なぜ父の過去に娘が興味を持つと思った
ひとりの朝食を終え、いつもの時間に教本を持って勉強部屋の扉を開くと、スレヴィだけでなくルルカもいた。長いソファにゆったり腰かけて、新聞を広げながらスレヴィから給仕を受けている。
(ゆ、昨夜の盗み聞きは……ばれていると、考えるべき)
――聖女に心臓を捧げた。
封印されたという話と、全然違うではないか。詳細を聞きたいようで聞きたくない。皇帝選の根幹にかかわるような話だったら、どんどん普通が迷子になる。もし知ってはならない妖魔皇の秘密だったりしたら、他の聖女を宛がって円満解決する道のりも遠くなる。
(――よし、何も聞かない! お父様も、そのほうがいいはず)
ごくりとつばを呑みこんで扉を閉め、いつも通り頭をさげる。
「おはようございます、お父様。スレヴィも」
「おはよう、俺の姫」
「今日はお父様が勉強を教えてくださるんですか?」
大事なのは会話の主導権をさっさとにぎることだ。だがルルカは想像もしないことを言い出した。
「今日は街に下りる。外出の支度をしなさい」
「……なんのために?」
「大丈夫だ、毎日魔界からお越し頂いてる妖魔熊さんよりも弱い」
嫌な予感がする。無言のシルヴィアに、口端を持ち上げてルルカが言った。
「聞いていただろう、昨日」
固まったシルヴィアを流し目で見ながら、ルルカが新聞を閉じた。
「お行儀が悪い。というお説教はスレヴィからしてもらうことにして、お父様の仕事を手伝ってくれないか」
「……それは、ひょっとしなくても妖魔を倒すとか、ですか」
「ありがとう、助かる。俺はいい娘を持った」
「何も言ってません」
「では早速出かけよう」
いつもの結論が先にあるやつだ。スレヴィまで無情にシルヴィアの背を押す。
「姫様、お支度を。動揺して聖痕を視認されないようお気をつけください」
「……本気で私に妖魔退治をしろと?」
「大丈夫です、できます」
できるのか。できていいのか。尋ねたいが、答えが怖い。
それに、うすうす察していた――この二ヶ月、妖魔たちから受けた教育はちょっと普通ではないのではないか、とは。
(まだそうと決まったわけではない、はず……!)
自分の部屋に逆戻りしたシルヴィアに、スレヴィが荷物の入った鞄を持ってくる。
「水、ハンカチなど必要なものは用意してあります。石や枝を集めてこないように」
「……木の実は」
「だめです。ですが、服装はご自由に」
渋々、今までほとんど使ってこなかったタンスを開いた。スレヴィに下着姿で計測されたあと、大量に用意されたシルヴィアの服だ。
胸元の高い位置でしぼって落とす形のワンピースを選ぶ。これなら動きやすいだろう。足元は厚手のタイツで防寒だ。そして、最初にルルカからもらった外套を羽織る。念のため姿見で全身を見て、驚いた。
そこに薄汚れた襤褸布をまとい、今日の食べ物をさがしていた少女はいない。
(毎日、鏡で見ていたのに)
屋敷の中で同じ日々をすごしていたから、自分の変化に気づかなかった。がりがりだった頬は肉がついて丸みが出てきている。背も少し伸びている。髪も綺麗にそろって伸び始めていた。猫のような菫色の目が愛想が悪く見えるのだけは変わらないが、生まれつきなのはしかたない。驚いているのに無表情なのも、いつものことだ。
くるんとまわってみたら、鏡の中の人物も同じように動いた。少し大きめだった外套もサイズが合ってきている。
(これが、今の私)
鞄を背負って玄関を出ると、前庭で二頭引きの箱馬車が待ち構えていた。スレヴィに手を貸してもらい、中に乗りこむ。正面の席にはルルカが座って待っていた。驚いたのはその恰好だ。
「どうした?」
「お父様、ちゃんとした恰好ができるんですね」
ルルカは動きやすい恰好を好んでいるらしく、かちっとした上着やベストは着ず、普段はシャツの襟は開けっぱなしで袖もまくっていることが多い。艶ややかな長い髪も、邪魔にならない程度に結んでいるだけだ。
それが本日はきっちり上着も着て、髪も綺麗に結ってある。
「スレヴィ曰く、街を歩くならこの姿のほうがまだ目立たないそうだ」
なんとなくわかる気がして、シルヴィアは曖昧に相づちを返す。ものすごい美貌の主が農夫のような恰好をしているのと高貴な恰好をしているのとでは、前者のほうが混乱させるし絡まれやすいだろう。
「どこぞの貴族か金持ちの父娘だと思われて、目立つと俺は思うんだが」
「目立つんだから目立たせたほうがましなんですよ。それではいってらっしゃいませ」
スレヴィが馬車の扉を閉めた瞬間、シルヴィアははっとした。
当然だが、ふたりきりだ。
(……これは、昨日の盗み聞きを咎められる展開では)
などと焦っている間に馬車が動き出した。窓の外の景色が流れ出す。
「何かお父様に聞きたいことはないか?」
「いいえ少しもないです」
眠ったふりでもしようと思っていたのに、早口で答えてしまった。
「なんだ、お父様の過去が気にならないのか」
最近わかったことだが、ルルカはシルヴィアを怒らせて面白がっている節がある。
(でもこんなふうに言うなら、大事な秘密ではない)
聖女と個人的な関係があったのだろうか。だが、知りたがっていると思われるのは癪だ。
つとめて冷静に、シルヴィアは告げた。
「父親の女性関係なんて、知りたくないです」
「……そう言われると強く出られないな」
「お父様がどうしても聞いてほしいなら、聞きますが」
こう言えば話さないだろう。これで会話は終わりだ。そう思ったら、足を組んだルルカが静かに言った。
「子どもだった俺には、聖女というより姉のように見えた」
「なぜ話すんですか、嫌がってるのに!」
「他の聖女が俺を殺してしまえと言う中で、唯一封印を主張した。それですむはずだと、攻めこまれる前にひとりで交渉にきたんだ」
耳をふさごうかと思ったが、優しいルルカの目が気になって、ふさげない。
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