030 とりあえず自分で悪役令嬢に制裁を。
「わたくしは、何度もお断りいたしました。誰に言われなくても、一矢と釣り合わない事は、自身が重々承知しておりますもの。しかし彼は、どうしてもわたくしが良いとおっしゃって下さり、こんなわたくしを選んで下さいましたので、彼のプロポーズを謹んでお受けいたしました。感謝しております」
にっこり笑って言ってやったら、相手の顔がみるみる般若のようになった。
まあ、怖い。中松とやり合っている時の私のようだ。
「花蓮様も、一矢様を幼い頃から慕っていたとおっしゃいましたが、それはわたくしも同じで御座います。彼を支え愛したいと思っている気持ちだけは、誰にも負けないつもりでおります。花蓮様は花蓮様の知らない一矢様を存じていらっしゃるように、わたくしはわたくしにしか知らない一矢様を存じております。それで、良いではございませんか。花蓮様が知る一矢様は、どうか花蓮様の思い出として、大切になさって下さい」
では、と部屋を出ようとした私を、低い、ひくーい声が制した。
「・・・・初めて、だったのに」
「えっ?」
「一矢様は」一旦深呼吸した花蓮様が、マシンガンの如く喋り始めた。「幼い頃から花蓮を可愛がってくださっていて、花蓮の初めては全て一矢様に捧げ、将来を誓い合いましたのに、こんな裏切りはございませんわ! 花蓮はずっと、一矢様が迎えに来て下さる日を夢見て、ずっとずっとお慕いし、お待ちしておりましたのに! こんなどこの馬の骨かもわからないクズ女に一矢様を盗られてしまうなんて、絶対に絶対に赦せませんわ――っ!!」
唖然とした。
ちょっと・・・・いくら何でも酷くない?
クズ呼ばわりされる筋合い、アンタにござーませんからぁああああ――――っ!
一矢も・・・・こんな面倒な令嬢に手ぇ出すなら、きちんと後始末くらいしておきなさいよね!
遊ぶなら、もっと上手に遊びなさいよ!
これだから一矢は! 麗しく美しくてカッコイイから、女がうじゃうじゃ寄ってくるのよ!
ニセ嫁の苦労も解って欲しいわ、全く!!
それにしても、あまりの勝手ぶりに、怒りを通り越して笑えてきた。彼女は要注意人物ね。これから、気を付けなきゃ。刺されたら洒落にならない。
「文句があるなら」私は真顔で、更に笑顔で伝えた。「直接、貴女が一矢様にお伝え下さい。よろしくお願いいたします。では、ごきげんよう」
まだ喚き散らす花蓮様を置き去りにして、私は部屋を出た。
「――待ちなさいよっ!! まだ話は終わっていませんわ!」
部屋を出て戻ろうと歩いている私の髪を、思いきり掴まれて渾身の力で引っ張られた。ああっ、折角中松が綺麗にセットしてくれた髪がぁっ!! なんて悠長な事を言っている場合ではない!!
「きゃあっ、止めてっ! いたいっ! いたぁーいっ!!」
何じゃこの女! なりふり構わないにも程があるでしょーがああああ!
むんずと掴まれた髪の毛が引きちぎられそうになったので、必死に抵抗した。本気で痛い。なんなの、この令嬢! 頭おかしいわよっ! どうかしている!!
「何の騒ぎですか!」
様子を見に来てくれた中松が、飛んできてくれた。
やああーん。救世主―!
この時ばかりは、彼が鬼じゃなくて神に見えた。今だけ神松になった。
神松が私と極悪令嬢の間に割って入り、彼女から引き剥がしてくれた。
「花蓮様、何事ですか! 仮にも一矢様がお選びになられた女性に対して、このような仕打ち・・・・御父上にご報告させてもらいますよ!」
「あ、これはその・・・・」
花蓮様がオロオロと泣きそうな顔を見せた。「急に一矢様が婚約されると聞いて・・・・幼い頃からお慕いしておりましたのに、ずっと、花蓮を選んで頂けるとそれを信じて今日まで生きてまいりました。それなのに・・・・それなのに・・・・」
遂に彼女が泣き崩れた。酷い髪になり、ボロボロになった私の方が泣きたいわ!
一矢がロングヘアが好きという謎の情報を手に入れてから、一生懸命手入れしながら長く伸ばしていた髪が、この悪令嬢のお陰でブチブチと悲惨に引きちぎられたのよお――――っ!!
もおぉっ! ハゲたらどーしてくれんのよおおおお――――っ!!
「それとこれとは話が別です。さあ、行きましょう。きちんと一矢様にもこの様な事がなされたと、報告させていただきますから」
「それだけは・・・・どうかそれだけは・・・・」
ボロボロと泣きながら令嬢が私に向かって土下座してきた。「ごめんなさい、伊織様。貴女が羨ましくて・・・・何の家柄も無い貴女が選ばれたことが、妬ましくて・・・・」
えらく正直な人だな。どうせ無血統ですよ。
「つい、無礼を働いてしまいました。本当に申し訳ございません。どうか、一矢様には言わないで・・・・」
こんな事しておきながら、言わないでとか、バカじゃないの。報告されないワケないのに。
ご令嬢だから、パッパラパーなのね。脳内お花畑なんだわ。
でも、このお嬢様も一矢をずっと好いてきたのよね。それなのに、急にニセ令嬢がぽーんと出てきちゃあ、面白くないわよね。解る、うん、解るよその気持ち。それだけは同情できるけど、他はできませんからぁー!
「お顔を、お上げになって」
私の言葉に、土下座スタイルからお嬢様が顔を上げた。その顔を思いきり、バチーンと引っぱたいた。
「痛み分けですわ。これでお互い様ですから、お約束通り一矢様には言いません。でも、このままでは戻れませんので、レストルームをお借りいたしますわね。中松、すぐヘアセットをして頂戴。できるわね?」
「はっ。すぐに」
「行きましょう」
中松を連れて令嬢を放置し、その場を後にした。
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