カエルの旋律を夜に聞いたせいです②
普段ならライブが終われば打ち上げに行き、反省会も踏まえて和気あいあいと過ごす『ダンデライオン』だが、今日は違う。体育館の後片付けもチャチャっとすまし(ていうか、ソウ君ケガしてるから、作業したのあたしだけフザケンナ)部室に集合する。なぜなら、あたしのギターの発表会が非公開で行われるからだ、緊張するぅ。
いつの間にか部室に逃げていたバカタコ男が、ハイハットを刻みリズムを作ってくれる。それに合わせて、ソウ君が作ってくれたTAB譜にならいギターをかき鳴らし、歌う。まだ一番しかできてないけど、楽しい。最初は弦を押さえる指が痛くて後悔してたけど、慣れてきたらそうでもなくなってきたし『相棒』のこいつが愛おしくなってきた。ソウ君のギターだけど。
相当使いこまれたのか、塗装がハゲて木の部分が露出し、女性のくびれのようなギターの形状もあいきわまって、すごくセクシーな『相棒』。クールなあたしにピッタリの『相棒』。ソウ君のギターだけども!
雑念にとらわれつつ、弾ききる。……誰も、な~んも言わない。どや顔でウインクして、もう一回ギターをギャンと鳴らし、合わせてポージングッ……終わりだってば。さあさあ、アンコールカモン! 同じ曲の一番しかできないけど! コーキ君のドラム止まってけど!
「け、ケンちゃん、もっかいチョーキングやって」
少し肩を震わせて、リュウ君がお願いしてくる。チョーキングって、ああ、弾いた弦を指で持ち上げて、音程を上げるやつか。音楽用語ってやたらカッコつける。ケーブルのことをシールドとか、弦をジャカジャカするのをストロークとか。覚えるのめんどくさ~い。
んで、カエルに言われた通りやると、
「ぎゃはは! その顔! 顔だけ必死! いっちょ前のギタリスト気どり! の割には、音上がってねーし!」
笑い出す、リュウ君とソウ君。あ、コーキ君までニヤついてる。くっそ、バカにしやがって。……そんなに変な顔してたかな? 動画で見るようなギターおじさんたちは、みんな眉間にしわをよせて、カッコよくチョーキングを決めていたので、それの影響があたしにも出たのかも。結果、顔マネしかできてなかったけどね!
「あと、べた過ぎるけど。F弾いてみて」
Fって、Fコードだよね。あれ、ほんとキライ……だって、
ボディーから伸びた首に規則的に配置された金属のでっぱりに指で弦を押し当てて弾くことにより様々な音を出す、しち面倒くさいギターという楽器。複数の音を同時に発生させることを和音と呼び、色々な指の押さえ方が存在しているんだけど、Fはその中でも初心者が最初につまづくところと言われていて……頭の中で今一度整理しよっと。
上から6~1の番号に割り振られた弦に対し、まず人差し指で一番上の6弦を押さえながら同じ指の腹で一番下の1弦とその上の2弦を押さえる(これがセーハ)。この際に3~5弦に人差し指が触れないよう注意。で、人差し指のあるフレットからボディー側に一つずらして中指で3弦をフレットに当てる。さらに、また先ほどと同様にフレットを一つ移動して、同フレット上にて薬指で5弦を、小指で4弦を押さえて、ストロークする……
はいっひィ! 『F』いみわかんないっ!
う~ん、考えてるだけで、混乱してきた。脳内思考なのにセリフ噛みそう。とりあえずマニュアル通り弾くとしよう……ありゃ、ちょっと変。
「出来てないね、3弦に触れちゃってる。懐かしいな、ボクも苦労したよ」
「いや、あたし、指短くて」
「言い訳しないで、精進しなさいな。そんなんじゃ文化祭間に合わんぞ」頬を膨らませ「ゲーロ、ゲーロ」うるさいカエル男。
「なんかアドバイスは?」
「自分で考えてやんな。あの日にそう言ったろ?」
ちぇっ、ケチなリュウ君。まるでソウ君がもう一人増えたような、ケチ具合です。
「ギターの『F』が~、弾けなくて~」
突然発生したドラムに乗せ、コーキ君がドへたくそなオリジナルソングを始め、他二人もそれに乗っかり歌う。
ぬおお、超ムカつく。少なくともギター出来ないコーキ君には、あたしをバカにする資格無いでしょうが。今夜も特訓してやるっ! 秘密基地でっ!
