あなたがそばにいて欲しい①
中学二年生になり、あたしは残念ながら晶ちゃんとカズヒロ君、二人とはクラス別になってしまった。……二人は同じクラスだったけど。やったじゃん、晶ちゃん。まあ、別に同じ教室じゃなくても週末は遊びにいってたけどね。カズヒロ君も含めて……あたしたちと過ごしてて楽しいのかな、彼は。
今日は合同体育のある日で、今は男女別れて女子は体育館でバレーをしてる。男子はグラウンドでサッカー。
クラス内でグループを作り、総当たりで試合をした。あたしの所属していたグループの全試合が終わったとこで、結果の書かれたホワイトボードに目をやる。げ、ビリじゃん。全敗したんだから当たり前だけど。恥ずかしいなあ。
でも、あたしは足引っ張ってない。むしろ頑張ってフォローした方。あんまり仲のいい人がクラスにいないから、人数合わせで文化系女子のチームだったからしょうがない。はい、いいわけです。
そんなあたしをよそに、一位をかけた最終決戦が今行われてる。晶ちゃんの所属しているチームがその片方で、中でも彼女はなかなかの活躍をしてた。かつての「肉だるま」の面影はもはや、どこにもない。カッコいいな、晶ちゃん。
休憩がてら、体育館の端っこにすわる。時間を持て余している女子たちは、外の男子サッカーを観戦してるみたいだ。おいおい見てあげて、晶ちゃんの活躍をさ。そう思いながら、あたしもそっちを向く。ハクジョー者です。
カズヒロ君が活躍しているのがこちらから見える。カッコいい、彼も、輝いてる。こうして離れてると、あたしなんかには手の届かない人なんだな、と再認識。よかった、すぐ気づいて。危うく、心にキズを増やすとこだったよ。セーフ、セーフ。
そんなことを考えていたら、後方から床を鳴らす音が聞こえて、あたしの真後ろで止まった。「アイコ~、カズヒロ君見てんのぉ?」
だれかと思えば晶ちゃん。試合終わーーあ、勝ったんだ。オメデトウゴザイマス。彼女は汗をかいているのか、しきりにタオルで首回りをぬぐっている。
それから、あたしの頭にそのタオルを乗せてきた……汚ったないな、もう。
不潔な彼女から距離をとるべく、立ち上がり離れる。振り向いて「違うよ、サボってただけ」タオルを丸めて投げ返す。
けど、くっさい布は、空中で分解してひらひらと。それを床につく前に晶ちゃんはダッシュで回収。なかなかすばやい動きです。
「どう? このスピード」
「うん、はやい。まるでイノシシみたい」
「はぁ?」
「知ってる? イノシシってブタがーー」
「このブタ野郎!」
あたしがセリフを言い終わる前に、晶ちゃんがタオルでひっぱたいてきた。ヤローじゃないし。顔にしわを作って抗議を表明。ぼうりょくはんたいです。
「お、アイコってば元気でたじゃん。よかった」
「もともと、元気だし」
「そう? たまに、暗い顔してるときあるからさぁ。今とか」
……この子はあたしのことよく見てるな、好きなのかな? 気持ちわるぅ。
あたしはあなたのこと、大好きだけどね……あたしも気持ちわるぅ。
「そんなんじゃ、カズヒロ君に嫌われるよ」
「そもそも、好きじゃないし。晶ちゃんの勘違いだもん」
「あれれ、あきらめちゃったか。ま、ライバルがあたしぃ……じゃ、勝ち目無いもんね」
あたしは「ふっ」と鼻で笑い、外を眺める。ちょうどカズヒロ君がゴールを決めてて、黄色い声援が体育館に響きわたる。ライバル多そうだね、晶ちゃん。
「うぐぐ、みんなブタ野郎だしぃ」
晶ちゃんが白目を向いて、ハンカチがわりとばかりにタオルを口で引っ張る。強がっちゃって。せいぜい頑張ってね。元・ブタ野郎ちゃん。
あ、カズヒロ君が手を振ってる……あたしに向かって? 彼に小さく手を振り返すと、背後から何かで首を絞められる。う、汗くせぇ。さっきのタオルか。どうか首絞めはおやめください……ワニのしっぽを思い出すので。
「やっぱ一番の敵はアイコだねぇ」
