027 ニセ嫁、お披露目。
あれから順調に月日は流れた。婚約披露――私の中では婚約疲労――パーティーが後一週間に迫った。鬼の指導のお陰で、マナー全般はとりあえず身に着ける事が出来た。歩く姿も美しくなった・・・・と思う!(自画自賛)鬼はあんまり褒めてくれない。多分まだ合格点を手放しで付けるには遠いのだろう。しくしく。これでも頑張っているのよ! ニセ嫁として!!
グリーンバンブーの焼き場の修業だって頑張っているわよぉっ!
そんな私が、今日は婚約披露パーティーの練習をする為に、三成家――特に一矢が懇意にしている取引先への挨拶に同行する事になった。
ううう・・・・上手にできるかしら。粗相なんかしたら、鬼の嫌味が飛んでくるわ。嫌味だけならまだいいけど、もっと辛辣な酷い叱りの言葉を浴びせられるかもしれないし。とにかく、失敗は出来ない。
気分はまるでシンデレラだ。慣れない衣装で着飾り、かぼちゃの馬車に揺れられて、舞踏会へ行く姫のように。
いや、ちょっと思ったんだけど、シンデレラってさ、容姿はもともと綺麗だけど、ダンスなんかやった事ないじゃない? しかも普段から召使のような扱いだったのだから、ずっとお皿洗いとかしているだろうし、美しい令嬢みたいなつるつるの白魚のような手じゃなくて、いくら着飾ったとしても、カサカサしていると思うのよ。私みたいに。
結論。シンデレラも、舞踏会への憧れはあるけれど、馬車に揺られている間、不安しか無かったと思うの!
だってもともとお金持ち根性は備わっている訳じゃないから、怖気づいたり、上流階級の令嬢に意地悪されると思うのよ!
何時か私も、一矢を好いていた女子から恨まれるだろう。その時、あー、大丈夫、ニセなんでっ。(キラーン)って言えるような雰囲気じゃないだろうし、そもそもそういう人たちが一矢に持ち掛ける縁談をブッた切る為のニセ婚なんだしね。
さあ、どんなご挨拶になるのやら。
「いいですか、伊織様。くれぐれも粗相がないように、お願いいたしますよ。三条様は昔から一矢様をご贔屓にして下さる、数少ない取引先様でございますからね」
リムジンを運転しながら、鬼が言った。
「解っているわ、中松(鬼)。出しゃばらないように、気を付けます」
ふうー。それ、耳にタコが出来るくらい何百回も聞いたし。
今までの私は、鬼松を睨みつけながら口いっぱいものを言っていたけれど、それは控える様にしている。そんな事をすると、般若みたいな顔になってしまって余計鬼に文句を言われるから。ちょっとでもそういう顔をすると、鬼から嫌味が飛んでくるのよ、すぐに。
ニセ嫁辞めたら、鬼に豆まきするかのように、文句の塊を投げつけてやるっ。
私はそう決めているのだ。そうする事によって、鬼に一々たてつかずに済んでいるから。
そして今回お邪魔する屋敷は、三条様という昔から三成家が懇意にしている取引先。どうも義理姉の親戚関係だとか。ということは、腹違いのお母さまの親戚? 良く解らないけれど、立場はこちらの方が上の模様。三成家は三条家を取引先にしているから、三条家<三成家という方程式が成立しているのだけど、ひとつ私が懸念している事がある。
三条家には何でも年頃の・・・・二十歳くらいになる成人女性の一人娘がその屋敷にはいらっしゃるようで・・・・。もう、行く前から嫌な予感しかしないのよ。
鬼松の運転するリムジンが、三条家に到着した。三成本家よりも小さい家だけど、それでも十分に大きなお屋敷。グリーンバンブーが何個分かしら。お部屋も沢山あるんだろうなぁ。
センサーがリムジンを感知したのだろう。ナンバー照合とかもしているのかしら。何の確認もせず、大きな鉄門が開いていく。お金持ち仕様は、どういうしくみなのか庶民の私にはさっぱり解らない。
専用の駐車場にリムジンを停め、玄関へ向かう。美しい庭はきちんと手入れが行き届いている。夏の日差しに照らされた花が、風にそよがれ揺れていた。
玄関の前に立つと、大きな玄関が開き、スーツを着た初老の執事と思われる人が頭をきっちりと下げ、ようこそ、いらっしゃいました、と丁寧に迎えてくれた。
私も深くお辞儀をして、案内されるままに屋敷内へ入った。言われるまま通された部屋には、”世界最高の既成スーツ”と称されるキートンの濃紺にうっすらとチェックラインの入った上品な高級スーツを着用した、彫の深い紳士的な男性が佇んでいた。口ひげが少しあって、威厳もオーラも半端ない。凄い方なのだ、と一目見て解った。
厳しく鋭い目線を私へ向けていたが、こちらの目線に気が付いたのか、すっと奥へその感情を引っ込めた。もしかしたら・・・・彼が一人娘を一矢にあてがうつもりで考えていたのなら、ぽっと出の私の存在は面白く無いだろう。中松の言う通りだと思った。
修業中、中松に上流階級の醜い権力争いや思惑、令嬢のあしらい方、様々叩き込まれた。
お陰で、私をひと睨みした三条さんの考えが解るようになったのだ。
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