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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#17 おいでませ熱帯雨林
37/51

おいでませ熱帯雨林

 あたしたち「ダンデライオン」と「フリージア」の決戦日である桜ヶ丘高校・文化祭当日になった。九月らしくない肌寒い日で、雨雲が近づいてきているとの予報。お客さん来てくれるかな。

 廊下の窓から中庭を望むと、そこかしこで学生たちが出店の準備をしている光景が。木板に色紙を張り付けただけの、安っぽい出来の焼きそば屋やら、チョコバナナ屋などの食べ物屋台が並んでいて、それがなんだか微笑ましい。中学生の時、どこか冷めた目線で文化祭を見ていた自分をつまらない人間に思うよ。

 いいじゃん、みんなで何か作り上げるって。校舎に手書きで「百花繚乱の宴」と書かれた、これまたチープな作りの垂れ幕も、等身大感があってよろしいです。ウキウキしちゃうね。

 そんなアオハルにじんわり浸っているあたしの心を、「愛ちゃん、早く手伝ってよ」と、和泉ちゃんがぶち壊す。クラスの出し物である〝お化け屋敷〟の会場前準備に手を貸すように、せかしてきたか。

 式部の分際で、うるさいですねえ~。


「はいはい、いますぐ。なんなりとお申し付けくださいまし~」

 ゲスな本音は隠して、従順なふりする。この子に、いろいろお世話になってるし、あたしが文句言える立場じゃないや。

「うむ、苦しゅうない。……愛ちゃん、重音部の方は準備平気?」

「うん、あたしたちは準備万端。会場の設置とかは松田先生の知り合いの業者さんがやってくれるから。持つべきものは使える顧問だね。まあ、文化祭のライブ設置だけで今年度の部費、無くなるらしいけど」

「松田先生、ぼったくられてんじゃない? もしくは癒着かな」

「大人の事情はわかりません。あ、和泉ちゃん。おばあちゃん――ヨネさんのこと、よろしく。連絡はしておいたから」

「オッケーだよ、任せといて。で、報酬の方もよろしく。ふひっ」


 ヨネさんも文化祭に誘ってたけど、人混みの中を歩かせるのが心配なので、ライブ開始前に合わせて和泉ちゃんに迎えを頼んだ。漫画家様《ペーパーバックライター》はその見返りにソウ君とコーキ君のツーショット写真を所望してきた。それを見て、創作活動に反映させるのであろう。式部先生の次回作にこうご期待ぃ!

 マイベストフレンドと心温まる会話のキャッチボールをしながら、お化け屋敷の準備も終了。さあ哀れなるイケニエどもよ、恐怖の館を堪能あれ。



 あたしたちのクラス一年B組とA組の仕切りを取り外し、教室二つ分の面積を使った二クラス合同作成の、お化け屋敷。

 A組の前扉から入りB組の後ろ扉から出るように設定されたそのルートは、黒のビニールシートで区切られて一本道で、道中には様々な艱難辛苦が待ち構えているという構造だ。

 A組の生徒で将来メイクアーティスト志望の人が施した特殊メイク変身により、マヌケな見学人間には我ら学生が扮したモンスターが次々と襲い掛かる。明るいところですら、急に出会ったら悲鳴を叫ぶこと必至の面々であるからして、真っ暗闇の中では腰を抜かし命ごいすることは確実。

 あたしも一回体験したけど本気でビビった。その時に、少しちびりかけたのはこ(・)こ(・)だ(・)け(・)の(・)話(・)。


 そして、あたしの担当はゴール前のビニールシート裏にて待ち構え、脚立に乗り高所から釣り竿で吊るしたこんにゃくをイケニエにぶち当てるという役目だ。

 たかだかこんにゃくといえど、この暗闇の中、和洋織り交ぜられた怪物に襲い掛かられたあとに、なにもない直線で、ぬるっとしたものが顔にぺちゃ……である。ビビること間違いなし。さらにこんにゃくは和泉ちゃんの手により、亀甲しばりで固定されているため、外れる心配は皆無。これも式部先生のあくなき漫画道探求のたまものですね。

 そして、地獄のこんにゃくクレーンが終われば何を隠そう、この恐怖の館最大の試練が、出口が開くと同時出現するのである。あたしも一回体験したときは、少しちびったのであった……こ(・)こ(・)だ(・)け(・)の(・)話(・)。

 おや、哀れなる最初の犠牲者を知らせる悲鳴が聞こえてきた。よし自分の使命を全うしないと。部活忙しくて、あんまり手伝えなかった分を補うとしようか……くくく。

 あたしは和泉ちゃん私物の暗視ゴーグルを装着し、脚立の天板にまたがり、釣り竿のリールを巻く。がんがんこいやぁ!