そんなわけないじゃん、カズヒロ君があたしを好きなんて、ないない。窮地を脱すべく、ひじで彼女の腹を連打する、うわ、カタい。
「毎日、腹筋百回してるからぁ、効かないよぉ? あ~あ、今週の土曜ヒマだなぁ。遊んでくれる人、いないかなぁ? ちらっ」
「ちらっ」じゃないよ……それ、お願いじゃなくて脅迫ですよね。しかたなく、了解を表すために手を挙げる。ていうか、この状態じゃなにも言えない。
「やったぁ。あたしぃたち、ずっ友だよぉ」
せき込みながら女をにらむ。どこがトモダチだ、コラ。アンタなんか永遠にブタ野郎だよぉ。叫びながら晶ちゃんに(脳内で)ムチを打ち込む。いつか現実でもやってやる。
ふいに先生のどなり声がし、あたりを見回すといつの間にか、他の子たちは整列をして周りにだれもいなかった。
あわてて二人で列に加わる。まったく、晶ちゃんのせいだからね。全員そろってから礼をして、授業が終わった。あ~、汗臭い。
晶ちゃんに無理やり約束させられた土曜日の昼、カズヒロ君もいっしょに地元から離れたケーキ屋さんに来た。「何でここ?」と思ったけど、また殺されかけるのも嫌なので黙って座る。
お店の中はピンクを基調とした飾りつけになってて、お客さんはほとんど……いや、カズヒロ君以外は女子のみで、彼はなんだか肩身が狭そう。ひょっとして、カズヒロ君も晶ちゃんに脅されて来たか!?
同情していると、突然照明が消えBGMが変わった。
あっけにとられていると、ローソク(火付き)のささったケーキを持った女店員さんが奥から出てきて、向かってくる。
「お誕生日、おめでとうございます」
店員さんがあたしたちのテーブルにそれを置き、手を叩きながら言い放った。合わせて他の拍手が重なり合う……店中のお客さんがしてくれてるみたいだ。
えっとぉ~、みなさん、どうもどうも。でも、恥ずかしいから、もうけっこうです。はい撤収ぅ!
店員さんもおかえりくださいと思ったけど、さらに「ハッピーバースデイ」を歌い始めるっ!?(うぎぎぃ)
歌が終わって、あたしはローソクの火を吹き消し、さらにダメ押しの拍手。とんださらしものじゃい!
「サプライズ成功だねぇ」どや顔で晶ちゃんが言い、
「思ったより派手だなぁ」カズヒロ君がぼやいた。
とんだ辱めをうけ、茫然としているあたし。晶ちゃん……これのために、あんな脅迫まがいのことしてきたんかい?
「びっくししたぁ? 今日、アイコのバースデーっしょ」
そう、今日はあたしの誕生日……覚えてくれてたんだ。晶ちゃん。
「これ全部、晶子ちゃんが計画したんだよ」
「でも予約とか、カズヒロ君がしてくれたじゃん」
向かいに並んで座る二人がしゃべる。そうなんだ、ありがとう二人とも。自分の親ですら祝ってくれない誕生日を、わざわざ休日を使ってまで……感動して、言葉に詰まる。
「お、アイコってば、泣くのかな?」
ニヤニヤする晶ちゃん。ふんだ。すなおにお礼なんか言わないんだから。
「別に……ローソクの煙が目に染みただけだし」
「煙なんか出てないっしょ。じゃあこれで、涙とまらなくしてやらぁ」
そうわめいてカバンから袋を取り出し、渡してきたファンデ濃すぎ女。リボン付きのかわいい包装だ。プレゼントかな? カズヒロ君もそれに続いて袋を渡してくる。ところどころ緩いラッピングだ。
中を見てみてと二人がいってきたので、とりあえず後に受け取ったカズヒロ君のほうからいく。あっ、袋やぶれちゃった。まいっか、ヘッタくそなラッピングだったし問題ないよね。重要なのは中身だよ、中身。人間と同じく。あたしが言うのもなんだけど。
出てきたのはCDで、表紙には赤色の背景に動物の骨が描かれている。これは、この前カズヒロ君がカラオケで歌ったアーティストの最新アルバムだ。あの時の貴方には最高にシビレました。ベタぼめしたね。
「アイちゃん、今度いっしょにデュエットしよう」
「うん、あたしゼッタイ覚える」
「イマドキCDってぇ~、ウケる」
晶ちゃんが馬鹿にしてきた。え、じゃあどうやって聞くのさ?