部室でのギターお披露目会の怒りも冷めやらぬまま、あたしはバイト先のカラオケに来た。バイトがあるわけじゃなくて、ギター練習のためだ。最近のカラオケ機種にはエレキギターをそのまま接続し、弾くことが出来る機能がついている。ボロアパートじゃ練習できないし、生の弦だけで練習してもダメって『優しいギター入門』に書いてあったかんね。あと、飽きたらヒトカラもやれるし。一石三鳥だぜ。
ギターをセットして思う存分かき鳴らす。この機種にはエフェクター機能も付いていて、音を歪ませるディストーションを最強レベルにした。
ああ~、汚い音……マジ、サイコー。
初心者でも簡単に弾けるという超有名なギターリフを繰り返し、ガンガンに奏でる(脳内では深紫の煙が湖に立ち込めるイメージが)。ついでにソファの上に立って、あたしのアドリブでテキトーに歌っちゃうぜ。
「○ァック、フ○ック、ファ○ク、ファッ○!」
なにが「自分で考えろ」だアホガエル、少しくらいアドバイスくれてもいいじゃん。時間ないんだぞ! バイトのシフトだって激減してんだからよぉ! そもそも、ボーカルだってろくに教えてくれなかったくせに、いまさらぁエラソーにすんなぁ!
それに掃除もしないくせに、バカにしてきやがってバカ(コーキ君)の分際でぇ! なんか最近一年女子の中でも「黒髪にした瀬名センパイ、超よくない?」とか噂になって、いい気になりやがってよぉ! 写真撮って和泉ちゃんに売りつけてやる。漫画の中でソウ君と一緒に『裸男祭り』でも繰り広げろぉ! 二人の姿を想像したら血が沸いてきたぜぇ!
「ファック○!」
「お客様、申し訳ございません!」
あれ、いつの間にか店員が部屋に入ってきてる。なんだよ、邪魔すんなよ、いいとこだったのに。ていうか、いつぞやのコーキ君に脅されたチャラ男先輩じゃん。
この人、仕事できないくせに先輩顔してくるから、最近は軽くシカトしてやってた。おとといもレジの金額合わなかったし。そのせいで、あたしも帰れなかったし。
「あ、剣崎ちゃ……ケンさんだったんすか、ちょりっす」
「うぃ~す。なにか~?」けんもほろろな対応のあたし。
「いやノックしたんすけど……ちょっとウルサイって苦情が……」
「あたしぃのカレシぃ、呼ぼうっかなぁ?」
「あっ、あちら様はお元気ですか?」
「うん、ありあまって困るくらい、超元気ですけど? なんなら他のカレシも呼ぼっか? 今、カレシ……三人いるんだよねぇ。あたしぃ、超モテるしぃ?」
「勘弁してくださいよぉ、ケンさん」
「冗談ですよ、セ・ン・パ・イ」
「目がマジでしたけど」
「うっせ、男呼ぶぞ。とりあえずカエルみたいカレシを」
「そんなにカレシいるんなら、さっきの叫びも納得だわな」
「は? さっきのはFAXって言ってたの! おわかり? F・A・X!」
どなってから、手でバツを作ってジャンプする、あたし。
「それパクり……」
濡れ衣を着せようとするチャラ男の声に合わせ、ギターをギャイインして、黙らせる。
FAXジャンプはアイ・ケンザキオリジナルですけど?