 最初の犠牲者はフツメンの男子だ。暗視ゴーグルのズーム機能のおかげでニキビまでよく見えます。お化け屋敷に一人とは寂しいヤツめ。と、あたしは一人ほくそ笑む。でも、さっき聞こえてきた声は二人分だったような? あっ、後ろからかわいめ女子が現れた。

「もお~、早いよぉ」その女子、口では怒りながらもフツメンの腕に飛びつき笑う。まんざらでもないヤツの顔も確認。お二人とも、青春ドストライクっすね。

 その姿を見ていたら、あたしもまるで彼らと同じ、甘酸っぱい思いを共有しているようで幸せいっぱいに。なんていうのは大ウソで、何とも言えない感情があたしの胸に溢れてくる。

 フツメン一人なら見逃してやったものを。カップルなんざ、問答無用で処(・)刑(・)だよ。男の顔面に狙いを定めて、こんにゃくを振り子の要領でぶち当てる。


「はわぁ! なんだこれ、クセえ!」

「うわ、生臭いんですけどぉ! サイアク~」


 新鮮なこんにゃくのかほりをご堪能あれ、オフタリさん。よっぽど不快だったのか、彼らはゴールに向かい駆け出していく。あっ、気をつけてそっちは……

「どうも、ありがとうございました!」のお礼と共に出口が開かれ、外の光を背に受けて和服の和泉ちゃんが現れる。

 これこそが、我がお化け屋敷の真骨頂。ゴールと言う安堵感を与えてからの〝和装型・和泉ちゃん〟である。特殊メイクなしでも、文句なしの怖さです。あなおそろしや、平安貴族。

 それを見て声をなくしたカップルが、生まれたての小鹿のような足つきで出ていった。よかったですね、青春の一ページを刻めて。ついでに和泉ちゃん(グッバイ)も(・トゥ・)刻んどいてね(ロマンス)。


 次にこんにゃく通路へ現れたるは女子が一人。むむっ、顔面偏差値は……あたしより低し。他に男もいないとな。よしっ、きさまの通行は許可する、通れっ! 彼女は恐る恐る、何もない通路を歩いていく。これはこれで不気味か。

 で、ゴールの和泉ちゃんのせいで絶叫っと。おっ、いまの子の声が屋敷中に響いていい演出になった。脚立に乗っていると、後続のビビる様子もよくわかるぜ。

 こうして、次々に献上されてくるあわれな子羊たちを天秤にかけ、あたしは処刑していく。選別の基準は、あたしより顔面偏差値が高いかどうかである。

 顔面偏差値とは、あたしを五十五、六として相対試算するものと規定し、高ければこんにゃく刑執行となる。ホントは自分を客観的に見れば六十五くらいはかたいとこではあるが、それだと大半の生徒はスルーになってしまうので、これでいいのだ。だが物事には何事も例外があり、恋人を連れている場合は問答無用で断罪である。許すまじカップル。

 ここに人類史上、他の追随を許さない、最低最悪な処刑人(あたし)が誕生した。ぐふふ、たのしい。


 しばらく、神のごとくの振る舞い(こんにゃく振り子)を楽しんでいると、通路に髪の長い女生徒が登場。ぐああ、あたしの顔面偏差値測定器が壊れたっ。計測不能です、なんという美人力! こんなやつは言語道断で処刑だ! ……あれま、よく見たら女子軽音部の弦音さんじゃないですか。余裕ですな、こんなとこで文化祭を楽しんでいるとは。どうせあたしたちダンデライオンに負けて、みんなのお(・)慰(・)み(・)も(・)の(・)になるとも知らずに。

 とりあえず弦音さんに神の鉄槌(こんにゃくあったく)だ。えい。


「いやぁっ。なによ、これ……こんにゃく?」

 くそう、狙いが逸れて弦音さんの胸に当たってしまった(それとも、そのたわわな胸に飛び込みたいという、あたしの深層心理の現れか)。しかたないのでそのまま、あたしの巧みな釣り糸さばきで彼女の手をよけながら、こんにゃくを弦音さんの胸に当て続ける。こうすれば弦音さんのを吸収して、あたしの胸が大きくなる気(・)が(・)す(・)る(・)。

