06
2週間ほど経ち、梅雨が明けたような天気が続いた。
湿気た曇り空の蒸した空気も薄れ、日差しで焼けたコンクリートの匂いが夏を感じさせた。
……しかし本当に梅雨が明けたのかはわからなかった。
インターネットは完全に繋がらなくなっていて、スマートフォンもPCも使い道がなくなっていた。
行きつけのコンビニはインスタントと菓子類の棚に隙間が目立つほどになっていた。煙草も僕の吸う銘柄は残り少なくなっている。店の奥を漁れば在庫などもあるのだろうが、誰もいなくとも不要に物色するのは気が引けた。
レジのカウンターに置きっぱなしにしてある金は自動ドアの隙間風で僅かに動いた気がする……つまり誰も触っていないように見えた。
僕は街のあちこちを練り歩き、鍵のかかっていないシティサイクルを見つけたので拝借した。最初は使った後に置いてあった場所に戻していたが、数日前から自分の住む安アパートの前に置いている。
また何軒かの一軒家は鍵がかかっていなかったので、中に入った。
誰もいないという前提での不法侵入だが、もし家の中に住人がいたら、または死体が転がっていたら、家主とは全く関係の無い人間がいたら……と不安だらけだった。
街を歩いていても人とは出会わない事は明らかだったが、家屋の中に誰もいないとは限らない。僕のように部屋に引き篭もっている人も何処かにいる筈だ。もし他に人がいるとすれば僕自身が能動的に探し出さなければ出会う可能性は低かった。
とはいえ僕がやっている事は不法侵入であり、コンビニでは泥棒をしている。街に誰もいない理由が何かの災害なら僕のやっている事は火事場泥棒だ。非常事態の時の犯罪は普段よりも罪が重かった筈だ。
火事場泥棒の僕が他人の家に勝手に入っているのだから、そこに誰がいてもトラブルになるだろう。その誰かがなんらなの理由で死んでいたとすれば最悪だ。街に人がいない理由が死んでいたからでは、まるで人類滅亡のようだ。安直にネットが更新されず繋がらなくなった理由と結び付けたくはないが、日本中・世界中から誰もいなくなったのだとしたら……僕にはどうしようもない。
しかし、どの家の中にも人の姿は無かった。
結局、街から人がいなくなった理由は何もわからかったが、死体が転がっていなかっただけでも幸運だと思うしかない。もし死体があれば街全体に致死性のガスかウィルスが蔓延して多くの人が犠牲になった可能性が高まってしまう。そのようなSF映画のような状況になっていたとしても、落ちぶれた中年でしかない僕には何も出来ない。映画「宇宙戦争」の主人公も凡人として描かれていたが、街から人がいなくなった事に気付かず惰眠を貪っていた愚鈍な僕ではエイリアンの弱点にも気付かないだろう。
不法侵入して一通り部屋の中に死体がないかを確認した後は、少々の心の余裕が出来る。仮に街から人がいなくなった2週間前に住人やペットが亡くなっていたとすれば、それを見つけてしまった時には相当グロテスクなものを見る事になるだろう。しかし不思議と……いっそ死体があったほうが自然に思えるのだが、どの部屋にも誰もいなかった。勇気を出してベッドの毛布をめくってみても、風呂場にもトイレにも誰もいなかった。
何件かの家に不法侵入したが、いずれも「もぬけの殻」だった。飲みかけのマグカップ、ソファーの傍らに落ちている雑誌、電池の切れたスマートフォンが、つい先程まで使われていたように置き去りになっていた。
