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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#12 あたしのカタチ
24/51

あたしのカタチ①

 あたしが小学校六年生の時、おばあちゃんが死んだ。父親がおらず、夜に働きに出ているお母さんの代わりにいつも相手をしてくれた、大好きなおばあちゃんだった。

 火葬中、キレイに手入れされた庭で、あたしは一人、その思い出に浸っている。


 和菓子が好きで、一個を取り合いになって、半分こしたり。

 一緒にゲームをしてくれて、最後のボスをあたしが勝手に倒して、ケンカしたり。

 子供向けアニメ見て、最終回二人で泣いたり。

 古い映画を見せてくれて、この俳優さんが好きだったって話もしたり。

 フォークソングが好きで、二人でハミングしたり。

 お花屋さんの花よりも、道端のタンポポが好きだって話しながら、二人で散歩したり。

 そんな、おばあちゃんとの大切な思い出たち。あたしの宝物。

 ……でも、おばあちゃん最後に約束やぶったね。

 あたしが大人になるまで、そばにいるって言ったのに。ウソつき。


 斎場のエントツから出る白い煙が青空に溶けていく。その様子を見ながらお別れの言葉を口ずさんだ。あの世に行っても、あたしの事覚えててね、と。

 着せられた喪服が日差しを吸って、暖かくて、おばあちゃんに抱きしめられてる時と同じだった。少しうとうとしてたら、お母さんに呼ばれた。


 火葬が終わって、親族一同が集められる。お葬式にはいっぱいの人が来てくれたけれど、今は数人ほど。そして職員の人が、窯の中から棺を引っ張り出す。

 おばあちゃんが出てくる……。じっとみる。でも、見た瞬間、声にならない衝動にかられた。

 灰にまみれたスカスカな白色の骨ーーそれだけが残った金属の台座。花いっぱいの棺に納められていた姿とのギャップが大きすぎて、おばあちゃんだと思えなかった。まるで、あたしが食べ散らかしたお皿に残った焼き魚みたい。骨、皮、内臓がぐちゃぐちゃに混ざったアレと、いっしょ。

 食べ方が汚いってよく、おばあちゃんに怒られたね。もう、二度と叱られることはないんだ。

 入れた思い出の品はどこに行ったんだろう。どこを見渡してもない。火葬初めて見たから、動揺してた。

 おばあちゃんの骨を大人たちが箸で拾う。持ち上げられた骨を他の人が同じく箸で受け取り、次の人に渡す。そして小さなツボに納められていく。

 その光景を見ながら震える。みんな平気なのかな。さっきまで肉体として存在していたおばあちゃんが焼かれて消えて、最後にはあの中に入る。〝死ぬ〟ということを初めて実感した瞬間だった。

 愛も拾いなさいとお母さんが箸を渡してきたので、受け取った。でも、どうにもうまく骨をつかめない。そんなあたしを見かねたのか、知らない男の人が、大丈夫だよと言って、あたしから箸を奪い取った。

 その時触れた、気持ち悪い指の感触はあたしの記憶から消えない。ツボに入りきらない骨を、無理やり押し込む嫌な音と共に。



「愛、お父さん欲しくない?」それは、思ってもみないセリフだった。なんでも、お母さんの『職場』で出会った人で、すごくマジメでいい人がいるらしい。あたしでも知っているような大きな会社に勤めている人で、生活の面でも安定するとのこと。うち、お金ないもんね。おばあちゃんが死んだ時も、何で死ぬだけでこんなにお金がかかるの、って文句言ってたし。お母さんはさらに、高校だって大学だって心配ないよとも付け足してきた。

 よくよく話を聞いていくと、火葬場であたしから箸を奪った男が、その人らしい。親戚でもなかったから、おかしいと思ったんだ。

 お母さんはこっちの返事も聞かないまま、今度連れてくるねと言ってる。なんとも嬉しそうな顔。……あたしの意見なんか聞く耳もたないんでしょ。いつもそう。お母さんはあたしに興味なんてないんだ、嫌いなんでしょ、邪魔だと思ってるんでしょ、だったら産まなければよかったじゃん。あたしのホントのお父さんは、どこでなにしてるの? 