「音源があるから、焼いてもよかったんだけど……それじゃ、プレゼントにならないからね」
焼くとは? 意味不明です。
言っていることを呑み込めないまま、目をぱちくりさせていると、ド派手女が「アイコっていつの生まれなのぉ。そうとうサバ読んでるっしょ?」
ふんだ。よし、晶ちゃんのプレゼントは、けちょんけちょんにけなしたる。
かわいい包装のリボンをほどき、中身を取り出す。鏡と焼いたクッキーが入ってた。
今日ケーキ食べに来てさらにクッキーだと。太らす気かブタヤロー。……あとでおいしくいただきます。手鏡のほうはフタがついてて、そのフタを土台として自立するタイプのものだ。小学生の時に人気だったキャラがフタ部分にプリントされてる。
「なつかしくね? ソイツさ。キモカワってカンジィ」
懐かしいよ、大好きだったもんこのキャラ。わざわざ探してきてくれたの?
「ありがとう」晶ちゃんに伝えようとしたら、感情が高ぶって声が出ない。あの「劇」のときみたい。
「ちなみにクッキーはアイコの誕生石の代わり。まんまるでお月様をイメージ的な? あ、お返しは本物でいいよぉ。あたしぃの誕生石はラピスラズリだから」
「……ふ、ふんだ。鏡はなんで?」
「カズヒロ君がさぁ……アイコの笑った顔、カワイイって言うから。それで笑顔の練習しなよ。妬けちゃうねぇ、おふたりさん。やっぱ、お姫様にはステキな王子様だね」
あ、カズヒロ君真っ赤になった(うわあ、超ステキカズヒロ君のテレ顔)。その顔にあたしは心奪われ、手に持っていた包装紙をぐしゃぐしゃに丸め、耳障りな音立てる。
「それ、あたしぃとカズヒロ君がジブンでやったんだけど。気に入らなかった?」
「うええっ、すいませんです」
あわてたせいで、よくわからん口調になった、あたし。それを聞いて、顔を合わせて笑う晶ちゃんとカズヒロ君。
いいトモダチに出会えて幸せだ、ホントに。
包装紙は大事にバッグにしまって、ケーキを食べ始める。甘い、甘すぎるぜ、このショートケーキはよぉ~!
お店の人が最後に記念写真を撮ってくれた。あたしを真ん中にして肩を組んでくれた二人の笑顔が印象的なフォトだった。これは一生の宝物です。
七月に入ったある日の放課後、あたしはカズヒロ君に呼び出され、その場所に向かってる。あの誕生日プレゼントの中に、今日の日付と場所を指定して「来てください待ってます」と、書かれていた手紙が入ってたためだ。つくづく、誕生日での自分の行動が悔やまれるぜ。
歩きながら眠気を振り払うために目をこする。いま母親は友達と数日前から旅行に行っていて、家にはあたしとアイツだけ。だから、毎晩、やりたい、放題だ。いつもなら、予備校が終わって、迎えに来た車の中で、とか、だから、そんなに激しくないのにな。
あ、お腹……痛い。
昨夜アイツがスマホで撮ったあたしが小学生の時の画像(どの日がどんな具合だったかコメントまで書かれたもの)を見せてきた。そこに映ってるあたしは、ホントのあたしじゃない。よく似た誰か。愛想笑いしながら、あたしは自分に言い聞かした。
また写真がほしいとお願いされたので、あたしは制服を着て、いろんなポーズをしてあげた(一枚ごとに千円也)。お金のことだけ考えて無心でこなした。手慣れたものです。
……そのはずなのに、二人でツーショットを撮ろうって、アイツが肩に手をのせてきたとき、あたしは思わず手で払いのけてしまった。どうして、そんなことしたんだろ。バカだな。
そしたら久しぶりにアイツの凶暴さが顔出して、あたしは首を絞められ、大声でどなり散らされ、蹴り飛ばされた。
おまけにその後、部屋の片付けをしてるとき、カズヒロ君がくれたCDケースの端っこが欠けてることに気づく始末。よりにもよって、なんであたしの宝物が。ほかにもCDなんていっぱいあるのに。
それで、怒りで、夜寝付けなくて、今になって睡魔に襲われてるマヌケなあたし。
それにしてもカズヒロ君ってば、改まっちゃって。なんだろ話って。
