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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第八章:フロル、一時帰国する
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41:だって今からって言ったから


 ドアが綺麗さっぱりなくなった入り口から入ってきたのは、黄金色の髪をした美しい少女だった。

 ほっそりとしたその腕には白色の宝石鱗が煌めいている。

 少女はサロンをぐるりと見渡して、フロルと目が合うと悠然と微笑んだ。

 彼女こそ、今回の事件の主犯であるルーナである。


「ルーナ⁉ 一体何をしている⁉」


 突然の事態に、血相を変えたジェスが問い質すが、


「お父様は黙ってらっしゃって。――《沈黙(サイレンス)》」


 ルーナはジェスを一瞥もせず、淡々と魔法を唱えた。とたんにジェスは眉間にシワをよせて、手で喉を掴む。フロルがレイから掛けられた声を奪う魔法だ。


「おいおい、お父さんを魔法で黙らせたよ」

「過激とは聞いていましたが……」


 アイルとトーは警戒を強めつつ囁き合う。そしてフロルたちを庇うように、そっと前へ出た。

 しかし二人の姿はルーナの眼中に入っていないようだ。彼女は一瞬たりとも視線をずらすことなく、真っ直ぐにフロルの方を見ている。


「フロルちゃん、こんにちは。こうしてお話をするのは何年ぶりかしら」

「三年ぶりくらいでしたっけ」

「三年と三十六日ぶりです、フロル様」

「正確に覚えられている……」


 考える時間すらなくすらすらと教えてくれたレイに、フロルは軽く慄いた。

 彼は自分のファンだと言っていたが、ファンとはそういうものなのだろうか。何となく父の方を見ると、彼は『手の施しようがない』と口を動かした。匙を投げられている。


「フロルちゃん、話は聞いたわ。魔王国へ帰りたいのね」

「はい。なのでルーナ、人竜国と魔王国へ、悪いことをするのはやめてください」


 レイからは、ルーナは一度決めたことを、そう簡単にあきらめないと聞いている。長期戦になるのを覚悟した上で、フロルはまずはっきりと、自分の要望を口にした。

 するとルーナは「フロルちゃん……」と目を伏せる。どこか憂いを帯びたその表情は儚げで、庇護欲をそそる。事情を知らない者が見たら、思わず味方をしたくなってしまうことだろう。


「そうなのね……。フロルちゃんが、そう言うなら仕方がないわ。……でも!」


 ルーナはくっと顔を上げると、アイルに向かって人差し指を突きつける。


「フロルちゃんを嫁にしたいなら! 私を倒して行きなさい!」

「……何か、雲行きがちょっと怪しくなってきたな」


 怪訝そうに呟くアイル。フロルも同感だった。今、自分はそういう話をしていただろうか?


「えっと、ルーナ、私の話、聞いてます?」

「ええ、聞いているわフロルちゃん! 魔王の嫁なんて、私、まだ認めないわ! だって十六歳なのよ! 嫁に行くのは早すぎると思うの!」

「まぁ、それはそう」

「そうですねぇ」

「魔王様、フロルさん、同意しないでください。そうじゃありません」


 話は脱線しているが、言っている言葉は理解出来る。だからアイルとフロルが頷いていると、困り顔のトーからツッコミが入った。彼の言うことも、もっともである。


「だから私を倒して行きなさい!」

「そう言われても、お嬢さんを力で倒すのは遠慮するよ。外交問題にもなるし、評判的にも色々と困る。別の方法を考えてくれない?」

「そうです、ルーナ。お父様もやめてって怒っていますよ」

「まぁ、ずるいわ。お父様はしゃべらなくてもフロルちゃんに言葉が分かってもらえるなんて!」


 するとルーナは別のことで口を尖らせた。先ほどからどうにも論点がずれている。

 フロルもアイルたちから、たまに人の話を聞かないと言われることがあるが、たぶんルーナはそれ以上ではないだろうか。

 そう思っていると、ルーナはスッと真面目な面持ちになる。


「――でも、そうね。外交問題は困るわね。フロルちゃんが両方の国を好きなら、これ以上手出しはしない方が良いわね。では、条件をつけましょう。この指輪を取って、私を捕まえてごらんなさい」


 そう言ってルーナは右手を顔の高さまで持ち上げ、手の甲をフロルたちに向けた。中指には、淡く複雑な輝きを持つ白色の指輪が嵌められている。


「あの指輪は?」

「『月の端』という気配を消す魔導具です。ルーナ様の宝石鱗で作られたものです」

「もう、レイ。あなた、私の側近なのに、バラしたらダメじゃない」

「ルーナ様は確かに主人ですが、私が心酔しておりますのはフロル様と宝石竜様です」


 レイはきりっとした顔で言い切った。それもどうかとフロルは思ったが、こちらの味方をしてくれる分にはありがたい。


「それもそうね」


 そんなレイの言い分に、ルーナはあっさりと納得した。それでいいらしい。

 フロルには側近がいないため、主従関係がどういうものかいまいちよく分からない。だからアイルとトーに確認の意味を込めて視線を送ると、二人は揃って「いいんだ……」と呟いていた。やっぱり普通ではなさそうだ。


「この魔導具を使って、今から私は城中を逃げるわ。捕まえられたらあなたたちの価値よ。それでは……」

「《脚力強化(レッグ・フォルテ)》!」


 ルーナが全部を言い切る前に、フロルは魔法を使って脚力を強化し、彼女に急接近する。そしてその右手から『月の端』をするりと抜き取ると、


「フロル・ウィン!」


 指輪を掲げて誇らしげにそう宣言した。満面の笑みである。

 アイルとトーは「おおー」と歓声つきで拍手してくれた。


「えっえっ、早いわフロルちゃん!」

「だってルーナ、今からって言ったじゃないですか。有効です。宝石竜様、ネーヴェ様、どうですか?」


 頓智のような言い分だが、ルーナは確かに『今から』と言ったのだ。

 だからフロルは胸を張って第三者――離れた場所だから見守ってくれていた竜の二人に判断を委ねる。

 彼らは相変わらず床に寝ころんだまま、くつくつと笑って、


「んっふっふっふ。そうだね。ふふ。確かにルーナは言っていたよ。フロルの勝ちじゃない?」

「そうね。今からって言っていたし」


 とフロルの味方をしてくれた。

 守護竜たちの言葉には、さすがのルーナも文句は言えず「そ、そんな……!」と膝から崩れ落ちたのだった。

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