表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の街  作者: 数ビット
2/19

02

 「街から誰もいなくなっていた事」に気付いたのは、自炊の為の食材の買い出しの時だった。


 煙草を買いに行ったコンビニでも異変には気付いていた。

 誰の姿も見かけず、街の喧騒というものもなく、とても静かだった。夕方なのにまるで日の出前のように車のいない道路、まるで空き地のような駐車場、公園で遊ぶ子供の姿も、自転車で走る学生の姿も無かった。


 しかし僕はその異変に対してあまり関心が湧かないまま「静かで落ち着く」とさえ思っていた。

 僕は自分の事を落ちぶれていると実感しているように、僕以外の誰もが僕より恵まれているように思っていた。僕より恵まれている人を目にする事は、僕の劣等感を刺激する事でもあった。僕には無い若さ、僕には無い安定、僕には無い笑顔をひけらかして生きている僕以外の誰もが妬ましいと思える時があったし、それさえ感じない時もあった。


 そういった僕以外の人は僕とは全くの無関係で、僕が誰かの幸せを願っても不幸になれと呪っても、相手には全く関係の無い事だった。無関係の人について考えて少しでも心を乱される事が煩わしかった。

 もちろん街から誰もいなくなったという事をすぐに納得できるわけもなく、時間が経てば何事も無く元に戻る事であろうと思っていた。


 しかし食材の買い出しに行っても売る人間がいないのでは、静かで落ち着くなどと呑気な事は考えられなかった。

 スーパーの駐車場はガラガラで、入り口も閉まったままだった。店内の照明も点いていないので休業日かと思ったが、そもそも2日前に煙草を買いに出かけた時から走っている自動車を1台も見ていない。明らかに何かが変だった。


 僕は1日5本と決めていた煙草を取り出し、予定外の1本に火をつけた。

(あぁ、全く無駄な出費だ)

 煙草も毎年のように値上げされ、いまでは1本20円以上の高級品になってしまった。20円に火をつけて灰にする事はドリップコーヒーと同様に落ちぶれた僕の数少ない贅沢だ。予定外の1本は後々の貯金残高が尽きるまでの時間を短くする事だったが、いまはとにかく一服つきたかった。


 きょうは休日ではなく平日で、早朝と夕方を間違えているわけでもない。

 地方都市の辺境ではあるが田舎の過疎地ではなく、通行人の一人も見かけないというのは奇妙に思えた。

 僕はなにかの勘違いか、ただ神経質になっているだけかもしれないとしばらく様子を見たが、煙草を吸い終わっても人影は見ないままだった。


 一体何がどうなっているのかわからないまま、僕は他のスーパーやコンビニに向かった。

 どのスーパーも閉店したままで、コンビニは店内には入れたが店員がいなかった。近くの店を見て歩く間、走っている車は1台も見かけなかった。信号の前で止まっている車を見かけたが、運転席には誰もいなかった。


 2時間近く近所を歩き回ったが、結局誰の姿も見なかった。

 一丁先のコンビニの店内BGMが聞こえそうなほど静まり返った街を歩きながら、僕はようやく何かが起きたのではと考え始めた。


 人の姿を見かけないからといって必ずしも何かが起きたとは言えない。偶然の事かもしれないし、なにかの勘違いかもしれない。数秒後に部活帰りの学生の集団と遭遇するかもしれない。そして僕は「安アパートに引き篭もっていたから世間の事を知らず勘違いしたのだ」などと考えるかもしれない。とてもリアルな夢かもしれない……自分の頬をつねるほど時代錯誤でもないが。


 安アパートの自室に戻りPCを起動し、スマートフォンを手に取った。どちらも最近殆ど触っていなかったが、ネットに溢れる些細な情報が役に立つ事も時々はある。

 スマートフォンでニュースを見たが、特に変わった事は書かれていなかった。名前も知らない有名人のゴシップや、何をしても批判される政治ニュース、反証を唱える事だけが目的のコラム記事などが並び、災害情報などの特別なニュースは無かった。

 PCでもブラウザを立ち上げ幾つかのネットニュースを眺めてみた。幾つかのサイトは何故か表示されなかったが、残りはスマートフォンと似たような記事が並んだ。ドラマの話題や重箱の隅をつつくようなトピックなど一層他愛も無いニュースが話題になっているようだ。


