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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#18 ジャンピング・クイーンズ・フラッシュ
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ジャンピング・クイーンズ・フラッシュ①

  桜ヶ丘高校文化祭が始まって、午後四時前。いよいよ『ダンデライオン』との対決の時が迫ってきた。とはいえ、部長がじゃんけんに負けたため、先行側になってしまった私たち『フリージア』。アカリンってば、引き悪すぎ。

 過ぎたことを今更悔やんでも仕方ないと思い、名ばかり控え室の壇幕横部屋から、直で会場となる体育館を覗く。


 外はあいにくの雨だったが、会場にはすでに四百人ほどのオーディエンスが開幕を待っているらしい。けっこうな盛況ぶり。外の展示やら、食べもの屋なんかが軒並み閉まったため、体育館に人が集まったのかも……みんな帰ればいいのに。なんて私の想いとは真逆に、まだ人が入ってきている。入場者には登場用紙が配られていて、それを最後に投票箱に入れて集計するらしい。またずいぶんと、アナログ方式な。

 おまけに、タンポポ軍団の面々がステージ直下でパイプ椅子に座って歓談しているのも視認。他の人たちはライブよろしく立ち見なのに、特等席でいいご身分ですこと。ま、あちらの番になったら、私たちがあそこで座って鑑賞するんだけど。ん、なんか隣でぶつぶつ独り言ほざいている人がいる。


「いや~、先に演奏ってむしろよかったね、音響確認とかで時間取られないし、ダンデライオンさんたちなんて、この後ゼッタイひと悶着あるよ、間違いないって、アニメ歴十五年のワタシの勘が――痛っ!」

 誰も聞いていない燈先輩の早口が遮られた。何かと思えば、高橋先生が彼女の背後に。またアカリンを竹刀で叩いてストレス発散して……いい加減にしないとアカリンの脳細胞、死滅しますよ。時すでに遅し、かもしれないけど。


「後輩の前で、なに情けないこと言ってんだアカリンちゃんよ。向こうのミス待ちなんて、みっともねえぞ」

 なんとも、ごもっともな意見。クラスの出し物に、我が女子軽音部のライブ下準備といい、ここ最近、激務続きでやつれている高橋先生がステキに見えた。心なしかお腹も少しへこんでる。


「わかってますよ~。みんなを鼓舞するために、部長のワタシが嫌われものになってね」

「もともと嫌われてっから、安心しろオタク女」

「がーん、ショック。立ち直れなそう、ライブ直前なのに」

 燈先輩が不貞腐れ、高橋先生が私に目配せしてきた。ええ~、()()ですか。

「ダイジョーブです、アカリン。なにがあっても、私はアナタガ――ダイ、スキ、デス」

 燈先輩の耳元で、言い慣れた言葉を機械的にささやく。私の本心じゃない、あくまで、立場上しかたなく。でも、この魔法の呪文を唱えれば、あら不思議。


「おっしゃあ! やるよ、みんな!」

 アカリンの速攻復活だ。うるさいですよ、どうなってるんですか、貴女の脳みそは。

「あれ、でもマイスイートハニーこと、アズアズはどこ?」

 たしかにさっきから梓の姿が見当たらない、何やってんのかしら、あの子。あ、いま帰ってきたみたいね。体力自慢のアズアズなのにめちゃくちゃ息を切らしている。


「申し訳ありません! わたくしのバッグが見当たらなくて……あの中には、ドラムスティックも入っていまして……」

「えっ、ちょっと、アズアズ。忘れ物確認しなさいってあれほど――」

「バッグまるごと忘れるわけないでしょ! トイトイのバカ! 朝はあったの!」

 ライオンのたてがみのごときリーゼント(剃り込みあり)をたなびかせ、梓が吠える。すると、条件反射で私の膝が震え出す。ダメダメ、先輩の威厳を保たないと。アカリンみたいに見下されちゃう。

「お前ら落ち着け。ちっ、アタシのいる学校で窃盗事件とは、なめられたもんだ。犯人にはお仕置きが必要だな」

 なるほど、カバンごと盗んでいくとは、なかなか豪胆な泥棒だ。ひょっとして、梓がしょっちゅう忘れ物をしたと思っていたのは、ソイツの仕業か。とんだ熱狂的ファンね。いや、たんなる変態(スキゾイドマン)か。

 イライラしているのか、竹刀を床にガンガン突き立てる高橋先生。それから、アカリンかなにかを耳打ちした。こら、内緒話しないで。大事なのは対話でしょ?


「ボーリョクはダメだよ、センセ。あ~あ、こんな時にどっかのジェントルメンがドラムスティック貸してくんないかな~? そしたら、梓ちゃんのおっぱいくらい、触りたい放題なのにな~」

 なぜか大声で、幕のむこうへ叫ぶアカリン。なんですかそれ? そんなに都合よく……うわっ。

 控え室のドアが開け放たれ、雨の音が遮断されたと思えば、背の高い男――ダンデライオン瀬名が「これ使え」と、梓にドラムスティックを押し付けてくる(めちゃくちゃ息荒くて、キモチ悪い)。遅れてタンポポ軍団の他メンバーも入ってきた。どうせ〝おっぱい〟目的だろ、変態集団が。当然、剣崎もいるけど、後ろから全員をにらんでいた。あれ、仲良くないのかしら? もう、ウチ来ちゃう?


「あの、でも、そんな……申し訳ないです」申し出を断るも、恋する梓の顔がテラテラしている。

「気にすんな、減るモンでもねえし。そんなにデカい胸なら――がっ!」

 話途中で後ろから剣崎に蹴り上げられる瀬名。ナイスキック、剣崎。いますぐウチくる?