カズヒロ君に呼び出された場所は、いつか子猫を埋めたあの公園だった。正門から園内に入って、遠くのベンチに腰かけている彼が視界に入る。
なんだか心ここにあらずといった面持ちで、じっと地面の一点を見つめている。あの子猫を埋めたところかな? 手を振っても一向にこちらには気づかない。そりゃそうだ。
あ、いいこと思いついた。おどかしてやろ。
遠回りをして後方から忍び足で近づく。真後ろにきてもばれてない。よっしゃ。
あたしは息を吸って、大きな声で「にゃあ!」。
「わぉうっーーアメイジングゥ!」ベンチから飛びあがって、絶叫で返してくれたカズヒロ君。あはは、予想以上の結果。大満足じゃ。
「アイちゃん、勘弁してよぉ」
「ごめんごめん。そんなに驚くと思わなくて。何考えてたの?」
「……教えない。バカ」
あれま。あんがい年相応にすねるんだね、カズヒロ君てば。
「悪かったってば、許してよ」
「……アイちゃんさ、この公園覚えてる?」
「もちろん」と答える。四か月前に子猫埋めたばっかだし。あの時、晶ちゃんとカズヒロ君いっしょに泣いてたよね。キラキラしてて、キレイだった二人の目。ホントのカップルみたいに、気持ちが通じ合ってたんだね。あたしの乾いた目とは全然違う、澄んだ瞳だった。
あたしとは、なにもかも違うよ。
「今日結構暑いね。もう、すっかり夏ってカンジ。サマータイムってやつだね! あの猫埋めたとこ、もう草生えちゃってるし。時の流れって、残酷だね~」
「アイちゃん。サマータイムって、意味違うよ」
「知ってるし。あれでしょ。時計、一時間ずらすやつだよね。カズヒロ君もアメリカでやってた?」
「うん。でも州によってはあったりなかったりするから、州またぐ時メンドくさいんだ。ちょっとした旅行くらいなら、時計はいじらないかな」
「ふーん。そうなんだ。あたし海外なんかいったことないけどね。英語だって読めても……全部予備校で知っただけ。知識だけ。カズヒロ君とは違うよね」
「そんなこと……ないよ。アイちゃんと僕は一緒だよ」
「キミとあたしは、いるセカイが違うの。あれでしょ、カズヒロ君は肩こらないんだよ。そんで抜けた歯は枕もとに置いて、妖精が持ってくんだよね」
「肩がこるって表現が英語になくても、僕の肩はちゃんと痛む。アイちゃんと同じだよ。ボクはここにいる。同じ場所にいる。なにも違わない、同じ人間なんだ」
やさしいねカズヒロ君。あたしのホントの姿知ったら、どうかな。幻滅するよ。
あたし、わかってんだ。
「それで、どうしたの? 手紙で呼び出すなんて、ひょっとしてプロポーズ?」
「……そうだよ。あの猫のことがあって、僕はキミを……好きになったんだ。いや、最初からカワイイと思ってた。うん、一目ぼれ。好きだアイちゃん」
ウソだよ、からかってるんでしょ。あんな手紙まで仕込んで。どっか、晶ちゃん隠れてるんでしょ。どっきり成功ってね。そうだよね。
「僕のことどう思ってる? よければ、アイちゃんと夏祭り行きたいな」
ーー本気なんだ。生真面目なその表情が、あたしに訴える。
あ、返事しなきゃ……言葉が出ない。キモチが高ぶって。かんじんなときに言いたいことが言えない、あたし根性なし。
行動で示そう。そっちの方がココロ、伝わるよね。
改めてカズヒロ君と向かい合う。身長伸びたね。初めて教室で出会ったときより、高くなってる。たった、数か月しかたってないのに。背伸びしないと、届かない。
つま先立ちしてから、思い切って首すじに飛びつく。胸と胸がふれあい、お互いの心臓がバクバクしてる。
不安そうな彼の顔。あたしもきっと同じ表情だ。さらに顔を近づけて、カズヒロ君の顔で視界がいっぱいに。ヒゲ、全然ない。つるつるのあご。あたしヒゲって嫌いなんだ。じょりじょりしてて痛いし、キモチ悪い。キミは大丈夫だね。
カッコいい。大好き。彼のにおいがしてーーもう我慢できない。あたしの方からカズヒロ君にキスした。
好きな人とするのってこんなにシアワセなことなんだ。たかだか〝キス〟ぐらいで。
