元・家族との再会
プリメラが広場から向かったのは、領主の館だった。我が物顔で館の扉をくぐり、天鵞絨が敷かれた廊下を進む。
「嬉しいよ、お姉様が元気そうで!」
はしゃいだ足取りで進むそのうしろに続きながら、シルヴィアは唇を引き結んだ。
心情がそのまま歩調に出て、自然と足は遅くなる――だが、背後には廊下をふさぐように分厚くプリメラの護衛が並んでいる。手足こそ拘束されていないが、逃亡を許してくれる気配はかけらもない。
広場からずっとこうだ。
浄化が終わった広場は、既にベルニア聖爵家がつれてきた兵に取り囲まれていた。
(……逃げることは……できるかも、しれないけれど)
見つかった以上、ベルニア聖爵家は追いかけてくるだろう。なら無闇に逃げる前に、きちんと情報をつかんだほうがいい。
ロゼやアークやスレヴィや――ルルカを、巻きこむ前に。
「お父様とお母様もきっと喜ぶよ。いきなりお姉様がいなくなってずいぶんうろたえてたからさあ。ジャスワント様も青ざめてて」
「……そう」
「お姉様が敵になるんじゃないかってさ。そんなことあるわけないのに、ね!」
言葉少ななシルヴィアにかまわず話しかけるプリメラは、相変わらずだ。
「それで、今までどうしてたの?」
両開きの扉を開き、豪華な応接室に先に入ったプリメラが、くるりと回ってシルヴィアに振り向いた。
黙っている間に背後の扉が閉められ、扉はもちろん窓や逃げ出せそうな場所を複数の兵が固める。
「……ありとあらゆる未来が視えるあなたなら、聞かなくても視えるのでは?」
「お姉様の口から聞きたいんだ」
そう簡単に聖眼の力については漏らしてくれないらしい。
ああとわざとらしく、今思い出したようにプリメラが手を打った。
「そういえば、現時点での皇帝選一位はシルヴィアって名前の聖女なんだよね。これってお姉様のこと? つまりお姉様の目に聖痕が出た? 魔力、ないんじゃなかったの?」
口をつぐんでいると、いきなり乱暴に外套をつかまれた。
「ねえ、どうなの。目、見せてよ」
どうせ魔力で隠しているのだ。以前なら放っておいただろう。だが反射的にシルヴィアは、プリメラの手をはねのけた。ほんの一瞬の出来事だ。
ぽかんとしたプリメラは、すぐに弾けるように笑い出した。
「ごめんね。つい、焦っちゃってさあ。なんでかな……ああ、うん。きっといつものお姉様と恰好が違うからだ! 髪、綺麗に切ったんだね。似合ってるよ。背も伸びた?」
「……みたいです」
「それに可愛いよね、そのワンピース。靴も、鞄まで持ってる?」
ぐるぐるとシルヴィアの周りを回って観察したあと、プリメラがふと声を低くした。
「誰にもらったの? 今まで、誰といたの? ボクが心配してたのに」
「……聖眼で視てください」
視られるのか、という意味をこめて再度言うと、プリメラの笑顔が消えた。
「さっきから、なんで答えてくれないの。ボクが聞いてるんだよ?」
どん、と突き飛ばされたが、よろけただけで踏ん張った。それが気に入らないのか、プリメラが顎を持ちあげる。
「ボクはお姉様のことすごく好きだけどさあ、刃向かわれるとすごくむかつくの、知ってるよね? わかっててやってるなら、お姉様が悪いよね」
「……その理屈はおかしいです」
「は? 言い返すの? ひょっとしてボクがいない間に何か勘違いした? ならいいや、脱がしちゃって。そのかっこ、似合わないし」
「――ちょっ!」
背後からふたりの兵に腕と肩をそれぞれつかまれ、床に押さえ込まれた。外套をはがれ、さすがにぎょっとする。
「なに、を――離しなさい!」
「お姉様が悪いんじゃん。ボクに内緒にするから。鞄の中は……ランプに、マッチ? へえ結構、ちゃんとした旅支度だね。カップにパンが入ってる。うっわ、安い布」
中身をぽいぽいと捨てられ、床に転がっていく。その光景はシルヴィアに怒りより心細さを思い出させた。
取りあげられてしまう。大事なものは、自分のものは、全部。
「まぁ、ボクはお姉様なら聖女になるかもとは思ってたよ? だってボクのお姉様なんだからさー、そうでなくちゃ楽しくないよね。一位になってるのがお姉様ならってお父様たちは真っ青になってたけど、ボクは違うよ。さすがお姉様って思ったし! あ、鋏ちょうだい。鞄、邪魔だよね」
兵から鋏を受け取ったプリメラがしゃがみこみ、肩にかかっている部分を切っていく。
じゃきんと今までを断ち切っていくような音に、たまらずシルヴィアは叫んだ。
「恰好が気に入らないなら着替えます! それなら……」
「だめだよ、なんか勘違いしてるでしょ」
シルヴィアの髪の毛をつかんでもちあげたプリメラが、しゃがみこんで笑う。
「ボクに勝てるかも、とか。ボクから逃げて暮らせるかも、とか」
「……!」
「希望を捨てないお姉様のこと、ボク好きだよ。尊敬してる」
鞄を剥ぎ取ったプリメラが、じゃきんと音を立ててつかんでいた髪を切り捨てた。
「あーあ、せっかく綺麗にそろってたのに、残念だね」
床に顔面をぶつけてから、シルヴィアは目を閉じる。唸った。
「……私が、間違ってました」
「え? なになに、今日はもうこれで降参?」
「ベルニア聖爵家から……聖女から、あなたから逃げられたら助かる。適当にやりすごせば、普通に暮らせる、なんて」
でも、逃げてはいけなかったのだ。もう二度と逃げなくてもいいよう、育ててもらったのだから。
「離しなさい!」
だから、もう屈しなくていいはずだ。
叫んだシルヴィアは力任せに、自分を拘束する手を振り払う。そうするとものすごい爆風で、壁まで兵が吹っ飛んでいってしまった。
しんと周囲が静まるが、ぽかんとしたのはシルヴィアも一緒だ。
(……どうなってるの、私の魔力と筋力)
だがこれなら逃げる――いや、ここから堂々と出られる。
紐の部分が切り捨てられた鞄を拾い、埃を払った。
「なんだ、今の音は!?」
「プリメラ、シルヴィアが見つかったというのは本当!?」
周囲にぶちまけられた物を、ひとつずつ入れ直しているところに、両親が駆け込んできた。そしてシルヴィアを見るなり、顔色を変える。もはや懐かしさすら感じる姿だ。