 別に、あたしになんか、会いたくないんだよね。誰もね。

 あたしに生理が来て、怖くて叫んだ時だって、駆けつけてくれたのはお母さんじゃなくて、おばあちゃんだった。血まみれなあたしに、「これから女の人生が始まるんだ。愛、体、大切にしなさい」って、おばあちゃん励ましてくれたね。

 その日から男の子と遊ぶこともなくなった。なんか、変に、意識するようになっちゃったから。

「愛、聞いてるの? で、その人ねーー」

 あたしを素通りしていく声……お母さん誰に向けてしゃべってるのかな。

 うん、うん、スゴイ、嬉しい、うん。やったぁ。


 剣崎と名乗ったその男は、見た目は清潔感があって好感の持てる感じだった。この前に感じた気持ち悪さは気のせいだったのかな、と勘違いするほどには。

 でも、お母さんにはわからない。あたしを見る、その男の目は、エモノを品定めしているような感じ。

 ぬかるみの底で、獰猛な本性を狡猾に隠す、亜熱帯の王ーーワニ。あたしは薄ら笑いして震えてた。


 とんとん拍子に結婚の話が進んでいき、お母さんは籍をその男と入れた。必然、あたしも苗字が剣崎になる。トゲトゲしてて嫌だなとは思ったけど、どうしようもない。

 同じ市内にあるという、男の住んでいるタワーマンションに住むことになり、おばあちゃんと住んでいた公営団地も引き払うことに決定。

 そして引っ越しまで、あと何日もない時に、我が家で三人で食事をした。その日はお母さんの勤めているお店最後の出勤日で、食事の後は男とあたし、二人きり。

「仲良くね」お母さんが家を出て行く。後ろ姿を見ながら、一人にしないでと、心の中でつぶやく。ふだんはなにもしゃべらないのに、困った時だけすがる、勝手なあたしだ。

 さっきまで、お母さんと三人で食事をしていた時の饒舌さはどこへやら、急に静かになった男と椅子に座りながらテレビを見る。気まずい。

 内容がまったく頭に入ってこないまま、バラエティ番組が終わりニュースが始まる。夜十時になったことに気づき、あたしはお風呂に入ると男に言う。男はただ黙ってた。


 湯船にお湯を張り、脱衣所で服を脱ぐ。どすどすと、廊下を揺らす足音が聞こえて、男が扉を開けた。

 あっけにとられていると、男は「一緒に入ろう」。何も言わないでいると、それを肯定と捉えたのか、男は服を脱ぎ始めた。筋肉モリモリの上半身があらわになる、そう言えば、強くなりたくてジムに毎週行ってるって、話してたな。

 男が下の服に手をかけたのを見て、裸のまま、あたしは脇をすり抜け、脱衣所から出る。廊下を走って、曲がり角の遺骨が置いてある部屋に入り、背中をドアに当てる。月光に照らされた遺影と目が合った。


 助けて……おばあちゃん。意味もないのにすがった。


 男がノブに手をかけたのか、ガチャガチャと無機質な音が部屋に響く。続いてドアを叩く音、背中に振動。

「開けなさい」と、声が聞こえ、「いやだ」と返事をする。

 それが却って男の嗜虐心を刺激したのか、息遣いが荒くなったのが分かった。ドアを全力で押さえる。

 でも、あたしの抵抗むなしくドアは少し開かれ、男が半顔だけを覗かせてきた。臭い息を口からこぼしてて、その匂いに吐き気がこみあげてーーそう思った時、あたしの力が少し弱まった。ドアが勢いよく押されあたしは吹き飛び、遺影一式に頭から突っ込む。



 骨壺から漏れた遺灰が飛散する中で、ケモノがあたしに覆いかぶさる。



 透明なお湯にありったけの入浴剤を投入し、真っ青にして飛び込み、頭を沈める。視界すべてが青一色で何も見えない。あたしから出る血と混ざって紫になると思ったけど、違った。

 お腹の底から息を吐き出す。あらゆる感情が口から泡となって浮かんでいく。この熱いお湯に溶けだした心と一緒に、あたしも溶けてしまいたかった。跡形もなく消えてしまいたかった。



 引っ越して、中学生になってもアイツとの〝関係〟は続いた。

 ワニが獲物をしっぽで締め付け、弱らせ、遊ぶように、アイツは〝捕食中〟にあたしの首を軽く絞めて遊ぶ。そして、すべてが終わった後に、ごめんありがとう、とお金を渡してくる。あたしはそれを受け取って「はい」と答えるーーまるで契約だ。

 アイツは近頃、中学校の制服を着せるのがお気に入りみたいで、昨日もそうだった。

 制服……()()()()()、って言ったのに。ランドセルも、リコーダーも、体操服も汚された。全部、おばあちゃんに選んでもらったのに。全部、卒業の日に捨ててやった。ぜんぶ。