一軒家に不法侵入していると、次第に出歯亀のような気分にもなった。一軒家の住人は概ね老夫婦か若い家族のどちらかだった。綺麗な一軒家は大体子供のいる若い家族だ。親は僕よりも若い30代前後といったところだろう。2~3人の子供がいると思われ、一軒家を建てられるだけあって玩具なども豊富に買い与えられている様子だった。
中には中学生や高校生の子供がいる家もあり、女子学生の部屋などは派手な化粧品が散らかっているのにクローゼットの中の下着類は幼稚なものばかりなのが滑稽に思えた。そしてこれらは僕が若かった頃にきちんと将来を考え行動していれば得られたかもしれない幸福な家庭なのだと気付く頃に出歯亀気分も萎えていった。
自転車泥棒の僕は行動範囲がかなり広がった。
街の中心部や郊外の住宅街や隣町のスーパーマーケットなど、毎日方角を変えて自転車を走らせた。
しかし夏の日差しに日焼けしそうになるばかりで、一向に誰の姿も見かけなかった。
道路には落葉が吹き溜まっていたので道路の真ん中を走った。タイヤの空気圧が少ないのかペダルが重く感じたが、青空の日中に道路の真ん中を自転車で失踪するのはとても気分が良かった。
どのコンビニの自動ドアも手で開ける事が出来たので、自転車で走った後にはコンビニで飲み物を失敬した。停電し冷えていない飲み物ばかりなので炭酸のものは避け、スポーツドリンクやお茶ばかりを選んだ。
盗んだ自転車で走り、目についた一軒やの玄関に鍵がかかっているかを調べ、コンビニで飲み物を万引きする……元来臆病者の僕がそんな事ばかりをしているので軍手は付けっぱなしだ。
街に誰もいないという現実は、その原因がわからないので不安は大きかったが、正直な気持ちを言えばとても清々しかった。
せいせいした、とさえ言えるだろう。
僕が将来性のない落ちぶれた日々を送っていた陰鬱な気分は、誰もいなくなった事で悩み落ち込む理由がなくなっていた。僕の内面的な問題なのに、ぼくと無関係な人達全員が姿を消しただけで解決した事が不思議にさえ思えた。問題がないわけではないが、僕は貯金残高に怯える必要もなくなり、ひがんだり後悔したりする必要も無くなったのだ。
誰もいないのだから道路の真ん中で素っ裸になっても誰にも咎められないし、大騒ぎしても誰の迷惑にもならない。40数年間の人生で初めての完全な自由が、いまなのだ。
街中の窓ガラスを割っても、無免許で自動車を運転しても、いっそ建物を放火しても、どうせ誰も出てこないのだ。既に僕はコンビニから商品を盗み、自転車を盗み、不法侵入しているが、誰も僕を裁きに来ないのだ。
……だからといって実際に窓ガラスを割ったり放火したりする気は無い。悪い事をするにも体力は必要で、僕は40半ば過ぎの中年だ。街中で裸になって衰えた身体を晒しても僕自身が恥ずかしいだけだし、大騒ぎする若さも無い。
僕はコンビニから持ち出した紅茶のペットボトルを飲もうと、公園のベンチに座った。
ペットボトルの蓋を開け、ぬるい紅茶を半分ほど飲み干した。夏の日差しが児童公園の木々の影を地面にくっきりと映し出していた。青く輝く空にくっきりとした影のコントラストはいかにも夏といった光景だった。僕が幼かった頃に見た景色に似ているような気がする。
(……一体、僕は何をしているんだ?)
