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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
死を歌う歌姫。
20/61

生まれてきてくれて、ありがとう。

 明日、だいぶ歩いてから、アルフォに着く予定。

 そしたらファルンに行き、予定ではその周辺でかけらを集め終える。

 つまり、うまくことが運べばもうそろそろで旅は終わる。

 ただ、アーニストやアンディスの女神様などの問題は片づいていないから、もう少し延びるかもしれないけれど。

 欠片だって、本当に集まりきるのかわからないし。

 でも、とりあえずはそろそろ終わる。かもしれない。だからアイラさんとクレハさんが、どことなく楽しげなのかな。夕飯が少し豪華だったのもそのせいなのかな。

 そう思っていたら、そうじゃなかった。

「ヴィル、誕生日おめでとう!」

 夕飯が終わって。片づけがあらかた終わったタイミングで、アイラさんとクレハさんが、せーの、という合図でそんなことを言うから、私とエラ、シスは一斉に動きを止めた。

 対するヴィルさんは、動きを一瞬止めはしたが、そのまま指を折ってなにかを数えたかと思えば、とたん、呆れたように息を吐く。

「よくこんなときに他人の誕生日を覚えていられるな」

「アルフォは生まれてきた日を大切にしますわ。それがどんなときでも、どんな人でも変わりませんの。お誕生日は、生まれてきてくれて、そしてお母様に、生んでくれてありがとう、今までちゃんと生きてこれてよかった、おめでとう、の日なんですのよ!」