 少ししてから、ふらふらした様子の燈さんが、暗視スコープの端に映った。ふん、弦音さんに比べれば小さいお胸ですこと。……あたしより、はるかにデカイけど。


「一年生の出し物にしては怖いね~。あれ、トイちゃんどした?」

「あ、アカリン、このスケベこんにゃくが胸ばっかり狙ってきて」

「なにっ。女の敵め、許せない」


 そう息巻いてから、こんにゃくを弾いて、弦音さんの胸をもみもみし始める、燈さん(あなたが一番の敵です)。でも、弦音さんは無抵抗でされるがままだ。え、二人ってそういう関係なの? さすがフリージア、純潔っすね。いやいや、不純同性交遊っす。まったく、学校内でなにしてんだか……うへへっ、もっとやれ!

 隠媚な通路に、剃り込みが青々しい梓ちゃんが出てきて、「遅いですよ」と文句を言いながら燈さんを蹴とばした。ちぇっ、いいとこ(?)だったのに。それにしても梓ちゃん、変わったな。だいぶスケバンだぜ。

 仔馬のように澄んだ目をしながら弦音さんと燈さんがしゅんとし、歩かされていく。その後ろ姿を見て、三人とも髪がキレイだと思った――昔、おばあちゃんと見たサスペンス映画(子供に何見せてんだ)で、殺人犯が主人公の女刑事に暗闇の中で暗視ゴーグルをつけて迫るシーンがあったな。「ねえちゃんいい髪してますなぁ~」って感じで後ろから近づいて……アイツ変態だったな。

 あ、今のあたしもそれだ。驚愕です!

 三人がゴールに近づくと扉が開き、和泉ちゃんが「お疲れさまでしたぁ!」と、大声張る。

 弦音さんと燈さんは腰を抜かしたのか「アズアズゥ~」と絶叫して、梓ちゃんにもたれかかる(アズアズってあだ名かな?)。ずいぶん仲良しさんだね。

 二人を抱えた梓ちゃんは和泉ちゃんに会釈して出て行った。うんうん、たくましいなアズアズ。彼女の今後に期待大。


「お前ら待ってくれよぉ。怖えよぉ~」

 フリージア三人娘に遅れること数分、高橋先生がへっぴり腰で竹刀を構えながら通路を歩いていく。よく見ると、竹刀には特殊メイクの血が(黒色に見える)。なるほど、道すがら怪物たち(生徒)を倒し、ここまで到達したということですか。さすが高橋先生……何やってんだこの暴力教師が。教育委員会に通報、待ったなしです。彼女の今後に期待ゼロ。むしろマイナス。

 そんな将来性が出がらしのお茶っ葉未満な高橋先生は、帰り際に和泉ちゃんにも一撃加えてた。和泉ちゃんがリアル血化粧になって、より怖いっす。



 高橋先生たちが通り過ぎた後も、あたしは着実に屍の山を築いていく。すると、何かが教室の窓を叩く音が耳に届た(雨かな?)お化け屋敷内の雰囲気づくりにはいいけど、すこし憂鬱な気分になってくる。やっぱ天気は晴れがいいな。気持ちのいい青空の下でライブしたいです。


 ……あたしいいのかな、こんなに楽しくて。色んな人を踏み付けてきた、あたしなんかが……。


 物思いにふけっていると、通路にイケメンが登場。お、目の保養にいいね。気分もアガるってもんです。ん? ってか、ソウ君とコーキ君じゃないですか! 二人とも足がプルプルしとりますな。やった、あたしのテンション上がっちゃうぜ。おらおら、こんにゃく神のお通りだぜ。そりゃ、食らえ!

 コーキ君に狙いを定めてこんにゃくを始動(キックスタート)。こっちの方がソウ君より背が高いから、当てやすいのである。けっして個人的な恨みからくる犯行ではないことを、誰にむけてもでもなく、ここで告白しておこう。

 こんにゃくがコーキ君の顔面にヒットし、釣り竿にその手ごたえがきた(しゃあ、ざまあみろ! 部活の雑用しないから天罰じゃ、このバカ黒髪が)。

 それから、女の子みたい(ライク・ア・バージン)な声を上げて、ゴールにダッシュするコーキ君。ちょっと可愛いかも。

 その直後に、コーキ君が出口で和泉ちゃんにとどめを刺されたのは言うまでもなく、当然の結果であった。

 和泉ちゃんがソウ君とコーキ君のカップリングを見て、ハアハアと息を荒げていたのも当然の結果である。インスピレーションである。式部先生の次回作も期待特大ですね。あ、再び血がどくどく出てますぜ。


