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宝石鱗の生贄姫  作者: 石動なつめ
第七章:フロル、狙われる
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39:長生きしてね


 レイたちの尋問が終わり、念のため彼らを地下の牢屋に入れた後、アイルは魔王城の廊下を一人歩いていた。


 静けさを取り戻した城内に軽い靴音が響く。

 夜が明けたら仕事もあるので、そろそろ眠った方が良いのだが、色々あったせいで目が冴えてしまっていた。


 夜風にでも当たれば少しは気も静まるだろうと思って、見回りがてらに歩いていると、中庭に差しかかったところで、ある人物を発見した。

 フロルだ。彼女は噴水の縁に座って、ぼんやりと月を眺めている。緩やかな風に吹かれて、絹糸のような白い髪がさらりと揺れていた。


 突然声を掛けて驚かせないように、アイルはまずカツン、と小さく靴音を鳴らした。すると音に気付いたフロルがこちらを振り向いた。

 アイルは彼女と目が合うと笑いかける。


「こんばんは、フロル。眠れないの?」

「こんばんは、アイル。んふふ、実はそうなんです。興奮冷めやらぬと言いますか、今なら魔王城横断マラソンで良い成績を残せそうな勢いですよ!」

「初めて聞いたな~」

「やります?」

「やらないなぁ」

「やらないか~」


 話をしながらアイルはゆったりした足取りで彼女に近付く。


「隣、いい?」

「どうぞどうぞ」


 許可を得たアイルはフロルの隣に腰を下ろした。

 噴水のサラサラした音を背中に聞きながら、アイルはフロルがしていたのと同じように月を見上げる。夜空には、満月一歩手前の、ほんの少しだけ凹んだ月が浮かんでいた。


「明日は丸くなりそうだなぁ」

「それはまた縁起が良いですねぇ」

「そりゃいい」


 何よりだとアイルは小さく笑う。

 明日、アイルたちは宝石竜と氷竜ネーヴェの協力の元、人竜国へ向かうこととなっている。

 今回の事態を終息させるためだ。レイたちから話を聞いた様子だと、様子見の時間を設けるのは、ただただ状況が悪化するだけだと判断したのである。


 人竜国へ向かうのはアイルとトーとフロル、宝石竜とネーヴェ、それからレイだ。レイの仲間たちについては、さすがに全員は宝石竜たちの背に乗り切れないので、いったん魔王国に留め置く。

 その話をしたところ「レイと一緒にいなくていいんですか⁉」とか「ありがとうございます」とか、妙に感謝されてしまったのは複雑なところだが。


(普段どんな対応をしているんだ、あいつ)


 レイのことはまだよく分からないが、極端な考え方であるのは、あの短い時間でも理解出来た。彼の主人もそんな感じらしいので、似た者主従なのだろう。


「ところでアイル。明日、本当に一緒に来てもらって大丈夫なのですか?」


 そんなことを思い出していると、フロルからそう尋ねられた。

 最初、彼女は自分にも原因があるし、何より人竜国のことなのだから、自分たちだけで行くと言っていたのだ。さすがに心配だったので、アイルとトーはそれを止めて、同行することをフロルに納得させたのである。


(フロルって、意外とこういうところがあるんだよな)


 なかなか突拍子もないことをする彼女だが、自分で何とか出来そうだと判断したことに関しては、自分の力だけでどうにかしようとするところがある。

 それはもちろん良いことではあるのだが、妙に危うさも感じられて、アイルには気がかりだった。恐らく彼女が長年置かれていた環境のせいだろう。


「もちろん。うちの問題でもあるし、俺も行くよ。それに嫁さん(・・・)を一人で戻らせるわけには行かないからな」

「んふふ。仮では?」

「まだバラしていないからな~。実家に帰られたって言われちまうよ」

「それは大変!」


 お道化た調子で言えば、フロルはくすくすと微笑んだ。

 そんなフロルに対して、


「なぁフロル。一つ、約束してほしいことがあるんだ。それを守ってくれるなら、俺はフロルが魔王国へ帰れるように、全力でサポートする」

「何でしょう?」

「無茶をしない」

「――――」


 アイルがそう言うとフロルは目を見開いた。彼女のルチルクォーツ色の瞳がほんの僅かに揺らいだのを、アイルは見逃さなかった。

 ――自覚があるようだな。

 アイルは心の中で小さく息を吐くと、真面目な表情になる。


「フロルは自分を、自分が思っているよりも大事にしていない」

「そうでもないですよ?」

「宝石鱗をホイホイ渡すのもそれだよ。あれは自傷行為のように俺には見える」


 最初に見た時から、アイルは少し違和感を覚えていた。

 フロルは宝石鱗を剥がして他人にあげたがる癖がある。トーから聞いた話では、彼女は「自分にはそれしか財産が無いから」と言っていたらしい。

 確かに宝石鱗は価値があるし、アイルたちにとってもらえるのはありがたい。しかし、その頻度があまりにも多いのが気になったのだ。


「そう……なんです? でも、宝石鱗を納品するのは、うちの王族の義務ですし」

「たぶんそれ、一日一枚くらいなんじゃない? むしろたまたま剥がれた鱗でもいいよ~って言われていない?」

「それは………………はい」


 たっぷりと時間をかけてフロルは頷いた。少々バツの悪そうな顔もしている。やっぱりなぁとアイルは思った。

 人竜国の王は子煩悩だ。例え義務であっても、自分の子供たちに、宝石鱗を剥がせるだけ剥がして納品しろなんて言うはずがない。

 もしもそういう形になっていたとしても、彼が王位に就いた時点で改正しているだろうなということは、宝石竜やフロルから聞く話で何となく想像が出来る。


(なのに、それをしていたのは……たぶん、たくさん渡した時に喜ばれたからだろうな)


 そんなことを考えながらアイルは言葉を継ぐ。


「俺は君のことが好きだし、健やかに幸せになってほしいと思う。人間の一生は俺たちからすれば短くて、瞬きの間だ。だからな、フロル」


 アイルは立ち上がってフロルの目の前に移動した。そして片膝をついて、少し下から彼女の瞳を見上げる。


「自分を大事にして、長生きしてほしい」


 祈りのようにそう告げると、フロルはポカンとした顔になった。

 そのまま彼女はしばらく固まって、ややあって目をぱちぱちと瞬いた後、頬を少し赤く染めた。


「アイルはたらしですね! ちょっとドキッとしました」

「そうだろう? 俺はそれなりにモテるからな~」

「んっふふふ。言いますねぇ~」


 フロルは照れながらそう言うと、すう、と息を吸った。

 そして真っ直ぐにアイルの目を見つめ返して、


「……分かりました。いえ、違いますね。正直なところ分かっていない部分もあります。でも、約束を守れるように無茶じゃない範囲で頑張ります」


 そう言った。正直に答えられるのが、フロルの良いところである。アイルは微笑んで「うん。それでいいよ」と頷いた。


「……さて、俺からのお話はこれで終わり。どう、そろそろ眠れそう? 甘い物でも飲む?」

「あっ、飲みたいです! 甘い物!」

「オーケー、それじゃ、行こうか」

「行きましょう!」


 二人は立ち上がると、小さな声で和やかに話をしながら、中庭を後にしたのだった。


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