を把握し、階段と化したエスカレーターを上った。照明の消えたデパートのエスカレーターを上る事は高所で綱渡りするかのような恐怖感があった。上りきったフロアにあったマネキンに悲鳴を上げそうになった。僕は堂々と後ろめたい事をしており、人がいてもいなくても困る状況なのだ。


 デパートではキャンプ用品を取り扱っている事が多い。ファミリー向けの大きなテントがショールームのように飾られ、その周囲にはバーベキュー用品などが飾られていた。もしデパートが通常営業していたなら秋の深まったこの時期にはテントは片付けられ暖房器具コーナーになっていた事だろう。


 僕はまずランタンを探し、LEDのものを手に取って箱を開けた。都合よく近くには乾電池も用意されていた。僕は暗闇の中でLEDランタンに電池を入れてスイッチを入れた。眩しい光が周囲を照らし、デパートの暗闇の広さに心細くなった。ランタンの光はとても広い店内の殆どが暗闇に覆われている事も明白にしたようだ。


 もちろん僕がこのデパートに来る前から幾度も映画「ゾンビ」を想起していた。ショッピングモールに行けばどうにかなるのではと考えないほうが難しい。しかし真っ暗闇では映画より怖い。もし世界中がゾンビだらけになったとしても停電している時にはデパートには来ないようにしようと思った。


 店内を物色しながら、ランタンは扱いが難しいと気付いた。光は横に広がるが上は照らせないので、頭より高く持ち上げていないと周囲が見えない。結局、懐中電灯を探してパッケージから取り出し電池を入れた。ランタンは床に置きっぱなしにしてキャンプ用品コーナーを見て回った。


 僕はコンパクトに収納できる鍋やカップのセットと、ガス缶で使えるストーブを手に取った。買い物カゴをカートに乗せ、鍋セットとストーブをカゴに入れた。ホワイトガソリンで使うバーナーも欲しかったが、素人の僕が扱うには危険に思われた。


 デパートを巡って防寒着と軍手と工具セットをカゴに入れた。工具は自転車を整備する為に欲しかったのだがコンビニなどでは手に入らなかったのだ。太陽電池で充電できるモバイルバッテリーを探したがこのデパートでは取り扱っていなかったようだ。一応幾つかの普通のモバイルバッテリーをカゴに入れた。ある程度充電されている筈だからだ。


 懐中電灯片手に暗闇のデパートを物色するのはとても時間がかかった。闇に覆われたデパートの店内はとても広く感じられ、懐中電灯が照らすのは陳列棚のほんの一部分だけだった。


 どうして僕がデパートに来たのかというと、これからどうするかで悩んでいたからだ。


 既に4ヶ月の時間が流れ、どうやら街から誰もいなくなったという状況は夢ではなく、人だけでなく動物もカビさえも姿を消しているらしく、しかし原因はわからず元に戻る様子もなく、ただ時間だけが流れて梅雨から夏に、夏から秋にと移り変わっていた。もちろん次は冬が来るだろう。


 僕の考えでは2通りの選択肢があった。


 ひとつは一人で冬を乗り切るための冬支度をする事。

 寒い冬に電気もガスも灯油もなく過ごすのは、まるで100年前の生活だ……いや100年前の日本なら電気は使えた筈だったように思う……インターネットで調べられない事が不便だが、いまさら雑学を知っても意味が無い。知識も共用もない中年が人類最後の一人だったとしたら、悲劇というより喜劇だろう。


 ともあれ学のない僕が冬を乗り切るには相応の準備が必要に思えた。雪が降れば外出できない事もあるだろうし、寒さで体調を崩しても誰も助けてはくれない。救急車も病院も頼れない。なので本格的に寒くなる前に冬支度を済ませなければならない。


 もうひとつの選択肢は、人探しの旅に出る事だ。

 そもそも僕はこの異常な状況の全てを把握していない。僕の視界に映る範疇で誰もいないだけかもしれないし、何かの問題を解決すれば元に戻る事なのかもしれない。世界に僕一人しかいないという状況がありえない。何の取り柄も無い中年の僕が世界に残れたのなら、僕より優れた人達が世界に残っていないわけがない。僕のような落ちぶれた人間しか残れないのだとしても似たような人は大勢いるだろうし、日本にいる1億人が僕だけ残して一斉に消え去ったという事のほうが有り得ない事だ。


 元々の鬱屈した日々の所為でこの状況に慣れる事に精一杯・手一杯で、他の人を探し出す心の余裕が無かったように思う。いまも心に余裕があるとは思えないが、考えてもわからない事ばかりの現状も他の誰かがいれば解決の糸口も見つかるだろう。


 この2つの選択肢はどちらも必要な事に思えたが、どちらにすべきかという事は決めかねていた。

 人を探すにも当てがあるわけではなく、冬支度をしても先の心配が無くなるわけではなかった。


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