第1話 雨の葬式
雨が、朝からやまない。
斎場の軒下で、黒い傘が順番に開いては、たたまれていく。僕はその数を、意味もなく数えている。十三。十四。
祭壇の写真のなかで、ハルは笑っている。去年の秋、大学祭のときの写真だ。撮ったのは僕だ。シャッターを押す直前、「ちゃんと撮れてる?」と笑ったのを覚えている。
焼香の煙が、まっすぐにのぼっていく。
読経の声は、雨音に似ている。数えているうちに、意味がほどけていく。祭壇の花は白ばかりで、ハルは白よりオレンジが好きだったな、と僕は思う。こういうときに思うことじゃない。わかっている。でも、悲しみらしい悲しみは、いくら待っても来ない。来るのは、そういう細かいことばかりだ。
誰かが泣いている。ハルの友人たちが、ハンカチを目に当てている。その列のいちばん端で、佐伯ミナがじっと僕を見ている。目が合っても、そらさない。そらしたのは僕のほうだ。
この部屋で泣いていないのは、僕と、ハルの母だけだ。
悲しくないわけじゃない。たぶん。ただ、涙というものの出し方を、僕は忘れてしまったらしい。ポケットの中で手を握る。爪が手のひらに食いこむ。痛い。痛いだけだ。
「ユウくん」
ハルの母が、僕の前で足を止める。
「来てくれて、ありがとう」
それだけ言って、次の人へ頭を下げる。責められると思っていた。どうしてあの日、と。でも誰も、僕には何も訊かない。
火葬場の煙突から、白い煙が雨の空へのぼる。灰色に白は、すぐ見分けがつかなくなる。ハルは雨が嫌いだった。なのに、最後の日まで雨だ。
――雨の日は、会えない気がするんだよね。
ハルの声を思い出したところで、記憶は途切れる。その先を思い出そうとすると、頭の奥で雨音だけが大きくなる。
帰りの電車は、濡れた傘の匂いがした。吊り革につかまって、窓の外を流れる灰色の街を見る。どこかのベランダで、取りこみそこねた洗濯物が濡れている。世界は今日も、細部まで律儀に続いている。ハルがいなくても、続くのだ。
アパートに帰りつくと、ドアの前に紙袋が置いてある。雨のなか、袋はほとんど濡れていない。ついさっき置かれたばかりみたいに。
中には、青いノートが一冊。表紙に、ハルの字でこう書いてある。
『君が選ばなかった日のこと』
部屋に入って、鍵をかけて、チェーンもかけて、一ページ目を開く。
「泣けないなら、まだ読まないで」
読むなと言われた気がして、なぜか少しだけ、息がしやすくなる。ノートを閉じる。閉じてから、気づく。ページの端が、わずかに波打っている。濡れた手でめくったあとみたいに。
僕の手は、乾いている。
窓の外で、雨音がつづいている。
ノートを開くなら、第2話へ。
ハルのトーク画面を開くなら、第3話へ。
何もせず、雨音を数えるなら、第4話へ。