「今のすべて、アイラのおばあさまの言葉だけどな」

「そうですの! すてきだから、私、ちゃんと覚えましたのよ?」

 にっこりと笑うアイラさんに、トレイさんやヌドクさん、そしてリターナさんもつられるようにして笑う。

「おめでとうございますわ、ヴィル。ちょっとご飯が豪華だったのは、私とクレハからの贈り物、ですわ」

「ああ、ありがとう」

「リターニャと、ヌドキュとトレーからは、これをあげるっ!」

「肩たたき券三枚……」

「変態な相方を持って苦労しているヴィルには最適かな、と思いまして」

「それを変態からもらうってことは、その変態は自覚した上での行動なのか……?」

「ええー? 変態ってだあれぇ? 俺わっかんないなぁ」

「……」

「ねえ、お願いヴィル。俺のことそんな風に見つめないで。照れちゃうだろ……」

「きもい」

「酷い!」

 二人のやりとりを見つつ、私はエラとシスと顔を見合わせる。

 二人の気まずそうな顔で、ヴィルさんの誕生日のことを知らなかったのは私だけじゃないんだ、ということが判明する。

 私たちは頷きあって、ヴィルさんを見る。そして、同時に頭を下げる。

「おめでとうございますっ!」

「おおう、なかなか勢いのいいお祝いの言葉だねえ」

 驚いた表情のヴィルさんと、クスクス笑うトレイさん。

「その、私たちヴィルさんが今日お誕生日だって知らなくて……」

「いや、大丈夫だ。自分でも忘れてたくらいだし。それに――」

「こういうのは気持ちが一番だって言うしね!」

「その通りではあるが、お前が言うのか、トレイ」

 呆れたような表情を浮かべてはいるものの、ヴィルさんはどことなく嬉しそうで。

 その表情にホッとしつつも、やっぱり納得できなくて。

 だって、おこがましいかもしれないけれど、この中で一番ヴィルさんにお世話になっている。それなのに、言葉だけでいいのだろうか。

 ヴィルさんがいいって言っても、私がよくない。

「うーん。なかなかに納得がいかないって顔してるねえ」

「へ!? あ、はい!」

 突然声をかけられて、慌てて返事をすれば、トレイさんがケタケタと笑う。トレイさんだけじゃない、ほかのみんなもだ。……酷いと思う。

「うーん。じゃあ特別に、トレイさんが、なにも持ってなくてもヴィルが喜ぶ物、教えてあげようか?」

「え?」

 そんな物があるんだろうか。

 キョトン、と首を傾げる。

「君にしかできないことだよ」

「私に、しか?」

「そう。それは……私がおくりもぶはぁっ!」

「この変態っ!」

 アイラさんの左手の拳が綺麗にトレイさんに直撃する。……痛そう。

「ほ、ホロ様。今の言葉はお忘れください。いっそトレイごと忘れていただければ幸いですわ」

「は、はい……?」

「辛辣だな」

「ヴィル? なにか文句でも?」

「いや、妥当だと思う」

 トレイさんは、完全にのびている。……これが妥当って、トレイさんはいったいどんなことを言おうとしていたんだろう。

 けっきょくそのままお開きになって、私たちは片づけを再開した。

「お前はやたらと外に出たがるな」

 とつぜん頭上から聞こえた声に、けれど私は小さく微笑んで声の主を見上げる。小屋の壁により掛かり、口を開く。

「絶対にヴィルさんが見つけてくれると思ったので」

 ヴィルさんが呆れたように息を吐く。

「危ないって言ってるだろう?」

「でも、ヴィルさんにどうしても渡したい物があるんです」

「小屋の中じゃダメなのか」

「気が散ると、怖いので」

「危ない物なのか」

「……どう、なんでしょうか」

 本当にわからなくて、私は首を傾げる。するとまたため息が降ってくる。

「私があげられる物は、たった一つしかないので」

 口を閉じる。灰色の三白眼をじっと見つめる。

 できるだろうか。

 でも、いくら考えても、これしか浮かばない。

 さっき。

 片づけが終わってから寝る支度をしている途中に、アイラさんとクレハさんが提案してくれた。エラとシスは大きく頷いて背中を押してくれた。

 大丈夫。

 でもやっぱり不安で。

「……裾、掴んでてもいいですか……?」

 私の言葉に、ヴィルさんは一瞬目を大きく見開いてから、私から視線を逸らす。

「別に、構わない、が……」

「ありがとうございます」

 お礼を言って、ギュッと掴む。

 そうすると、頭の中が少しだけ晴れていくのを感じる。ゆっくりと瞼を閉じる。

 息を吸う。そして吐く。それを何度か繰り返してから、深く深く息を吸って。

「……っ!」

 昔アルフォに行ったとき。たまたまその日が私の誕生日で。

 その国のみんなが私のためだけに歌ってくれた。

 その歌を、記憶をなぞりながらそっと、そっと、大切に紡いでいく。

 耳に入る音は小さい。でも、それでも、ヴィルさんに届いているのなら。

 どうか、これから先、どんなことがあってもヴィルさんから笑顔が消えることはありませんように。

 そう思って、音を紡いで。

 最後の一節を紡ぎ終わる。

 そのまま時間が静かに経ち、やがて聞こえていた余韻が消えても、ヴィルさんはなにも言わない。

 もしかして、気に入らなかったのだろうか?

 それとも、歌は失敗して、ヴィルさんは――。

 そう思った瞬間、温かなぬくもりが、私の頭に乗る。そのぬくもりは、優しく、ポン、ポン、と頭を撫でていく。

「ありがとう」

 優しい言葉。顔を上げれば柔らかく細められた灰色の瞳。

 胸が鳴る。

 どうしたらいいのかわからないくらい、大きくて、早い鼓動を刻んでいく。

 ものすごい早さで顔に熱が集まっていく。

 しあわせで、だけど恥ずかしい。そんな二つの感情が胸の中をぐるぐるとかき混ぜていく。

「あ……ど、どういたしましてっ! おおおおおやすみなさいっ!!」

 このままここにいたら、頭が、身体が、爆発してしまうんじゃないかと思って。

 急いで小屋に戻ろうとして……小さな音に気が付く。

 ゆっくりとそちらを見れば、橙色の淡い光。

「ルアディス・ウィション……!」

「……行こう」

 私の腕を引っ張ってヴィルさんは歩き出す。

 触れた部分から熱が心臓に行って暴れ始める。

 だけど同じくらいの別の物が、軽やかに心臓をノックする。

 そっとしゃがみこんで、茂みの中にゆっくりと腕を入れる。

 触れたのは、硬くてどこか温かい物。目の高さまで上げた手を、おそるおそる開いて……。

「……っ」

 それは、見慣れた欠片だった。

 徐々にその欠片がぼやけていって、手のひらが塗れていく。

「よかったな」

 その言葉に、私は何度も何度も頷く。

 やっと手に入れた欠片。

 初めて私が手にした欠片。

 よかった。私は。

「私も、歌姫だ……」

 ルアディス・ウィションに、ルアディスの民の命とも言えるルアディス・ウィションに、認めてもらえた気がした。

 安心と、嬉しさとがグチャグチャになって、頬を、手のひらを、欠片を、ぬらし続ける。


 と、そのときだった。

 聴いたことのない、静かで凛とした音。

 重なり合っているのに、温もりを感じさせない、例えるのなら、暗闇の音。

 その音が、私の耳を通っていく。

 ぞわり、鳥肌が立つと同時。

 騒がしいなにかが、風に乗って聞こえてくる。

 その音は、ヴィルさんにも聞こえたみたいで。

 そっと立ち上がらせられると、腕の中に隠される。

「この音は……?」

 ざわざわと、胸が波打つ。

「……人の、悲鳴だ。方向は――」

 それは、私たちがこれから向かう先、アルフォの国民の、最期の声だった。

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