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虚空の街  作者: 数ビット
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 それから2日後、ネットの更新が止まったと思われる日から1週間が経った。

 僕はカセットコンロでお湯を沸かしてハンドドリップでコーヒーを入れ、日課となりつつあるコンビニへの散歩に出かけた。停電は復旧しないままなので、日の出ている時間に出かけて日没までに安アパートに戻るようにしなければならない。


 この2日間でスマホやPCでのインターネットは殆どのサイトが表示されなくなった。自動更新されていた天気予報のページさえ繋がらず、バナー広告だけ表示されてメインページはいつまで経っても読み込まれないという事も多かった。


 食事事情は元々が節約生活だったので、食材が尽きかけても普段と大きな差はなかった。米があれば飢える事は無いので日本人に生まれてよかったと思うが、買い溜めていた卵や野菜はとっくに無くなり、インスタント食品で誤魔化す感じになっていた。白米とカップ麺で十分満足できる食事になるが毎日続ければ健康に悪そうだ。


 電気のない生活は不自由だったが、思い返せば僕がとても幼かった頃にはスマートフォンもPCも無かったし、電子レンジも無かったように思う。テレビゲームは勿論、デジタル時計や電卓さえ珍しいものだった。そういった時代を思えば停電程度はまだ乗り切れるような気がしたし、生きるだけなら案外と電気は不要だった。……そう思えるのもカセットコンロを拝借できたからだが。


 コンビニの自動ドアを手で開き中に入った。

 レジカウンターに置いた金は置いた時そのままで微塵も動いてはいなかった。

 僕以外の誰かがこのコンビニに来た様子もない。


 開き直って、必要なものは持ち帰ろうと考えていた。食料や飲み物も欲しいし、煙草も欲しい。

 犯罪をする事に不安も感じ、念の為に軍手を用意してきた。こういった事は非常時には許されるのだろうか?


 僕は一言「失礼します」と言いながらレジカウンターの中に入り、煙草を2箱取ってポケットに入れた。そしてカウンターの下を探してビニール袋を1枚取り、食品コーナーを物色した。万引きと言うのか泥棒なのか、略奪行為と言うべきか。


 パン類はどれも賞味期限を過ぎていて、惣菜が並ぶ棚も同様だった。見た感じではカビも生えておらず普通に食べられそうに見えたが、余計に持ち帰っても荷物になるだけだ。アイスクリームなどが入った冷凍ケースの中から甘い匂いが漂っており溶けている事は手に取らずともわかった。冷凍食品も同様だろう。野菜などは少し乾いてきているように見えた。


 僕はレトルトのパスタソースを幾つかと普段は買わない味のカップ麺、スポーツドリンクと安物のワインをビニール袋に詰めた。他には砂糖とインスタントコーヒー、まだ使い切っていないがガス缶も1セット持ち帰る事にした。ガス缶は案外と重いので余裕のある時に確保したほうが良いように思ったのだ。


 街に誰もいないという異常な状況も数日立てば慣れてしまうもので、むしろ劣等感に苛まれながら安アパートの部屋に篭りきっていた時よりも清々しい気分を感じていた。

 劣等感というものは他の誰かを羨んだり妬んだりする事でこじれていく。しかし他の誰かという不特定多数の人々は僕とは無関係の人達で、僕は僕とは無縁の人と自分を比較して落ちこぼれた気分に沈んでいた。

 その「他の誰か」の誰もが街から姿を消し、僕は誰の目も気にする必要が無くなった。


 もちろんどうして街から誰もいなくなったのかの理由はわからないままだし、僕一人だけが取り残されている現状にも不安を感じている。僕だけがここにいる事が何かの違反行為なのかもしれないし、街全体が目に見えない放射能や細菌兵器が漂っているのかもしれない。


 しかし悩んでも答は出ないし、唯一の問題は食事の確保くらいだ。

 仮に僕が放射能や細菌兵器に毒されていたとしても死ぬ直前までは腹が減る。その空腹を我慢して耐えるか、悔いを残さないようにするかの問題で、幸か不幸か街には誰もいないのだ。


「これで僕も犯罪者か。いつ逮捕されるやら」


 僕はレジカウンターに金を置かずに帰路に着いた。何か変化があるかどうかは気になるので以前に置いた金は手を触れずそのままにしておいた。


 帰宅してパスタを茹でてレトルトのソースをかけて食べた。麺の水切りをいいかげんに済ませてしまったのでソースが麺に絡まず微妙な出来となったが、普段の節約生活での自炊では味わえない風味だった。


 コーヒーを飲んで一息ついてから僕は布団の上に寝転んだ。眠るつもりは無かったが、コンビニから勝手に商品を持ち帰るという一大イベントを済ませた後なので妙な興奮と疲労が身体に溜まっていた。


「……果たして警察は僕の部屋に来るのだろうか?」


 監視カメラは停電で動いていないだろうし、臆病な僕は軍手をしていたので指紋も残っていない筈だ。もし警察が来てもいまこの街には僕しかいないようだから犯人も僕以外にいない。

 一方で警察に来てほしいと言う気持ちも強くあった。誰もいないままでは何もわからないままだ。警察に逮捕されたとしても街から誰もいなくなった理由を知りたい気分だった。


 梅雨も明けるのも近い頃と思うが気象情報が得られない。起き上がって窓際で煙草に火をつけ、湿気た風が吹き落葉が舞い上がるのをぼんやりと眺めた。1日5本と決めていた煙草も数えるのをやめているが、吸い過ぎれば再びコンビニから失敬してこなければならないので好きなだけ吸う気分にもならなかった。


 翌日はコンビニには行かず、近所の自転車置き場を物色した。今度は自転車泥棒をするつもりだった。少々の移動なら徒歩で十分だが、この街の他がどうなっているのか気になったし、自転車を買おうにも店は開いていないだろうからだ。


 僕は鍵のかかっていない放置自転車を探した。高級な自転車を拝借するのは気が引けたし、アパートの多い辺りでは引っ越し時に捨てられた自転車が何台も溜まっている事もある。

 しばらく物色した結果、使い物になりそうな自転車は見つけられなかった。放置されている自転車は見た目以上に損傷が激しく、壊れた自転車を寄せ集めて修理しようとしてもサイズの違いでパーツが揃わない。また工具も用意していなかったのでパンクの修理さえ出来なかった。


 僕は自転車泥棒をせずに済んだと思い直してアパートに戻った。

 日が暮れる前に安アパートに戻りたかった。

 誰もいなくなった街での夜の闇は、なにか不気味な印象を感じた。40代半ばを過ぎた中年男性が夜が怖いというのも恥ずかしい話だが、なにか本能のようなものが危険を知らせているような気さえしたのだ。


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