「剣崎、制服はどうした」

 パーカーを着てるあたしを、担任の先生が朝のショートホームルームでいじる。セーラー服と学ラン姿のクラスメイト達がいっせいに注目するのが衣擦れの音でわかった。

()()こぼしちゃって、すいません。届は出してますから」無表情で弁明し、理由証明書を見せる。そもそも、この届出を受理したのは先生なんだけど。

「まったく、小学生からやりなおせ」教室にクラスメイト達の笑いがこだました。


 お昼の時間になって、出来合いの弁当を机に広げる。一緒に食べるような友達もいないので、すぐ食べ終わった。そのまま机に突っ伏して、校内放送で流れている音楽を聞く。あたしの好きなアーティストの最新曲が流れていて、指や足でリズムをとる……クセなんだな。おばあちゃんとよくCD流しながら、手拍子だのなんだの、してたから。

 その曲が終わってから別の歌が始まった。昔のアイドルグループが歌ってたヤツだ。「制服を脱がして、本当の私を見て」とか言うバカバカしい歌詞……こんなセクハラまがいの歌が売れたなんて、大らかな時代だったんだね。

 しばらく聞いていると制服を汚されたことを思い出し、気分が悪くなってきた。教室から出て一人いつもの場所に向かう。


 あたしが教室を出て目指したところは、校舎三階の物置代わりに使われている部屋だ。入口の扉をそっと開けて中に入る。窓からの光に照らされ、ほこりが舞い上がるのが見える。周囲を見て自分以外居ないことを確認し、窓際の床に膝を抱えて座り込む。ここなら、校内放送も流れてくることはない。安心して目を閉じる。

 余計な音は消えたのに、いろんな疑問が湧いてくる。


 なんでここに居なきゃいけないのかな。あたしがなにかしたのかな。お金なんか欲しくないのにな。誰かに相談すればいいのかな。でも、誰に言うの? 誰にも言えない、言いたくない。知られたくない。

 たまにやる、いじめ用のアンケートにも「秘密は守ります」なんて書いてるけど、ウソだ。書いたら最後、すぐ、みんなに知れわたる。

 ……もしかして、お母さんは気づいてるの? あたしは、ワニの、エサ……。

 息苦しくなってきた。よどんだ部屋の空気を入れ替えるために、立ち上がって窓を開ける。ぐじゃぐじゃの心で見た青空はキレイで、サッシのとこに手をかけ、みとれる。

 すると背後から「やめなよぉ」声がした。


 驚いて振り返ると、そこには派手なファッションの女子が立ってた。長いパーマのかかった金髪をトップで結び横に流していて(まるでトウモロコシのひげ)、そのド派手な髪にふさわしい、つけまつ毛やアイカラーもしてる。セーラー服にめちゃくちゃ合っていない。

 コイツは……確か、同じクラスの問題児だ。あたしとは真逆の派手なタイプ。なんでここに来たんだろ?


「飛び降りって、やった後しばらく生きてるんだって。めっちゃ怖くね?」

 厚化粧の顔をしかめながら、その女は恐ろしいことを口に出した。

 なるほど、あたしが窓を開けたから飛び下りると勘違いしたのか。不思議と辛くても死のうとは思わない。

 あたし、死ぬの怖いから。焼かれて骨になりたくないから。

「悩みがあるんなら言ってみ。あたしぃ……ちゃんと聞くよ」

 その女子が胸に手を当てて語りかけてくる。

()()()()?」

 何よりも、そのイントネーションが気になって、オウムのように聞き返す。

「そ、あたしぃが」

「あたしの悩みを、あたしぃが?」

「……バカにしてるっしょ。あんた」

 さっきまでの緊張した顔が崩れて、呆けた表情になるギャル子。

「悩みなんてないし、勘違い」

「ふーん、あんたがシンコクソーな顔してたから、あたしぃ心配でさ」

 だから追っかけて来たって? おせっかいな子。

「それはそれは、わざわざありがとうございます。ご心配をかけて、もうしわけありませんでした」

「なに? そのロボットみたいなお礼……ねえ、あたしぃにカンシャしてんならさ、ホーカゴ付き合ってよ」

 誰が『ロボット』だっての。無視して帰ろ。その場は適当に取り繕って女の横を通り、あたしは部屋を出る。

 そのとき嗅いだ安っぽい香水のニオイは、あたしの鼻に染みついて、休み時間が終わっても離れてくれなかった。


 帰りのホームルームが終わって、そそくさと帰ろうとしたが、すでに目の前であの女が待ち構えていて、しぶしぶ「ホーカゴ」に付き合わされる形になってしまった。その時に、

「オケでOK?」謎の女が問うてきて、

「桶? NO」あたしは反対に一票。

 何を質問してるのか理解できないので、しかたなく後ろについていったら……カラオケだった(オケって、カラオケのことかよ)。そして、あたしの目の前で熱唱するヤンキー娘。あんまり上手くはないなと、数曲聞いてから勝手に評価。

