失格の選択
『聖女失格』書籍発売御礼SS
「ベルニア聖爵家、もうありゃだめだな」
雑踏の中で飛びこんできた噂話に、シルヴィアは足を止めた。
食料調達と、これから嵐がくるというので立ち寄った港町だ。父親――もう父親ではなくなったはずだが、結局「お父様」と呼ぶ癖は抜けず、そのままになっている――たちも各々、買い出しや私用に向かっており、シルヴィアは珍しくひとりだった。
「聖爵夫人は倒れちまって、もう起き上がれないんだろ。離婚も間近だと」
「自業自得だろ。皇帝選を勝ち抜くためにわざと街を瘴気まみれにして、自分の娘の配点にしようとするとか。聖爵位が剥奪されてないのがおかしいくらいだ」
「でも、聖爵夫婦が勝手にやったことを聖女プリメラ様に負わせるわけにもいかないだろ。まだ子どもだって話じゃないか」
「……そういや、ベルニア聖爵家の長女がやったことだって噂もあるぞ。なんだっけ、シルヴィアとかいう聖女」
シルヴィアはお気に入りのマントのフードをかぶったまま、聞き耳を立てる。
「あの、あり得ない点数を出したとかいう? 確かに、色々キナ臭いよな。聖女になれないって話だったのに……」
「ベルニア聖爵家に復讐したとか、あり得るかもな。しかも妖魔を皇帝候補に選んでるなんて普通じゃないだろ」
「確かに。皇帝選はやり直しになったし……でもほんと助かった、おかげで大損するところだった」
「お前、皇帝選でまで賭博かよ。そのうち女房に逃げられるぞ」
ははは、という笑い声と一緒に話題がそれていく。
シルヴィアは小さく嘆息して、買い物袋を抱え直した。中身は数日分の食料だ。スレヴィの指示で買ったものなのだが、なかなかかさばる上に重い。魔力が使えるとはいえ、視界がふさがる買い物はどうかと思う――聖眼で人混みくらいよけろという意味なら、あんまりだ。聖眼の無駄遣いにもほどがある。
(……でも、やっぱりベルニア聖爵家はもう……)
歩きながら、考える。ここまでくる間にも、散々噂は耳にした。
街をひとつ犠牲にして、皇帝選を勝ち抜こうとした極悪非道な聖爵夫婦。聖都にも入れず、門前払いされた前代未聞の聖爵家。帝都での会議にも席はなく、社交界からは完全に姿を消した。今やベルニア聖爵家の屋敷は落書きだらけだとか、使用人たちも全員辞してしまったとか――その没落ぶりは新聞にもあちこち書き立てられて、噂にのぼっている。
(……自業自得だけれど)
溜め息が出たところで、突然、買い物袋が浮いた。
「お父様」
シルヴィアのかわりに買い物袋を持ったルルカが、いつの間にか横にいた。
「もう宿に戻るだけか?」
「はい。スレヴィから頼まれた買い物は、これだけですので」
「自分のものは?」
「特には」
答えたシルヴィアに、ルルカがつまらなそうな顔をした。
「俺の娘は相変わらず物欲が薄い」
「無駄遣いはよくないです。お父様はまた芋を買い込んだりは――してますね」
「当然だ」
きりっとした顔で言わないでほしい。
しかも露店で買ったらしいふかし芋を渡された。食べろということらしい。また夕食前に食べさせて、と怒るスレヴィの顔が浮かぶ――が、その芋を包んでいる紙に、シルヴィアは眉をひそめた。
数日前の号外新聞だった。見出しは、ベルニア聖爵家の没落。
同じものに気づいたルルカが、そっけなく言う。
「お前の親戚は、大人気なようだな」
シルヴィアを娘として譲らない気持ちの表れなのか、実の両親を親戚扱いされた。
「さっきも、噂を耳にしました。……両親が離縁するとか、しないとか」
「まさか責任でも感じているのか?」
「いいえ。自業自得だと思います。でも、両親はどこにでもいるただのクズ親ですよ」
「それはかばっているのか? それともけなしているのか?」
「ただの評価です」
両親に罪があるとすれば、シルヴィアもプリメラもまっとうに育てなかったことくらいだ。だが皇帝選、聖女の血統を重んじるあまり、親としての責務を放棄している人間などそこら中にいる。しかも街をひとつ犠牲にしようとしたのはプリメラだ。
両親にまったく責任がないとは言わないが、果たして両親をそこまで責められるほど立派な親とやらが、この世界にどれほどいるというのか。
聖眼が出たばかりに犠牲になる少女や人生を狂わせられた聖女たちの戦いを、賭けにして遊ぶような連中にまで、罵られるほどのことだろうか。
「わたしの両親は確かにクズです。でもその両親のクズさをこれまで放置しておいて、なんなんですか、今更」
