死の歌姫。
敵、味方の残酷描写あり。
「アーニスト……!」
今にも飛びかかりそうなアイラさんをクレハさんが押さえる。
「目的はなんなんだい?」
それをチラッと見て確認したトレイさんが、黒いマントの男に訊く。男は鼻で笑った。
「目的? ハハ、面白いことをお訊きになる。決まっておりますでしょう? ルアディスの民を殺すためです。今回は、ちょっとした実験。皆さんご存知の通り、アルフォ出身でアンディスに落とされた者っていうのは百人に一人いるかいないかくらいでね。だから、一番殺すことにためらわずに済む。知っている人を殺すのは、誰だってためらいますから」
確かに、少し前にアイラさんが言ったように、争いを嫌うアルフォからは、あまりアンディス送りになるような人はいない、といろんな人から聞いていた。だけど、そんな言い方はあんまりだと――。
「……もう我慢できませんわ」
低い呟きに全員一斉にアイラさんを見る。アイラさんは素早く懐から赤い円状の石を取り出すと、グッと握る。すると石は光り、メイスへと変化した。
あの石は、見たことがある。知ってもいる。
八年前に一度フォルンを訪れたとき。歌を込めた石で、持ち主によって武器の種類が変化する物だ。
「アイラ――……っ!」
そのまま男に向かって走っていくアイラさん。クレハさんは、彼女を追おうとしてハッと足を止める。
無理もない。だって、私たちは、いつの間にか囲まれていたのだから。しかも、かなりの数の黒いマントの人たちに。
アイラさんもそれに気付いて前につんのめんるような形で足を止める。
「俺から離れるなよ」
前に来た背中に、私は頷く。ヴィルさんの両手には一つの大きな剣。横に弓を持ったトレイさんが来る。
「俺たち、ね」
見れば、騎士は皆、もう手に武器を持っている。クレハさんは細身の剣。ヌドクさんは錘と鎌が鎖で繋がった物を持っていて、リターナさんは二つの短剣をそれぞれの手に握っている。
「では、始めますか」
木の上の男のその言葉を合図に、周りにいた黒いマントの人、アーニストたちが一斉に私たち目がけて走ってくる。ある者はその手に剣を握って。ある者は、途中に生えている気によじ登り、弓を撃つ。
それを避けて、叩き落として、私たちの騎士は私たち歌姫を守る。
迫ってくるアーニストの頭や胸を的確に撃ちぬいていくトレイさんと、相手の攻撃を避けながらも確実に命を奪っていくヴィルさん。跳ねたと思えば素早く相手の懐に入りとどめを刺すリターナさんに、その背中を狙う敵に一撃を見舞うヌドクさん。アイラさんは重そうなメイスを相手の見た目の華奢さからは想像できないくらいの力で勢いよく相手の身体へと振り下ろし、そのときにできる隙を埋めるようにあクレハさんが素早く急所を刺していく。
それはとても綺麗で。
だけど、私の耳は戦いとは別の音を拾っていた。
静かで凛とした音。
重なり合っているのに、温もりを感じさせない音。
それが、昨日の夜よりも強く、大きく聞こえる。
この音はなんなんだろう。
そう思っていたときだった。
「エラ様っ!」
アイラさんの声。振り向けば、アイラさんとクレハさんがいるほうとは逆の方向からアーニストがエラに襲い掛かろうとしていて。
間に合わないと判断したのか、アイラさんはメイスをその場に捨てる。手を離れた瞬間、メイスは赤い石に戻る。
そこからは、一瞬の出来事のはずなのに、とてもゆっくりと見えた。
エラの前に出ようとしたアイラさんを、クレハさんが前に割り込むことで遮る。
そのままクレハさんはエラの前に出て、相手の胸を刺したけども、それは、相手が腕を伸ばしたのと同時で。
同じ色の液体が、宙に浮く。
エラの白い肌にもそれは飛び散って。
エラが悲鳴を上げる。
アイラさんがクレハさんの名前を叫ぶ。
だけど、アーニストがその隙をつかないはずがなくて。
アイラさんの胸から、本来あり得ない物が、銀色に鈍く光る鋭い物が、顔を覗かせる。
宙を走るように出てくるそれが、エラとクレハさんを、そしてアイラさんを汚す。
口元を押さえているエラは、すぐにアーニストに捕まってしまって。もがいているけれど、そんなの、力の差で逃げられるはずもなく。
ヴィルさんやトレイさん、リターナさんやヌドクさんが助けに行こうとするけれど、敵の数が多すぎてそんなことはできない。
それどころか、四人とも傷だらけで。
必死に守ってくれるから、私は無傷で。シスも、無傷で。助けに行きたくても今出ていけばきっと、自分たちを守る騎士がアイラさんやクレハさんと同じことになってしまうかもしれなくて。
見ればまだまだアーニストの中にも私たちを見ているだけの人もいて。
人数の差がものすごくて。
このままじゃ、きっと私たちは勝てない。
私とシスは、もしかしたら生き残れるのかもしれない。
だけど、それは私たちが捕獲する対象だからで。
四人は死んでしまうかもしれない。
なにより、人殺しは罪だと言っていたヴィルさんに、人殺しをさせている。
それがものすごく嫌で。
いざとなれば命を捨てる。それが騎士だとわかっていても、これ以上誰かがいなくなるのは嫌で。
それなのに、私にはなにもできなくて。……なにも?
本当に? なにもできないの? 私は、死の歌姫なのに?
冷たい手に、心臓を掴まれた気がした。
グッとなにか強い力に握りしめられた気がする。
それはするすると私に話しかける。
お前なら、できる、と。歌姫の中で唯一汚れているお前ならできると。
一度殺してしまったのなら、あと何度人を殺そうと変わらない、と。
ギュッと胸元にある麻袋を握りしめる。
今聞こえている知らない音とは違う、温もりと清らかさに満ちた音。
私には守る力はない。
誰かのために歌える歌だってない。
エラのように沢山の人に寄り添うような歌声も。
シスのように光るほうへと顔を向けさせてくれるような歌声も、持っていない。
私は、愛の歌姫でも、命の歌姫でもないから。
だけど、私にしかできないこと、見つけたから。
私には、命を奪う力ならある。
息を吸う。
そして吐き出す。
歌声を、旋律に絡ませる。
私たちを傷つける人は、皆、いなくなってしまえばいい。
そんな想いを込めて。
歌っているときに浮かんだのは、歌を歌えてよかったな、と微笑んでくれたヴィルさん。
きっと、もう、あんな風に私に微笑むことはないだろうな。
そう思うと、何故だかとても泣きたくなった。