「ちょっと、あんたも歌えってば。あたしぃの単独ライブジョータイじゃん」

「あたし、やり方知らない。カラオケ初めて」

「えぇ~!? じゃ、教えたげる」

 ファンデ激モリ女は液晶画面をなめらかな手つきで操作し、あたしにレクチャーをしてくれた。なるほどこうやるんだ。ためしに、知ってる曲を入れてみる。

「なにこれぇ……知らね。てか、古いしぃ~」女がバカにしてきた。

 全神経を集中して歌う。カラオケは初めてだけど、おばあちゃんとよくデュエットしたからいけるはず。なめんな。

 採点結果、九十点。ザマアミロ。さっきまでのあんたの点数より全然上じゃん。無言で勝ち誇る。

「ちぇ、ほんとに初めて?」口をとんがらせて、ケバ子がそう言ってきた。

「そうだけど。そっちも初めてなの?」あたしは皮肉を言う。

「ムカつく~」笑いながらド派手ネイル女が、あたしをくすぐってくる。……アイツ以外の人間に触られたの、おばあちゃんが生きてた時以来だ。ゲラゲラと声を出しながらそう思った。


 こっちも負けじとくすぐり返し、不毛な戦いを繰り広げる。「終わり、終わり」あっちから降参の申し入れがあり、受け入れてやる。やった、勝ったぜ。

「ふい~、変わんないね、アイコは。負けず嫌いなとこ」

 なんですと? いきなり呼び捨てか。さすが不良娘。ってか、あたし「アイコ」じゃなくて「(アイ)」だし。

 きょとんとしていると、

「わかんないよね。見た目全然違うし。でも、あたしぃは忘れないよ」

 デコり過ぎのマツゲが刺さりそうな距離で、女があたしの目をのぞき込んでくる。え、その目つき、ひょっとして。

「思い出したぁ? あたしぃ、晶子(しょうこ)だよ」

 そう、あたしは彼女を晶ちゃんって呼んでた。向こうはこっちをアイコってね。名前の『子』を交換し合って。一瞬で懐かしさに包まれる。

「ええっ。晶子って、雪だるま呼ばわりされて、いじめられてた、あの?」

「……そうだよぉ」

「女子なのに、真夏でも溶けないスノーマンって言われてた、あの?」

「……うん」

「もともと()()()()ってあだ名だった、あの!」

「うるさいわ! 人の古傷いつまでえぐるんだよっ」

 ひえっ、怒られた。そりゃそうか、久しぶりでつい興奮して。

「ごめん、ごめん。晶ちゃん、小学三年生のとき以来かな」

「そう。けっこー、変わったでしょ」

 なんてったって体形がね。昔パンパンだったのに今はモデルばりにシュッとしてる。

「晶ちゃんってば、もう別人だよ。キレイになってまぁ~。ちょっとケバいけど」

「……ありがと。アイコも変わったよね、だいぶ。そのパーカーも反抗期なせい?」

 昔のあたしを知ってる人からしたら、そうだろうな。陰気の塊だからね、今は。

「パーカーは……制服汚しちゃったから、です。ま、人生いろいろあるからね」

「あんた苗字も変わってたし。あたしぃカンゼン別人だと思ってた」

「母親が結婚して、それで」

「んで、あんなに暗くなってたのかなぁ?」

「違うよ……。おばあちゃんが、死んじゃったから……かな」

 きっかけは、ね。

「そっか、アイコのおばあちゃん死んじゃったんだ。ねえ、覚えてる? 劇のこと」

 晶ちゃんがしゃべり始めたのは、小学校の催し物であたしがお姫様役をやった演劇の事だった。悪い魔法使いに連れ去られたお姫様が王子様に助けられるってストーリーだったかな。頑張ってセリフ暗記した気がする。

