ifルート リヒト 後編
ノヴァルディ王国との戦は相手側の魔力枯渇による自滅という形で終結した。
しかしヴァレンティン軍でも被害は甚大だった。
「……リヒト?」
敵から、国に施していた防御魔法より魔法干渉を受け昏睡状態に落ちてしまったリヒトは、青白い顔をしてまるで蝋人形のようだ。
触っても酷く冷たく、全く生きている温もりは感じられない。
いつ目覚めるか分からない、目覚めるのかすら分からない。
そんな絶望的な状況にいることを聞かされ私は目の前が真っ暗になった。
リヒトが……リヒトが目覚めないかもしれない?
呆れたように溜息をつきながらも私の我儘に付き合ってくれた貴方が。
ふと未来が怖くなった時、私が落ち着くまで背中をさすってくれた温かい手が。
照れたように赤くなる耳が。
無くなってしまうの?
「ねえ、リヒト。
貴方のお陰で戦争は終わったわよ?
まだ混乱は少ししている場所もあるけれど。
そうだ、貴方、今回の功績を讃えられて侯爵位を与えられたのよ?
起きたら仕事が山積みね」
リヒトに天使の雫(仮)を飲ませて、私は今日も眠ったままのリヒトに話しかける。
あれから3ヶ月が経ったが、相変わらずリヒトの反応はない。
「……ねえ、リヒト。
貴方が目を覚ましたら、私一緒にやりたいことがあるのよ?
私ね、貴方と一緒に街をこっそり歩いてデートがしてみたい。可愛い雑貨屋さんなんて覗いたら貴方は嫌がるかな?露店も見てみたいな」
動かないリヒトの冷たい唇を手で触れる。
「早く、起きて。寝てるだけなのに、こんなことで泣くなんてバカだなって笑ってよ」
ポタリ、ポタリと涙が落ちる。
その大きな手でちょっと乱暴に頭を撫でて。
その腕でもう離れないようにきつく私を抱き締めて。
「……私まだ、リヒトに好きって言ってもらってない」
ポタリ。私の涙がリヒトの唇に落ちた時。
急に魔力反応が起きた。
暗い、冷たい、寒い。
オレは暗い、暗い一本道を延々と歩いていた。
"リヒト、リヒト"
姫様がオレを呼ぶ声がする。
すげえ泣きそうな声。早くそっちに行ってやらないと…。
そうは思うものの道は変わることなく、遠くに光が薄っすらと見えるだけだ。
"貴方、今回の功績を讃えられて侯爵位を与えられたのよ?"
それは面倒だな。でも、姫様といられるようになるなら頑張るか。
"私ね、貴方と一緒に街をこっそり歩いてデートがしてみたい。可愛い雑貨屋さんなんて覗いたら貴方は嫌がるかな?露店も見てみたいな"
可愛い雑貨屋なんて、オレは御免だからな!
入るなら一人で入ってくれ、外で待っててやるから。
"早く、起きて。寝てるだけなのに、こんなことで泣くなんてバカだなって笑ってよ"
ああ、姫様、泣かないでくれ。
オレは姫様の涙には弱いんだ。
"……私まだ、リヒトに好きって言ってもらってない"
……後でいくらでも言ってやるから。
だから、泣くな。
次の瞬間、オレは光に包まれた。
「…寝てるだけなのに、こんなことで、泣くなんてバカだな」
そう言って優しい目で笑うのは。
「リ……ヒト…?」
「泣くな……」
そう言って私の涙を手で拭う。
「リヒト……っ!」
私は思いっきりリヒトに抱きついた。
「お前な……病人に対してちょっとは加減しろ」
疲れたように言うリヒト。
久しぶりにリヒトの小言が聞けて嬉しいと思う私は相当末期だ。
「……でも、何で目覚めることが出来たの?」
「……あんたの声はずっと聞こえてたんだ。
姫様の声はいつもオレの道標になってた」
私の声が届いてたと知り、恥ずかしいような、嬉しいような。
ん?……待てよ?
「声が聞こえてたんなら、私が今リヒトにして欲しいこと分かるよね?」
そう言うと、リヒトはつい、と視線を逸らした。
「……リヒト?」
あー、だのうーだの唸っていたが私がひかない悟ったのか溜息をつき私を抱き締める。
「いいか、よーく聞いとけよ?
…あんたを愛してる。どうかオレと一緒に生きて下さい」
リヒトの耳が真っ赤だったのを私は揶揄えない。何故なら私の耳も真っ赤だったろうから。