「遠慮なく使ってよ、梓ちゃん。見返りは最高の演奏だけでいいから。でも、このスティックでいいの? やっぱ普段から使ってるヤツの方が、いんじゃないかな」

 剣崎が質問しつつ、スティックを梓へ手渡す。たしかに百理あるわね。いつもと違うメーカーだと、やはり微妙なニュアンスというか、違いが発生するのも、また事実。


「いえ、わたくしは、()()()()()()()()()()()()を使用しているので、()()()()()()()


 梓の一言で、場の空気が一気に氷点下に。変態窃盗犯のこと笑えないレベルの『瀬名さんストーカー』アズアズ。親に反発できても根っこは変わらないあなたに、幸あれ。

「そ、そう……よかった」と言い、ぞろぞろと帰っていく、剣崎とタンポポ軍団。なんとか助かったわね、あとでお礼しよう。でも〝おっぱい〟とか言い出しそうだからやめとこう。ね? アズア――うわっ、ドラムスティックを羨望の眼差しで見つめている。本当に気色悪い。放っておいたらこの子……舐め始めるんじゃないかしら。


「よかったね、アズアズ」言いながら笑う燈先輩の半袖ワイシャツの胸に、うっすらインナーの柄が浮かんでいる――色褪せたナイトハルト様の笑顔だ。これまた気色悪い。この空間にまともな人間はいないの? 

 改めて自分が異常な集団にいることを認識して、私は絶望する。いやいや、我が部顧問の高橋先生が唯一の常識を与えてくれるはず。彼女がこの無秩序に終止符を……打たない! その竹刀! どこの世界に竹刀帯刀している教師がいるのよ! 今までそれに違和感を感じない私も、もはや異常者(スキゾイド)どもに毒されているといっても過言ではない。


 さようなら、私の良識。もう戻れない、あの頃にバイバイだ。


「なんだ、瀬名の野郎かっこつけやがって……やっぱドラマ―だな。おっし、お前ら円陣組め。最後の気合注入だ」高橋先生がバカを擁護するも、逆効果に聞こえる。

 サークル肩組みか。去年の全国大会前もやったな。いや、やらされた、ね。その時、隣にいた先輩は私の肩に手を触れないよう浮かせてた……私、どんだけ嫌われてたのかしら。

 でも今日はそんなことはない。私の両肩には燈先輩と梓、二人分の腕の重みがずっしりとある。その重さが誇らしく、頼もしい。


「うっしゃあ! あとは出し切るだけだからね、二人とも! トイト~イ、震えてんじゃないの~?」

「私、震えてません。これは武者震いです。ね、アズアズ?」

「そうです。お二人と……瀬名さんがいてくれるんだから、なにも怖くないです」

「また瀬名さん君、きたコレ! ちぇ~、アズアズは男もちか。じゃ、あまりもの同士、ワタシとトイトイで付き合っちゃう?」

「はぁ……アカリンとだったら、向こうのカエルのがまだいいです」

「お、トイトイにも春来たか!? 前回のライブでもダンデのカエル部長さんに見惚れてたもんね」

「まあ、ベースもボーカルも出来るんだって……関心はしましたけど」

「トイちゃん彼の声好きっしょ? 急に意識し始めちゃって、おませさんだね」

「たしかに声もいいし、他の男と違って胸もジロジロ見てこないし……って、なに言わせるんですか」

「うほっ、いいねいいね。じゃ、ワタシは誰がいいかな~。ダンデの蒼くんがいいな、やっぱし。彼って入学した時から学校中のじょ――痛ったぁいってば! センセー、本日二回目なんですけどぉ。お尻が割れそうです」

「頭じゃないだけ、マシだと思えっ。最後の最後までダラダラだべりやがって、バカ女三人組が。しゃんとしろよ、燈。部長なんだからな。……お前らが桜ヶ丘高校女子軽音楽部歴代最強メンバーだってこと、ここの会場にいる全員に聴かせて証明しろ。そんで、勝ってこい!」


「「「はいっ」」」


 私たち三人で返事をしてから、円陣を崩す。でも背中にあてられた二人の熱は、制服越しに私の芯を焦がし続けてる。こんなんじゃ、まだまだ燃え足りないよ。


「あ、肝心なの忘れてた。スイちゃん、いつものちょーだい?」燈先輩が何かをおねだりする。ああ、アレか。梓が「何のことですか?」と先生に質問。

「アズアズ、手出せ。こんな風に」

 手を合わせて前に出す動作をする高橋先生。梓がそれと同じ動きをマネると、合掌した手を包み込むように、外から高橋先生の両手が覆う。

(たなごころ)の玉って、言い回し知ってるか? 大切なもののことをたとえて言うんだけどな。アタシ考案の我が部伝統のゲン担ぎだ。……アズアズの手はかてえなぁ~」

「ふふっ、先生の手も堅いです」

 私は去年やらなかったなコレ、アズアズばっかりズルいぞ。

「先生、私も!」元気よく自己主張すると、すっきり笑顔の高橋先生から「順番な!」とのお返事。早く、早くぅ!

「センセー、ワタシはぁ?」

「お前は最後な!」

「ワタシが最初に言ったのに……」

 しかたないから私がアカリンの手を包んであげる。指長いですね。あ、そのニタリ顔は超絶蛇足です。  

 全員が高橋先生の祝福を受けてから、ステージ側から、

「皆さんお待ちかね『フリージア』の登場です!」と宣言が。さあ、出よう。私たちの晴れ舞台に。


「じゃ、二人ともよろしく!」


 私はお腹の底から声を出し、アカリンとアズアズの背中を叩いて、一足先にスポットライトでまんべんなく照らされた壇上へ。誰の足跡もない雪の上に、一番乗りするのと同じだね。


 子供のころ、あの瞬間が大好きだった。いまだって。


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