「でぇ。本番前はヨユーぶっこいてたのにさぁ~」

 目を閉じて、その場面が頭に浮かんでいるのか、ニヤニヤする晶ちゃん。

「いざ始まったら、アイコってばカチコチでなんもしゃべんねーの。ウケる」

「ふんだ。うっさいな、晶ちゃんは。エンジン掛かるまでしょうがないの」

「ってか、あんたビビってたんでしょ。で、見に来てたアイコのおばあちゃん、コンジョー入れてくれたよね。大声でさ」

 そうだ。観客席から「愛、しゃんと歌いな!」って声が聞こえてから、まともにセリフ言えたんだった。あの時もありがとう、おばあちゃん。超恥ずかしかったけど。

「したら、アイコ別人みたいになってさ。アドリブまで入れて、みんなあたふた。『むしろメイワクですぅ』ってカンジ。カッコ良かったけどぉ」

「あったかな? そんな事」

 照れ隠しで、すっとぼけながら頭をかく。と、同時に疑問が。

「その時、晶ちゃんは何役だったの?」

「……木(F)」

 多いな背景の人。みんな目立ちたくないってか。まったく最近の若いの(?)は困ったもんだね。

「それで、木役の衣装も足りなくてさ。あたしぃは枝だけ持って、立ってた」

「アレまぁ。他の役でもいいじゃん、石とか」

「……で、それを見てた意地悪な子がさ、劇が終わった後に楽屋で『豚の串刺し』とか言い始めて。あたしぃもともと『肉だるま』呼ばわりだったけどさ。みんなに豚コールされて……あん時、死にたくなったなぁ」

「え……ひどい、あたしだったら止めるのに」

「アイコが止めてくれたんじゃん」

 あれ、そうだっけ。全然記憶にないけど。

「覚えてなさそうだね、無理もないか。あんた『木の枝なんだから雪だるまでしょ』って言っただけだし。お姫様のカッコでさ」

 なるほど、よくわからんセンスだ、昔のあたしよ。

「そんで、クラスの空気変わってさ。あたしぃ、悪口言われることも無くなったし、アイコとも仲良くなった。ホントにキラキラしてたよ、あん時のアイコ」

 晶ちゃんとあたしの間にそんなことがあったとは、知らなかった。ま、彼女の助けになったなら良かった。ナイス、過去の自分。


 晶ちゃんはしゃべりながらその時を思い出したのか、目に涙を浮かべてる。

「だから、アイコが辛くて死にそうなら、あたしぃ助けなきゃって、思ってぇ……」

「ちがうよ、晶ちゃんの勘違いだってば……でも、わざわざありがとう」

 彼女のことばを聞いて、あたしも目頭が熱くなってきた。ごまかしもかねて久しぶりの再会を祝うべく二人で抱き合う。いてて、強いよ、晶ちゃん。

 部屋の電話が鳴って、抱き合いをやめ、晶ちゃんが受話器を取る。カラダの締め付けが消え、謎の開放感があたしの心に生まれる。

 軽い、すごく軽いんだ。

「ありゃ、時間だって。エンチョーどうする?」

「もちろんする」大きな声で返事した。


 晶ちゃんと再会を果たしてからあたしは、別人のように明るくなっていった。ファッションとかメイクを教わって、外見が変わったのがきっかけかな。もちろん、彼女みたいなケバケバしい化粧はしてない、あくまでナチュラルメイクってやつ。

 それに晶ちゃんに「可愛いんだよ、アイコはさ」なんて、おだてられてその気になっちゃった、ってのもあるかもね。あたし、昔から調子に乗りやすいんだな。

 二人でつるんで遊びにも行った。ショッピングしたり、流行りのスイーツ食べに行ったり。もちろんカラオケも(すぐに晶ちゃんよりうまくなった)。浴衣着て夏祭りも行った(来年も行こうねって約束した)。楽しいな……お金がすぐになくなっちゃう。

 服も、クツも、バッグも、化粧品も欲しい。美容院もいきたい。

 あたし、お姫様になりたい。むかし、劇でそうだったみたいに。戻りたい、輝いてた小学生のころに。晶ちゃんが憧れてくれてた、あたしに。中身は戻れなくても。外見だけでも。


 あたしどうですか? じょうずになりましたよね。

 はい、あたしもさいきんはきもちよくなってきました。

 えっ? そうだったんですか、たいへんだったんですね。

 うん、あたしいろいろおぼえたいです。がんばります。

 だから、おこづかい……もっとほしいな、なんて……ありがとうっ。

 じゃあおれいに、こんなのとかどうですか。いいですか? 

 よかった、あたしなりにかんがえてみたんです。きにいってもらえて、うれしいです。

 なんでもしますから。あっ、これとかつかうのもいいかもです。

 こえ、おおきいと、そとにきこえちゃいますよ? 

 ねえ、きもちいいでしょ。


 獰猛な動物を飼うコツは、適度にエサを与え、愛でてやることだ。案外カンタンだね。


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