街から誰もいなくなったという状況に際して、僕のような中年男性が取るべき行動は幾つかしかない。原因を究明するか、自衛に徹するか、存分にこの状況を満喫するか、だ。
原因の究明というところでは結局「街に誰もいないという現実」しかわかっていない。天災が起きた痕跡も無く、事故や戦争といった人災も無かったようだ。もし僕以外の誰かが一人でもいれば謎の答がわかるのかもしれないが、2週間経っても誰の姿も見ていない。死体さえ無いのだ。
自衛に徹するという事で言えば僕はコンビニなどから色々と盗んでいるので、既に加害者側だ。人がいなくとも粛々と法とモラルを守る事が出来れば良かったのだが、そもそも節約生活でひもじい日々だった僕にはそうするだけの蓄えなど無かった。
いっそ誰もいない状況を満喫し、好き勝手にする事も出来る。所有者がいないのだから街の全ての物を僕が独占して自由を謳歌し、誰かが出てきた時には裁かれれば良いのだ。誰もいない時に誰もいない状況を楽しみ、元に戻ったならば刑務所に入ればいい。どうせ僕には将来など無いのだから割り切った生き方をしても問題はない筈だ。それをせず中途半端にしか泥棒を出来ないのは、僕が若さの無い中年で、街中の全ての物を欲しいと思う欲望さえ枯れているからだった。
「一体、僕は、何をしているんだ?」
声に出して言ってみたが、僕の冴えない声を聞くのは僕しかいなかった。
自由なのに何も出来ない状況というのは、自分の無力さでしかなかった。
何か行動したいという欲求も弱く、どのようにしようという意志も弱く、目標も無く欲望も無かった。
改めて感じるのは、僕は街から人がいなくなる前からすっかり色々なものを失っていて、ただ無為に時間が過ぎるのを待つことに慣れきってしまっていたという事だ。
心の奥底で僕は誰かが助けてくれる事を望んでいたのだろうし、何かの奇跡で救われる事を渇望していたのだろう。いい歳の中年の大人が他力本願な事を望んで安アパートに引き篭もっていただけというのが本当の現実なのだろうが、誰の助けも無く再起できる人間は稀であろうし、嫌な現実から目を背けたいという事には年齢は関係ないだろうとも思う。理念や理想だけで人に人生が良くなるのなら世界はもっと平和な筈だ。
僕は煙草に火をつけた。1日5本というルールはとっくに無視している事だが、好きなだけ吸おうとしても余計に吸いたい気分にはならなかった。ヘビースモーカーになれるほどの体力は僕には無いようだ。
ふぅと煙を吐き出し、夏の景色を呆然と眺めた。
地面に映る木々の影がそよ風で動いた。もし街に人がいるなら早朝にはここで子供達がラジオ体操をしていたのだろう。犬の散歩をする老人や、昼食の弁当を広げるサラリーマンもいたかもしれない。
呆然と公園を眺めていると、僕は何かに気付いた。
地面の影に動かないものがあった。
木々の陰に重なったその影は風が吹いても揺れ動く事は無く、しかし何かの建物などの影とは違った歪んだ円形の影だった。僕は空を見上げて太陽と影の間を見たが、何も無かった。
不思議に思いつつ、その影を凝視し続けた。木々の陰ではなく公園の設置物の影でもなく、建物の影でもなかった。しばらく眺めていると僕の目が悪くなっただけのようにも思えてくる。視界の一部が薄っすら黒い影になっている感じだ。
他に眺めるものも無かったので、僕はその影をしばらく眺め続けた。公園のタイル模様の地面を物差しかわりに影が動いているかどうかを見ていると、数分の時間をかけて僅かに動いているように見えた。何度か周囲を見て何の影かを再確認したが、何の影かはわからないままだった。
(太陽の傾きと関係があるのだろうか?)
ペットボトルの紅茶も飲み干し、この後はどこに行こうかと考えていた時、歪んだ丸い影がピクリと動いたように見えた。
僕はだらりと呆けていたので影が動いたように見えたのは目の錯覚か気のせいだろうと思った。気のせいでないならもう一度動くかもしれないと、影を眺めた。
影は動かないままだったが、影を見ているうちに僕は何かに似ている事に気付いた。
……これまで幾度も感じた「夜闇の恐怖」だ。
再び歪んだ丸い影が少しだけ動いた気がした。
僕は息を止め音を立てないようにベンチから立ち上がり、ゆっくりと自転車に向かい、公園から離れた。
日陰の無い交差点の中央まで移動してから振り返ったが、歪んだ丸い影は見えなかった。怯えて警戒した事が馬鹿馬鹿しく思えるほどだったが、僕の中の本能のような何かはしばらく落ち着かないままだった。




