036 ニセ嫁の大ピンチに駆けつける執事が、実は本物の鬼だった件。
その瞬間、掴まれていた頬の緊張が解け、男たちの手によってベッドに放り投げられた。
ボスン、と柔らかなベッドは私の着地の衝撃を吸収してくれたけれど、怖くて身体が固まって、全然動けなかった。
相手を見ると、舌なめずりをしてに私に触れてこようと迫ってくる。それを杏香さんがカメラで撮影していた。
「もっと泣き喚いてくれないと、映像に迫力が出ないわぁー」
この人は、鬼畜だ。一矢はこんな人をお義理姉さんに持っていたのね。それも、二人も・・・・。
幼い頃、彼はどんなに辛く心細かったのだろう。今更だが、もっと一緒にいてあげればよかったと思った。今そんな事を考えてしまうのは、現実逃避をしたいからなのだろうか。とにかく、一矢の事が頭によぎった。
男の手がドレスの胸元に伸びた。
一矢、中松、助けて。
嫌だ。一矢以外の男に、こんな風に触られるなんて!
恐怖で声が出なくなって、代わりに涙だけが溢れた。
ドレスが引き裂かれる音を聞いて、自分もすぐにこうなる事を予感させられた。
一矢。貴方との約束、守るつもりだったのに。
誰にも触れさせるなって言ってくれたのに、今、男たちの手が私の肩に伸び、小ぶりの胸を隠している下着をはぎ取ろうとしている。
約束したのに、無様に他の男に肌を触れさせてしまった。
まさかこの私が、貴方を裏切ってしまうなんて。
守れなくてごめんなさい。
「マグロねぇ。映像が全然面白くないし時間もないから、さっさと、処女貫通しちゃいましょうか。クスリは後からにして。とりあえず正気の絶叫が録画したいわぁー。そしたら一矢もちょっとはショック受けるんじゃない」
耳を疑うような、鬼畜な台詞ばかりを吐かれた。
同じ女性から発せられた言葉とは、とても思えない。
この人は、血が通っているの? 本物の人間なの?
どうしてそんなに一矢を目の敵にするの?
ただ一矢が好きだというだけの気持ちは、そんなに罪になるの?
無血統は、お金持ちに恋しちゃいけないの?
私は一矢の持っているお金が好きなんじゃなくて、一矢自身がただ好きなだけ。
それが、そんなに蔑まれなきゃいけない事なの?
貴女に私の気持ちを踏みにじる権利があるの?
抵抗したくても、恐怖で身体がすくんでしまって、固まって動かない。
首飾りを引きちぎれば、仕込んだアラームが鳴り出す事も解っているのに、手をぴくりとも動かす事ができない。
怖い。こわいよ。
一矢、中松、たすけて・・・・。
男の手が私のドレスの中に手を伸ばそうとした、その時――
ガアン!
何かを激しくぶつけた音がして、続いて入り口の方で扉がバアン、と派手な音と共に開いた。
「伊織様――っ!!」
恐らく扉を《《何らかの方法》》でこじあけた中松が、こちらへ飛び込んで来た。私の悲惨な様子を見て、一瞬で何が行われているのか理解したのだろう。彼はさっと動いて先ずは撮影している杏香さんをバチーン、と派手な音と共に平手打ちで張り飛ばし、私にのしかかろうとしている男の背後にあっという間に回り込み、首を絞めた。
「く、くるひっ・・・・」
「死んで侘びろや、コラ」
物凄い力で中松に首を絞められた男は、あっという間に泡を吹いて気絶・・・・(だよね? 死んでないよね!?)してしまった。
続いて私の腕を押さえつけていた方の男には、馬乗りになって重厚なパンチを何発か浴びせた。蹲った所で、すかさず股間を蹴り上げる。見るからに痛そうで、悲惨な状態だ。目の前の惨劇に、思わず顔をしかめた。
男は声なき悲鳴を上げ、もんどりうってその場に倒れ込んだ。
「一矢様の一番大切なお方を、しかも無抵抗に震える女性をこんな無情に傷つけるなんて、いい度胸してんなぁ、お前」
中松は胸ポケットからサバイバルナイフを取り出し、スッと抜いて杏香さんの鼻の前に突きつけた。
「伊織様はなあ、俺の命の恩人なんだ! これ以上手ぇ出したら、本気でブッ殺すぞ? お前みたいな汚れた女が、軽々しく触れていい女性じゃねえから。そこの手下みたいにボコられて侘びるか、それともその薄汚い金のかかった整形面を切り刻んだ代償で払うか、どっちがいい? どっちにしろ、全・く・足・り・ね・え・け・ど・な」
わざとゆっくり言って、目じりあたりで止めたナイフを左右に揺らし、杏香さんの恐怖を煽る。
これ・・・・中松だよね?
なんかキャラが・・・・。おかしくない? 完全に羊が取っ払われて、鬼になっている。
修行の鬼とはまた違う、本気モードの鬼なんだ。これが、この男の本性・・・・。
私は中松の変貌ぶりに強く驚いてしまい、襲われていたショックも忘れ、呆然と成り行きを見るしかできなかった。
「決めた」中松が笑いもせずに言った。「先ずは目を抉ってやる」
躊躇せずナイフを突き立てようと振り上げた。中松がその腕を振り下ろす。あと数ミリ動けば目に刺さるという所でピッタリナイフを止めた。中松によって無理やり目をこじ開けられていた杏香さんは、その目に涙をいっぱい溜めて震えていた。
「怖ぇだろ? 伊織様も泣いて震えていた筈だ。それをお前は非人道的で無情な事を言って、男に襲わせたんだろ。本当にクズ女だな。最低な事しやがって。本気で刺し殺してやろうか、あぁ!? 伊織様や一矢様の為なら、俺は別にムショ入りなんか全然怖くねえぞっ!」
獰猛な中松が一喝して、再びナイフを振り下ろした。
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