042 甘いキスは、貴方と。
「え・・・・っと。ちょっと、意味が・・・・解らない」
「何も難しい事は言っていない。意味が解らないという伊織の切り返しの方が、意味が解らんぞ」
「あ、いやその・・・・これって、契約婚じゃなかったっけ? あのいやその・・・・? 期間限定で結婚しろってコト? あ、それが契約婚だよねぇー」
軽く脳内パニックを起こしてしまった。
「期間限定ではない。生涯だ」
ショウガイ――すぐに単語の脳内変換ができず、傷害保険とかそういうのが頭に浮かんでしまった。
「お前の一生を、私にくれないか。ずっと大切にする」
「はいぃ?」
予想もしなかった一矢の言葉に、何だか泣けてきた。「意味わかんないよぉ・・・・」
「何故泣くのだ!? 泣くほど私と正式に結婚するのが嫌なのか?」
一矢が焦りだした。
「違うっ!!」目の前の旦那様が、自分の涙で歪んだ。「だって、一矢は最初から偽装結婚しようとか言い出すし! 期間限定だけど・・・・少しでも一矢の傍にいられるかなって・・・・いい思い出にして、色々諦めなきゃって・・・・」
「伊織の言い分はよく解らん。つべこべ言わずに、黙って私の話を聞け」
口元に人差し指をそっと置かれた。
「伊織」
見ると、一矢も緊張した顔になっている。そっと唇に触れた指がくすぐったい。
一体、何を伝えてくれるつもりなの・・・・?
「今日、お前の横でスピーチをしたことは、中松が描いたシナリオなんかではない。全て私の本心だ」
真剣な眼差しが、私を射抜く。
「伊織。私は幼い頃からお前を愛し、結婚をするなら伊織しかいないと思っていた。本家との確執もあるから、様々お前に苦労を強いることは承知していたから、お前が好きだとすら言い出せなった。しかし、グリーンバンブーの借金の時はチャンスだと思った。お前の弱みにつけ入るような卑怯な真似をしてしまったが、こちらも必死でな。すまなかった。ストレートに伝えても、きっと断られると思っていたから・・・・」
幼い頃からお前を愛し、結婚をするなら伊織しかいないと思っていた?
嘘だ・・・・そんな、一矢がまさか・・・・私の事を本気で・・・・?
一矢を見つめながら、涙が溢れた。
「一矢・・・・」
「お前を一生愛して、私の生涯を懸けてお前を大切にすると誓う。だから伊織。これからも私の傍で笑っていてくれ。伊織が傍に居てくれたら、私は他に何も要らない。辛い幼少期の私を、何時もお前が救ってくれた。ありがとう。いつか、きちんと礼を言いたかった。私も片意地を張らずに、素直になる。お前を誰にも渡したくない。好きだ、伊織。どうか私の本当の妻になって欲しい。お前以外、私は何も望まない」
こくこく、と無言で頷いた。
溢れる涙が頬を伝うと、愛しい旦那様(ニセじゃなくなるのかな?)が優しくそれを拭ってくれた。
「伊織の返事を聞かせてくれないか」
そんなの決まっている。私の答えは、ただひとつ。
「・・・・誓うわ。私も、一矢を一生大切にする・・・・! だって、私もずっと、ずっとずっと一矢が大好きだったの・・・・!!」
間髪入れずに一矢の胸に飛び込んだ。ぎゅうっと力いっぱい彼を抱きしめて、一矢を見つめた。
「伊織も同じ気持ちでいてくれたのか。嬉しいぞ」
優しく微笑んでくれた。顔が近づいてきたのでそっと目を閉じると、一矢が唇を合わせてくれた。
本当ならここで脱ファースト・キスの予定だったのに。既に済ませちゃったから、セカンド・キスになるワケね。
「伊織。実は、お前に謝らなければならない事がある」
唇を離した一矢が申し訳なさそうに言った。「今、お前はこのキスが初めてだと思っているだろう。実は、違うのだ」
「知ってるよ。二回目でしょ」
「なっ・・・・!! どういう事だ伊織! 私以外の男と、まさか――」
一矢の顔がとんでもなく青ざめたので、私は慌てて弁解した。
「ば、ばばばかっ! 違うわよっ! は、初めてこの屋敷に泊った時、一矢、私に勝手にキスしたでしょっ! 知っているんだからっ!! どういうつもりでキスしたのよっ!」
「お前っ・・・・!! あの時、起きていたのか!?」旦那様の端正な顔に焦りが滲んだ。「何故言わなかった! 眠っているとばかり思っていたのに・・・・!」
「す、好きな男が横で寝ているのに、そうそう簡単に眠れるわけないでしょーがっ!!」
「なっ・・・・その、伊織の好きな男というのは・・・・私の事か?」
「他に誰がいるのよっ!!」
さっきまで青白かった旦那様の顔が、見る間に真っ赤に染まった。
「すまない。お、お前の・・・・ファースト・キスが、どうしても欲しかったのだ!! 他の男に盗られる前に、せめてそれだけは、主人である私のものにしてしまおうと思い・・・・お前の希望も聞かず、勝手に悪かった」
「いいよもうっ! キスの初めては好きな人の為に・・・・取っておいたんだから・・・・」
言っていてこっちが恥ずかしくなった。旦那様に負けず劣らず、真っ赤な顔になってしまった。
「伊織」頬に手を掛けられ、鋭い瞳で見つめられた。「それも私の事だと勘違いせず、思っても良いのだな?」
こくん、と頷いた。
「伊織・・・・」
一矢のキスを受けるべく、目を閉じた。柔らかい感触が瞬く間に唇に広がる。
「んっ」
甘い吐息が漏れて、きゅっと身体に力が入った。
「伊織・・・・っ、いおり」
何度か口づけを交わすと、熱の孕んだ吐息が零れる。一矢の熱い唇が耳たぶをくすぐると、もっと身体に強く力が籠る。全身に不必要な力が入り、身構えるみたいな形になってしまった。
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