あのどうしようもない両親のしたことを批難できるのは、シルヴィアのはずだ。シルヴィアが切り捨てられたとき、両親の非道を批難するような人間はどこにもいなかった。なのに、今は好き勝手罵っている。
その下劣さが、気持ち悪い。
「それが世間というものだ」
「……そうですけど」
「だが、お前にまで悪評が及ぶのは、俺としては面白くないな。なんとかせねば」
何をたくらんでいると尋ねようとして気づいた。これはもう、何かしてきたあとではないのか。
「……何を、したんですか」
「話が早いな。……実は近場の村に妖魔が暴れていると耳にしていたので、ちょっと仕置きをしてきたのだが、そこに『聖女シルヴィア参上』と書いた紙を置いてきた」
「なんですかそれ!?」
仰天したシルヴィアに、ルルカは真顔で返す。
「颯爽と村を助け、立ち去る……これでお前の評判もうなぎ登りだ」
「ただのわけのわからない変人ですよ! それにわたし、関わってないじゃないですか! またそういう目立つことをして――」
文句が、ふとした考えで止まった。涼しい顔で聞き流していたルルカがまばたく。
「どうした。嬉しいのか」
「嬉しくありません。そうではなくて……いえ、いいです」
「なんだ、お父様に黙ってたくらみごとか。心配してしまうぞ」
心配を脅しに使うのはどうなのか。呆れつつ、シルヴィアは軽い足取りで先を進む。
「わたしは妖魔皇を皇帝候補にして、ベルニア聖爵家を没落させた聖女失格の少女。……悪くないです。わたしが力をつければつけるほど、皆脅えるでしょう。いいじゃないですか」
「……。思春期らしく、悪役への憧れでも出てきたか?」
「わたしが強くなればなるほど、世間はベルニア聖爵家をつぶせなくなる」
プリメラは本物の天才だ。そこだけは、違えようがない。そしてシルヴィアは得体の知れない聖女であることも、覆せないだろう。
なら、シルヴィアの対抗馬として、世間はプリメラを持ち上げねばならなくなる。それがプリメラにとっていいことか悪いことかはわからない。
だが、シルヴィアはどうせ生家が取り潰されるなら、世間ではなく自分の手で潰したほうがいいと思うのだ。
「……困ったな、悪い子になってしまった」
「妖魔皇の娘ですから」
「俺に似たのか。ならしかたない」
「諦め早いですね。……それに、わたし、プリメラに負い目は持ちたくないです」
天才と持ち上げられ、遠くにいってしまったひとつ違いの妹。どう育とうがシルヴィアのせいではない。本人の責任だ。
でも、もし、シルヴィアが聖女失格の烙印を押されなければ、あんなふうに両親の期待をすべて押しつけられてゆがまずにすんだだろう。
「せめて、あの子の敵であり続けるのが、礼儀です」
「……。確かにお前の妹は、あのときお前がこの先にも立ちはだかることを望んだからな」
「え?」
いいや、とルルカは首を横に振った。
「気にするな、こちらの話だ」
「いえ、なんですか今の。まさか、わたしがお父様の心臓を封印したあと、何かあったんですか? そういえばわたしをどうやって助けたんですか」
「そのうち説明してやる」
笑ってルルカが歩き出す。これは絶対、ろくでもないやつだ。
「お父様!」
「聞いたらきっと怒るぞ、楽しみだな」
「相関関係が不明です! いえ、何をしたんですか、わたしに! 教えてください!」
「来年の皇帝選が楽しみだ」
「スレヴィたちは知ってるんですか!? そういえばお父様の心臓はどうなったんです!?」
「目の付け所がいいな」
「どういう意味です!?」
ルルカは大きな歩幅をまったくゆるめず、笑いながら先を歩く。シルヴィアはそれを追いかける。
ろくでもない話だとわかっている。でも知りたい。立ち向かいたい。
またおとずれる皇帝選の未来を、今度は自分の意思と願いで、選択できるように。
読んでくださって有り難うございます。
本日、聖女失格書籍版が集英社オレンジ文庫様より発売されました(電子書籍版は少し遅れて発売されます)。これも皆様の応援のおかげです、有り難うございます。
実は書籍版、かなりエピローグを書き足しましたので、書籍版ラストとこちらつながるような挿話を書いてみました。あとお天気聖女様たちの話も書きたいなーと思ってます。
作品ページの下にある作品サイトでは試し読み漫画も公開されておりますので、ぜひチェックしてください。
またシルヴィアたちを応援して頂けたら嬉しいです。
引き続き何卒宜しくお願い致します。