はじめて、こんな想い。嬉しい、キモチいい。
カズヒロ君はすごく震えてて、鼻息荒い。こそばゆい。あはは、かわいい。怖がらなくてもいいよ。ちゃんとリードしてあげる。お姉さんがね。
ねえ、あたし、もっとディープなのしたい。こんなんじゃ足りないよ。カサカサクチビルとハミガキ粉の味じゃ満足できない。
キミともっと深く繋がりたい。もっとキモチよくなりたい。
続けて舌を絡ませようと、彼の口の中にベロをねじ込もうとして歯に当てる。でも、一向に開かない。どうしたのカズヒロ君、あたしを受け入れて。あっ! サービスが足りないってこと? なら向こうの気分を良くすべく、ーー手を伸ばして、さする。お、けっこうもりあがってーー
次の瞬間その手に痛みが走った。何だと思って目を開ける。いままで見たことのないカズヒロ君の鋭い目が現れ、彼の腕があたしの肩を押し、クチビル同士が別れを告げた。
「アイちゃん、そういうことはもっとお互いを知って、から。まだ、早いよ」
カズヒロ君が真剣な表情であたしを叱る。好きって言ってたのに。なんで拒むの。
「あたしとしたいんじゃないの?」
「そういうことじゃないでしょ。普通はさーー」
〝普通〟
あたしってやっぱりフツーじゃないんだ、上品な生まれのキミとは違うよね。
いつか、母があたしに言った「カズヒロ君と仲良くしときなさい」というセリフが頭の中を支配する。あたしが好きなのは彼自身なんだ、家柄なんかじゃない。お金のために「 」で働いてた、お母さんとは違うんだ。
でも、カズヒロ君をほしがって一方的にせめたあたしは、間違いなく男好きの、あの母の子供だ。
胃液がこみあげてくるのを感じ下腹部を押さえ、義父につけられたお腹の痛みが全身に広がる。いままでさんざん遊び道具にされていたことを思い出す。あたしは悪くない。あ、あたしはただ……違う。
あたしだって、お金ほしさに差し出したんだ、大切なものを。
おばあちゃんに言われてた『大事』にしなきゃいけないものを。
あたしのカラダはあの女の血が巡り、あの男の欲の受け皿。
ーーカズヒロ君にほほえむ。晶ちゃんがくれた鏡で笑顔の練習してた成果かな。
「あたしキス下手な人、キライ。……なに? もしかしてショックうけてる? あたしのこと未経験だとでも思ってた? うわ、キモチ悪、そんなわけないじゃん。もう中学生なんですけど、ウケる。キミはウブな女の子が欲しかったんでしょ? だよね? 勝手にキミの理想を押し付けないでくれない? ねえ、子供なんか、とっとと卒業しなよ。ちょっと遊んであげるから。どうせ、大人になれば色んな人とするんだし。初めてが『いつ』とか『誰』とかどうでもよくない? あ、これから家に寄っていきなよ。いま、親居ないんだ」
「どうしたの、アイちゃん……キミは、そんな子じゃ、ないよ」
カズヒロ君が全身を震わせながら発したその声は、うなるような低さ。目はケモノみたいに血走った赤い瞳。あたしのよく知ってる眼。
「これがあたしにとって普通、そういう女なの。ねえ、うち来くる?」
お願い、カズヒロ君、来て。
「僕は…………ごめんなさい、さようなら」
カズヒロ君がそう告げて、走りだし、公園から消えた。
大好きだったカズヒロ君に拒否されて。現実がわかって。あたし、彼を傷つけた。
でも、少しくらい傷つけたって……彼だって私を拒んだ。だから、おあいこなんだ。
カラダ、反応してたくせに。本当はあたしが欲しかったくせに。望むとおりにしてよかったのに。なんでもしてあげるのに。お上品ぶっちゃって、綺麗事いわないでよ。
抱きしめてもらいたかった。そばにいて欲しかった。こんなあたしを少しの間でも好きになってくれて、ホントは感謝しなきゃいけないのに、出てくるのはあたしの勝手なお願いばっかり。
こういう時、なんで涙、出ないの。おばあちゃんが亡くなったときからそう。冷血人間め。
自分のほほをなんども叩く。痛みだけがはっきりしていて、目にはなにも現れてくれない。
からからなんだココロが。




