お父様の初恋(粉砕)話
「あとは棲み分ければいいだけだと――あの時代、まだ魔界は地底と呼ばれていて地上とあちこち地続きだったんだ。だが、聖眼でいずれ分断されることを教えてくれた。俺が心臓を渡してまず世界を救い、妖魔は地底に、人間は地上にして争いをさける。それで百年、世界の寿命は伸びるはずだという見立てだった」
「……そして聖女の見立て通り、世界は救われた……」
「ああ。見事だった。俺が大人になったら心臓を返す。そう約束した。そう約束すれば大人になったとき、また会えると思ったんだ」
宵闇の目に、しっとりした愛惜がにじんでいる。見たことのないその表情に、シルヴィアは息を呑んだ。
「だが俺の心臓は封印されたまま、彼女と会うことはなかった。彼女以外から心臓を返してもらうのも嫌でな。放っておいたら、まあこの騒ぎだ」
「……心臓を渡したのは、聖女ベルニアですか?」
ただの勘だった。だがこういうときの勘は当たるのだ。嫌な予感、というものだけは。
「ああ。初恋だったな」
恋というものをシルヴィアは知らない。そんな食べられもしないものにかまっている暇も余裕もなかった。だから初めて見た。
恋をしている顔、というものを。
(初恋だったという顔じゃない……のでは……)
千年たった今でも、まさかまだ想っているのか。それとも、年月も種族も関係ないのか。
そんな情熱を、シルヴィアは知らない。なぜだかつられたように胸が苦しくなる。知らず、ぎゅっと膝の上の拳を握っていた。
「お前は、彼女に似ている気がする。年齢は違うが」
だから、保護してくれるのだろうか。つまり、愛しさを上乗せしたルルカの瞳が見ているのは、シルヴィアではない――むっとしてから、我に返った。
今、腹を立てる要素がどこにあっただろうか。
(先祖といえ、他人に似ていると言われて、育てられても嬉しくは……)
いや、そうでもない気がする。親に似ていると言われて喜ぶ子どもは、珍しくない。しかも偉大な聖女に似ていると言われたら、喜ぶか恐縮するところではないだろうか。
「きっと俺を助けようとするところが重なったんだな。思えば見た目も――」
「似てません」
気づいたら、今まででいちばん冷たい声が出ていた。ルルカが驚いたように口をつぐむ。
「同じにしないでください」
「……お前の先祖で、偉大な聖女だぞ? それこそ、お前の妹よりも」
「でも、約束を破ってます。私なら心臓を返します」
「色々事情があったんだろう。建国し、人々の生活を立て直す必要もあった」
「ですが、返す手段は講じておくべきです。約束を破ったと、妖魔皇の不興を買わないために。聖眼がなくてもわかります。つまり聖女ベルニアは約束を違えても問題ないと知っていたんです、最初から」
自分が何に苛立っているのかわからないまま、シルヴィアはまくし立てる。
「大体、おかしいです。言い伝えでは、妖魔皇の心臓の封印は聖女四人の功績。ベルニアひとりで勝手に交渉したのが事実なら、そう伝わらないでしょう」
「それは……他の聖女の面子を守ったんだろう」
「他の聖女にも聖眼があるのに、聖女ベルニアの単独行動が許されたとは思えません。お父様に心臓を差し出すよう、最初から全員で仕組んだのでは?」
最初の聖女は四人ですべての未来を見通していたと言う。それならば、妖魔皇とはいえ子どものひとりやふたり、優しい姉を演じて騙すくらい簡単だろう。
「い……いや、だが……」
ルルカが珍しく気弱な声をあげた。だが容赦せず、シルヴィアはたたみかける。
「そのあと、心臓の封印を権威に聖女と皇帝候補はシスティナ帝国を作りました。絶対に心臓を手放すわけがありません。少なくとも、聖女が生きている間は不可能です。だからお父様に心臓の在処も知らせなかったのでは?」
「……」
「最初から返さないつもりだったというのが、合理的結論かと」
何かを言いかけて、ルルカは視線を泳がし、額に手を当てた。
「………………。あれ……………………?」
ルルカの瞳から、夢を追うような光は消えていた。そのかわり、冷笑するシルヴィアがちゃんと映っている――こんな顔が自分はできるらしい。
「それに気づかずうっとり語られても、気持ち悪いです」
「気持ち悪い!?」
今までそんなふうに言われたことがなかったのだろう。本気で衝撃を受けている。
「………………気持ち悪い…………俺の初恋が……」
「残念ながら」
苦悶するようにうなだれたままのルルカは、そのまま黙ってしまう。
ふいっとシルヴィアは窓の外を見た。すっきりした反面、まだ苛立ちがある。別に嘘八百を並べたわけではない。可能性はあったと思う。
だが、らしくないことをした自覚はあった。
千年も前の、子どもの初恋を粉砕する必要なんてどこにもない。聖女は死んでいるし、もう終わった話だ。ただ聞き流しておけばいいのだ。
(でも、聖女ベルニアに似ているからと執着されても、困るし……)
ちらと視線だけを正面に戻すと、ルルカはまだ頭を抱えていた。
傷つけただろうかと思うと、落ち着かない。でも、謝りたくない。
「……だから、聞きたくないと言いました」
我ながら可愛くないと思うが、そう言うのが精一杯だ。
顔をあげたルルカと視線は合わせられないが、ぼそぼそ言い訳をつけたす。
「父親の初恋のひとに似ているとか、微妙です。理想の初恋のひとでも育てようとしているのかと」
「そんなつもりはない。彼女に対して向けた感情とお前に向ける感情は違う」
きっぱり否定してから、ルルカは再度顔を両手で覆った。
「大丈夫だ。もうお父様は、二度と恋なんてしない……!」
乙女か。だが、突っこまなかった。
(興味ない。恋なんて)
本当に――らしくないことをした。
「……馬車なんてあったんですね」
ルルカも話題を変えたかったのだろう。姿勢を正して、いつもの調子で答える。
「苦手だったか?」
「いえ。ここにきたとき道らしい道を見た覚えがなかったので、馬車があるとも使えるとも思ってませんでした」
ルルカが屋敷を召喚した丘陵はだだっ広い草原で、少なくとも舗装された道は見当たらなかった。外を見ればようやく、何もない草原から木々の生える森に入ろうとしている。
「ですからまたお父様に担がれるか、走れと言われるかと」
「ああ、それでもいいかと思ったんだが、スレヴィに反対された」
スレヴィにあとでお礼を言っておこう。
そう思っていたら、シルヴィアの体が、がたんと大きくゆれた。何か小石にでも引っかかったのかと眉をひそめている間に、今度はばきばきばきと、尋常ではない音が響く。まるで、木をなぎ倒しているような音だ。そうこうしているうちに、体がはねるほど馬車が上下し出す。
嫌な予感がした。
「……道が荒れているようですが……このまま進むんですか?」
「心配しなくていい」
「本当ですか」
「ああ。魔界からお越し頂いたお馬さんだからな。道など自ら切り開く」
そこには思い至らなかった。
化け物のような嘶きをあげた馬が、木々をなぎ倒し、岩を乗り越える。恐ろしい速度で道なき道を突き進む馬車の中でがたがたゆれながら、どういう体幹なのかルルカが優雅に足を組み直す。
「三半規管と体幹を鍛えるいい機会だ」
まさか、初恋を粉砕した仕返しか。だが問いただすにも、口を開けば舌を噛みそうだ。
(ぜったいに逃げ出そう)
必死で馬車にしがみつきながら、シルヴィアはすまし顔のルルカをにらむしかなかった。
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