041 旦那様(ニセ)はニセ嫁にプロポーズいたします。
パーティーは午後九時にお開きとなり、様々なお客様に捕まって根掘り葉掘り一矢の事を聞かれた。ただ、一矢は若いながらも経営手腕を買って下さっている方が非常に多く、優秀な旦那だから、しっかりサポートしてくれ、みたいな事を口々に言われた。旦那様はまだまだ若いし、私の後釜を狙っている人も多そう。何となくだけどそう感じた。だから当面は『私はニセ嫁でーす』って言えない気がした。
あと、私がピンチだった時、あんなに早く中松がやって来れたのは、実は花蓮様のお陰でもあった。杏香さんが私を連れて行ったという事を、中松に報告してくれたから彼も重役の客人が足止めだという事を百パーセント理解して、すぐに行動が出来たのだと聞いた。
花蓮様・・・・。意地悪令嬢だと思っていたのに、本当は優しい人なんだ。きちんとお礼は伝えたけれど、花蓮様がいなかったら私は今頃、恐ろしいパーティーの主役にさせられていたのだ。そんな事にならなくて良かった。
「片付けは他の者に任せてきた。伊織、話をしたいから早く帰ろう」
「あ、うん」
「今回は美緒にも世話になったな。また改めて礼に伺おう。宜しく伝えてくれ」
「あの実は・・・・美緒がさ、中松の事を気に入ったみたいで、その・・・・紹介して欲しいって。中松を美緒に紹介してもいいかな?」
一応執事の主人(本物)に聞いておかなきゃね。
「そうか、美緒が・・・・。中松も私に忠誠を誓ってから、女性の影も見えずこれでも心配していたのだ。中松がお前に本気にならないか、不安だったのもある」
「はいっ?」
思わず焦って、声が上ずってしまった。
「・・・・何でもない。紹介するのは構わん。中松も伊織の妹となれば、むげには断るまい。後は美緒次第だろう。中松はいい男だから頑張るようにと、美緒にそう伝えておいてくれ」
「解ったわ。許可してくれてありがとう」
「ライバルが減るのは、私としても大助かりだ」
「ライバル? なんの?」
「・・・・何でもない。帰るぞ」
「はい」
一矢に抱き寄せられた。「片時も離れるな。もう、お前が危険な目に遭うのは避けたい」
「ありがとう」
お礼を言って一矢と共にホテルを後にした。
中松の運転するリムジンで一矢家の方に帰り、今後の話し合いをする為にとりあえず落ち着ける寝室へ向かった。
「伊織」
部屋に入って二人きりになった途端、一矢が土下座して頭を下げてきた。「伊織、本当に悪かった。怖い思いをさせてしまったな。すまない。謝っても謝りきれない」
「や、やめてよ。顔を上げて! そんな事しないで!」
人に頭を下げるなんてとんでもない、と豪語している男が、私にあっさり頭を・・・・しかも土下座なんて!
とにかくその恰好を止めさせて、立ち上がらせた。
「気にしないで。もう大丈夫だから。一矢がちゃんと気配りしてくれて、中松が助けに来てくれたから。中松にちゃんと私の事を見ておくように頼んでくれていたのは、一矢でしょう?」
「そうだ。しかし、配慮不足だった。大事な伊織を・・・・危険な目に遭わせてしまった」
「大丈夫よ。何てことないから!」
「本当にそうか?」
「本当よ」
ぎゅっと手を握られた。「こんなに震えているではないか。何があったか、中松から報告を受けている。さぞ怖かっただろう。本当に・・・・悪かった」
私・・・・震えていたんだ。気が付かなかった。
必死だったから。一矢に気が付かれたくなくて、無かった事にしたくて。
でも、身体はずっと震えていたんだ。知らないうちに怖がっていたんだ。
「柚香と杏香には、然るべき対応を取り、宣言通り三成家を追放する。伊織には二度と手出しさせない」
「うん」
「伊織の事が無ければ、本家で好き勝手しておけばいいと思っていたが、伊織にまで手を出すとは、愚の骨頂だ。今回の事、たとえお前が赦しても、私は絶対に赦さないぞ。あの二人に、情けをかけるつもりはない。本当なら中松に頼んで始末して貰いたいくらいだが、そんな事をすれば中松が汚れる。それはできない。だから、財産も没収した上で追放する。生ぬるい罰だが、これでも贅の限りを尽くして来たあの二人は、相当堪えるだろう」
「あの人たちは今まで一矢に酷い事をしてきたのだもの。当然の報いよ」
幼い頃の一矢は、独りでどれだけ心細かっただろう。もっと寄り添ってあげればよかった。
「ごめんね、一矢」
「何故・・・・伊織が謝るのだ。謝らなければいけないのは、私の方ではないか」
「お義姉さんたちが、あんな恐ろしい人たちだったなんて、全然知らなかったから。貴方が辛い目に遭っている時、もっと助けてあげればよかったなあーって、今更ながらに思っちゃって・・・・」
「伊織・・・・」切なげに一矢は私を見つめ、やがて静かに聞いてきた。「お前を、抱きしめたい。私が・・・・触れても大丈夫か?」
「だい、じょうぶ」
「嫌ならすぐ止める。怖いと思ったら、言ってくれ」
一矢はふわっと私を包み込むように、とても優しく抱きしめてくれた。
「伊織・・・・」
「なあに?」
「手を、握ってもいいか?」
「うん」
「私が、怖くないか?」
「うん」
握ってくれた手の温もりに、ほっと安心する。もう怖い出来事は無いだろう。これから先も、一矢が守ってくれる。力強い男の人の手だ。震えも徐々に止まって行った。
「伊織。これからの事だが、話をしても良いか?」
「うん」
「こんな目に遭わせておいて、私にこんな事を言う資格が無い事くらい、承知している。しかし、敢えて言わせてもらう」
一矢がしっかりと私を見据える。リムレスフレームの眼鏡の奥の美しい瞳に吸い込まれそうになった。
「伊織、私の本当の妻になってくれないか。私と、正式に結婚をして欲しい」
予想外の言葉に、私は息を呑んだ。
・・・・け、っこん?
正式に結婚って言った、今!?
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