 うん? 聞き知った人の声、いや、悲鳴が聞こえたと思ったら、次いで現れたる我らが部長、リュウ君だった。並みいる怪物メイクのクラスメートたちを逆におどかしてきたという訳か……なるほど、彼の方がよっぽど妖怪みたいだもんね。あいかわらずボケっとした顔しやがって。顔面偏差値的には見逃してやるとこではあるが、クラスメートの敵討ちだ、やったれ。

 えいや! と気合入魂して釣り竿をふり、リュウ君の顔面にこんにゃくが――当たった。けど何かおかしい。こんにゃくが反動でもどってこない。リールで急ぎ巻き上げようとするが、釣り糸が引っ張られる。げげっ、リュウ君がその大きな口でこんにゃくを喰らっている。だから釣り竿が、魚かかったみたいにしなるのか、納得だあ。ってオイ早く返してよ、こんにゃくまだ使うんだから。

 リュウ君との無言の駆け引きが生じる。くっそ、離せアホガエルが。汚いぞ、そのこんにゃくは、数多の人間の顔(・)脂(・)が染みついてんだからよぉ!

 ふいに、釣り竿にかかっていた負荷が無くなり、リールを巻くと……端っこを噛み千切られた、こんにゃく様が目に映る。うええ、食うなし。


「ケンちゃん遅れんなよ、準備は午後一だからね」リュウ君が、口をもごもごさせながら告げて去る。なんで、あたしってわかったんですか(怖え、まぢで)。反射的に「はい」って返事しちゃった。あたし裏方なのに。

 ってか、どいつもこいつも遊んでんじゃねえし。脳みそお花畑軍団がよぉ~!? でも、一番ふざけてたのはあたしだね。

 こうして、楽しい文化祭の午前は過ぎていったのであった。ちゃんちゃん。

 げっ、ゴーグルの締め付けのせいで髪の毛が凹に変形してる。寝起きよりひどい。後でライブなのに……。メイクさんに相談しよっと。



 午後になり、体育館の壇上に集められるあたしたち。業者の人たちが駆けずり回り、体育館の全域に(通行の邪魔にならないよう、テープで壁に)ケーブルを這わせ、スピーカーに接続してるのが見える。

 うん、黙々と働く男の人ってステキ。けっこう、イケメンだし。

 松田先生の手配してくれたエンジニアさんに導かれるまま、ライブの打ちあわせをする。事前の話し合いで、今回のライブの出演順番はダンデライオンが後で、フリージアさんたちが先に演奏することに決まっていた。厳選なるじゃんけんの結果である。昔から勝負事には強いんだよね、あたしってば。小学生時代の『劇』も、お姫様役はじゃんけんで勝ち取ったし。

 その時、あたしとの勝負に負けた燈さんは「先にやった方がプレッシャーかけれるし。うん、最初から、先手選ぶつもりだったし」と、早口で他のメンバーにいいわけして、無視されていた……その哀愁漂う後ろ姿、あたし忘れられません。仲が良いのか、悪いのか、謎のフリージア三人娘です。なんて、余計な事考えてたら、


「――以上で解散だ。頼むぞ、お前たち」松田先生が締めた。


 えっ、なにが? もう一回頼むよ、ま(・)っ(・)つ(・)ん(・)! とは言い出せない、慎ましいあたし。

 しょうがない、詳しい事はあとで誰かに聞くとするか。いや、ソウ君にしよ。リュウ君に聞いたら、小バカにされること必至だし。コーキ君はどうせバカだし。

 せっかくあんまり話したことのないクラスメートにも「ライブ聴きに行くから、剣崎さんギター頑張ってね」って言われたのに……ホントごめんなさい。

 でも、あたしがギター弾くこと、誰にも言わないでいたのに。なんであの子は知ってたのかな。ひょっとしてあたしのファン? いやいや、普通にバレバレだったか。ギターケース背負って登校してたし。ということはフリージアさんにも作戦ばれてるね、こりゃ。


 自分の間抜けさに嫌気がさして天をあおぐと、雨がはじけ流れていく音が降り注いでいた。予報通り大雨か、ますますブルーになるよ。

 蜘蛛の巣のごとく幾何学的に伸びた体育館の天井鉄骨にバレーボールが一つ挟まっているのが見える(あれって、どうやって取るんだろ?)。

 バレーと言えば、前にソウ君が女バレのゴリラとケンカしたことあったな。そのうちソウ君の首もあそこに並んでたりして……お化け屋敷より、和泉ちゃんよりも、怖っ!


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