 ふと天気予報の情報が更新されていない事に気付き、何か違和感を感じた。

 つぶさにニュースサイトを見てみると、最新の記事が数日前になっている事に気付いた。ブラウザの更新ボタンを押してみても結果は変わらず数日前の記事が最新のものとなっていた。


 違和感が不安になっていくのを感じながら他のサイトも調べてみると、やはり記事の最終更新日は数日前となっていた。匿名掲示板やSNSなどの書き込みも数日前……具体的には4日前の深夜11:59分が最新のものだった。それ以降は書き込みは途絶えていた。


 僕はネットの書き込みが途絶えた4日前の深夜に何をしていたのだろう?と考えたが、何もしていなかったので記憶も無かった。

 ただただ落ちぶれた日々を過ごし続けている僕は毎日が鬱でノイローゼのような精神状態で、しかし40代の後半になった中年男が鬱やノイローゼで大騒ぎするような事もなく、ぼんやりとコーヒーを嗜み惰眠を貪る日々は健康的でさえあった。大体の事はどうにもならないし、どうにかしなければならない事は自炊の献立くらいだ。貯金残高の事など考えたくないし、それが尽きれば死ぬだけだ。僕が死んでも誰も悲しまないという面では気軽な人生だ。


 とはいえ4日前に何が起きたのかは気になる事だった。

 4日前から街から人がいなくなっていたのかはわからないが、何か関係があるように思えた。……そういえば最近は安アパートに響く騒々しい他の住人の足音や近くの道路を走る救急車の音を聞いていない。静かで過ごしやすいように思っていたが、人の気配を感じた記憶が無い。


 ネットの検索エンジンで直近24時間に更新されたサイトを調べた。何も無かったらどうしようと思ったが、ずらりと検索結果が表示された。僕はまた何か勘違いでもしていたのだと思ったが、よく見るとそれらのサイトは自動更新されているページばかりで、人の手によって更新されたホームページは見つけられなかった。他愛も無い呟きさえ4日前からひとつも無かった。


 僕が煙草を買いに行く以前の4日前から街から誰もいなかったのか、ただネットのシステム障害で4日なにも更新されていないだけなのか、結局は何もわからなかった。謎に思える事が増えただけだった。


 ネットが更新されていない理由は様々に考えられた。ネット接続料が未払いになっているのかもしれないし、PCやスマートフォンの不具合かもしれない。2~3割のサイトが表示されないので世界的なネットの障害が発生しているのかもしれない。


 少なくとも更新されていた4日前までは目立ったニュース等は無かった。世界戦争が起きたとか核ミサイルが発射されたとかという騒動は起きていなかった。地震などの自然災害も無く、戒厳令も避難命令も出ていない。タレントのスキャンダルとか政治への文句など他愛も無い世間話ばかりだった。


 僕は、意識的に、街で人を見かけない事と結び付けないように考えていた。


 僕はPCとスマホから離れ、予定外の煙草に火をつけた。

 少しだけ動悸が早くなっている。なにか良からぬ事でも起きたのでは無いか?という不安が払拭できない。

 深く吸い込んだ煙草の煙を吐き出し、天井に広がっていく煙を眺めた。安アパートでもあまり壁や天井が煙で黄ばめば敷金は戻ってこないだろうし、修復料を取られるかもしれない。僕には余計な出費を払うだけの余裕は無い。貯金を節約してなんとか生き長らえているだけの、何の才能も持たない落ちぶれた中年でしかない。


 煙草を吸い終わる頃にようやく動悸が治まり、普段どおりの荒んだ心に戻った。


(街で人を見かけなくても、ネットが更新されなくなっていたとしても、僕には関係の無い事じゃないか)


 そうして僕はいつもどおりの生活を続けようとした。

 食料はまだ米もあるし乾麺やインスタント食品も残っている。

 コーヒー豆も、カートンで買った煙草も数日は持つ。


 しかし気にならないと言えば嘘となる。

 もしどこかで何かが起きているのに安アパートに引き篭もって気付かなかったのなら、とても恥ずかしい事だと思った。僕だけ何も知らず、僕だけ何もしていない事が恥ずかしかった。その恥ずかしさから目を背けたかった。


 僕は簡素な食事を済ませて布団をかぶって眠り、翌朝にはいつも通りにコーヒーを飲んだが、いつものようにじっと部屋に篭っていられなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