「てか、ギターやんならディストーション効かせすぎ……じゃね?」
なんですと? この完璧な歪みっぷりがお気に召さんとな? でもその口ぶりから察するに、チャラ男さん、ギター詳しいのかも。よし、色々聞いてみよう。
「あのぉ……センパァイ?」
急な猫なで声に、警戒心が表情に現れるチャラ先輩。おいコラ、あたしかわいいだろ。
「はひ、なんすか?」
「あたし……Fが弾けないんですけどぉ、コツとかってぇ、ありますぅ?」
「ああ、それならさ」あたしからギターを取り上げて、指を作る先輩。
なるほど、人差し指を垂直に弦に当てずに、側面で押さえると無駄な力が入らないんだ、フレットまでの距離もかせげるし。
「それとこんな風にセーハしないで押さえるやりかたもあるよ」
その形を見ると納得がいった、そうか人差し指で上下端の弦を押さえるのが難しいんだから、ネックを包み込むようにして握り、親指で上の弦を、人差し指で下二本を押さえればまったく同じことなんだ。
「この握りのままスライドすれば他のコードも出来るしカンタンっしょ? 曲のコード進行にもよるけど」
「うわ、すごい。ありがとう先輩」
「へへ、目からピックっしょ?」げ、つまんないギタリストジョーク。しょうがない、ボケにのったげよ。
「ティアドロップ型だけにですか?」
あたしの使っているピックは水のしずくを模した可愛いタイプのものだ。見た目大事。
「お、ケンさんナイス返し~。俺はトライアングル型のが好きだけどね」
なぞの盛り上がりをみせるこの空間。あ、この流れでお礼もしちゃおっと。バッグから文化祭のチケットを取り出し、
「あたし、そこの桜ヶ丘高校でバンドやってるんです。文化祭当日にライブやるからよろしければ、どうぞ」と、言いながら渡す。
「へ~。いけたらいくっす」
「それ、来ない人のセリフですよね? あ、カレシたち呼ぼっかな?」
「這ってでもいきます」
「いやいや、ジョークです。もし来れたらで構いませんから。あと、ライブの最後に対バン相手との投票があるので……」
「ういっす。ぜったいケンさんの方にいれるっす」
「いえ、あたしは正々堂々と戦いたいので。えこひいきなしでお願いします」
そんな姑息な手を使ってまで勝ちたくはない。彼女たちとは正面からぶつかり合わないとね。
「ひゅー、ケンさん『漢』っすね~」
「あたしは『女』ですっ!」
どいつもこいつも、少しはチヤホヤしてよ。あたしは褒められて育つタイプなんだから。いや、ホントはすぐにちょーしに乗っちゃうから、これくらいのがいいか。
九月に入ってからも、あたしはバイト先輩に教わった運指をもとにさらなる練習を重ねた。そして気が付けば、部の誰も文句は言わなくなっていた。どんなもんだい!
練習と同時進行で作った曲も完成して、放課後にコーキ君のドラムと合わせてセッションしてみる。
あれ? ミスはないはずなんだけど……いまいち。無表情のコーキ君と見つめ合っていると、
「ボクのキズ完治! さあ、合わせよう」バックにバラの花でもありそうな笑顔でソウ君が部室に駆け込んでくる。まってたよ、王子様!
コーキ君のドラムにソウ君のベースが合体してリズムが増幅し、ドラムの隙間を低音メロディが埋める。まるで音の満員電車だ。乗車率二百パーセント、出発進行です!
これこれ、こうじゃなくちゃ。その合奏電車に飛び乗る、あたしとギター。一人で弾いているのより断然楽しい。
ごめんね和泉ちゃん、二人はあたしのためにいるの。あなたには渡さないから、漫画でガマンしてね。
「嬉しそうな音だね」一人椅子に座り聞いていたリュウ君が、茶々を入れてくる。
「音に感情なんか乗りませんけど? ですよね、部長さん」
「解釈は人それぞれなんですぅ。ちぇ、オレも混ぜてよ」
「まあまあ、ピアノは体育館にしかないんだし。今度合わせよ? 楽しみにしてるから」
「うん、とりあえず久しぶりに練習頑張っとくよリーダー」
対フリージア攻略作戦その三、最終兵器リュウ君のピアノ。主旋律を担当。
……ホント頼みますよ、自称・天才ピアノマンさん。




