10. 清掃の一幕
午後の営業が始まっても、すぐにお客さんが来るということはない。そもそも、ここは童話専門書店。日本でこの店だけといって良いほど稀有な存在だ。従来の書店に比べてターゲット層が明らかに狭く、本来なら利益が出ないほど閑散とした状態になる。
この店が存続できているのは、日本で唯一という大きな特性が人々の関心を呼び、県外からの客足が多いおかげなのだ。そのため特に土曜日と日曜日の休日は、観光スポットのような感覚で人が訪れてくれる。
とはいえ営業開始に合わせて人がなだれ込むような人気店ではない。千花と柳木は示し合わせたようにバックヤードにある掃除用具に手を伸ばした。
「それじゃあお前は外からやってこい」
「お任せを」
アスファルトの歩道と車道の間には緑の心地よい植樹帯がある。まだ背の高くないハナミズキが等間隔に育ち、その間にはシャリンバイやキチジョウソウなどの低木や地被類が植えられている。
この街路樹辺りはごみが隠れて目立たないためにポイ捨てをする人がいるらしい。店の周りは清潔に保たないとお客さんに良くないイメージを与えてしまうので、歩道と街路樹、店の横にある三台ほどの駐車場を千花が清掃している。
敷地が狭いため、柳木の車は向かいの喫茶店の従業員用駐車場に置かせてもらっていたはずだ。喫茶店のマスターと柳木は旧知の仲と聞く。「仕事以外であの店には行くな」と柳木にくぎを刺されているが、お忍びでお邪魔しようと千花は画策している。マスターに柳木の弱みを聞くのだ。
喫茶店を出入りする車を横目に千花は歩道の清掃を終わろうとしていた。まだ落葉がほとんどないので、小さなごみにさえ注意すればあまり手間はかからない。駐車場に向かおうとして立ち上がると、三人組の女子小学生が坂道を上ってきたのが見えた。
昼過ぎに学校が終わって解散、仮装の準備をして夕方公民館へという流れか。あの子たちもワクワクしながら帰っているに違いない。
私はせいぜい十月明けの月曜日に友人とお菓子を分け合うくらいだ。仮装もいたずらもしないのだからハロウィンにかこつけたお菓子パーティでしかないのだが、情趣を嗜んだ気にはなれるだろう。虚しいけれど、これが平凡な高校生の全力だ。
歩道をよけてごみをまとめていると女の子たちの話し声が聞こえてきた。声のトーンは高く、予想通りの盛り上がりぶりだ。そんな会話の途中、一人の女の子が明らかに嫌そうな口調で文句を言い始めた。
「せっかくのハロウィンなのにさ~おかあさん六時にはかえって来いっていうのよ。いまどき門限とかありえなくな~い?携帯ももたせてもらえないし、写真とれないし」
「それなあ、まあ写真はあたしがとってあげるよ」
「ほんと?まりな最高じゃ~ん」
抱き着いたり笑ったり、仲睦まじい女の子たちが店の前を通り過ぎて行った。
……私の知ってる小学生よりずいぶん若者じみているような。ゆかちゃんも大人びてるし、後輩の成長は怖いなあ。
複雑な気持ちになりながら自分の幼少期を振り返ってみていると、後ろに人の気配を感じた。視線を向ければ、雑巾を片手に扉を掴んでいる柳木が立っていた。そういえば聞き耳を立てていたときに扉のベルの音も鳴っていたような気がする。
「最近の子どもはみんな携帯持ってんのか。時代も変わったな」
「みたいですね。私も中学校から持ったので早いほうです」
千花が小学生の頃、携帯電話を持っているクラスメイトはごくわずかで、持っていても子ども用だった。けれど、ゆかが標準的なスマートフォンを持っていたように、現在は携帯電話を持たせない家庭の方が少数のようだ。柳木の学生時代にはまだスマートフォンすらなかったはずで、ここ数年での技術革新と常識の変化は著しい。
……柳木からすれば私も次の世代の人になるのかな。線引きされると少し寂しい。
入口周りを柳木が整えている間に、千花は駐車場を点検した。目立ったごみはなく、小さな敷地なので柳木の姿が見えるうちに作業が終わる。そうして店の方に戻っていると、電気自動車のつつましい音が耳に入った。急いで道具をまとめ、店内に戻る。
「書架の点検はまたタイミングを見てだな」
午後からが仕事の本命だ。先日のミスがある……気を引き締めなくては。
千花はそう奮起し、目前のドアを眺める。本日後半戦、柳木がおごってくれた肉まんの分、プラスαの働きをしようと千花は意気込んでいた。




