第二話 煉獄七臨覇 ー闘気の衝突ー
2週間更新頑張ります…
極限の闘いは、最早凡人ではついていけない領域へと突入した。
第二十三回目の開催となる格闘気だが、開始早々このレベルの闘いにはなったことが無い。曰く決勝、その領域にてようやく観ることが出来る聖戦。
かつて、金色の獅子に敗れた漢が言った
「所詮パフォーマンス、インチキ武道会」
という言葉には、まだ現実味があったからこそ出た言葉かもしれない。
しかし、これはーーー
「人間業じゃどうやっても到達できない領域だよな、こんなの。」
屈強な男は、出場者席で苦笑いを浮かべながら試合を観戦していた。
張り切った黒のポロシャツは自身の筋肉を引き立て、小麦に近い黒光の肌がそれに深みを醸し出している。
「まるで映画の一部だ。観客にはどういう風に写ってんだ?これ。」
超速で繰り広げられる激闘に、思わず心配の言葉がすべり出た。
自分たちは闘気家で、苦なく試合を追うことができるが、何の補正もない人間がこれを見て理解できるのだろうか。
そんな疑問に、横にいた青年が応答する。
「多分だけど、雰囲気でしか楽しめてないですよ。この熱気、風圧、たまに見える残存を通してのイメージ。衝撃と響き渡る轟音の数々。非現実的なそれがこの格闘気を盛り上げる要素といっても過言じゃないですか?ゴンザレスさん。」
ほどほどに伸びた髪を橙色と赤のヘッドバンドででまとめている青年は、楽しそうに試合を観戦していた。
「あー、ルキウスだっけっか?確かにそうだな、ここで盛り上がるのかってところで盛り上がってるやつだってたくさんいる。雰囲気で観戦か、新しいな。」
恐らく彼らは闘気を使用していると勘違いもしているだろう。それらを抜きにしてもこの試合は白熱しているし、娯楽としてはなかなか素晴らしい。
つまりそれに文句をつけようとは思わない。なんなら嬉しいという感情が勝るほどだ。
「そうでもないですよ。プロレスやボクシング、武道、肉体言語の数々は雰囲気で楽しむと言うのはもともとマジョリティ。多数派です。理解という論理的思考より興奮や感動などの感情的要素で人は観る…というのはあくまで俺の主観ですけどね。」
押しつけではないと一息置き、ルキウスはゴンザレスの方を向いた。
「そんなことより、そろそろ動きがありそうじゃないですか?この試合。」
キラキラと輝いた目は、なるほど彼も心から闘うという行為が好きなのだろう。
鏡を見れば、俺も瞳を輝かせているのだろうか。ゴンザレスはそんなことを脳裏に過ぎらせた。
「確かにな…お前はどっちの動きを予感している?」
ゴンザレスの問いに、ルキウスは笑みを浮かべた。
「なるほど、この状況でソレが言えるなら多分回答は同じだ。」
ゴンザレスは自分の頬が緩んでいることに気がついた。
洞察力に加えて、自分達と実力が近しい人間がこんなにもいるなんて、高まらないわけがないのだ。
(早く闘いたい。こいつらなら、もしかすると俺を倒してくれるかもしれない。)
内に秘めたる想い、ゴンザレスは今こそ繰り広げられようとしているソレに注目した。
ーーー
瓦礫と暴風が吹き荒れる武舞台。
この現状を作り出したのは自然でも兵器でもない。
人と人、正しくは闘気家によって作り出された状況だ。
まるで映画や漫画の世界での非現実が、現にリアルで巻き起こっているのだ。
嵐の中心には微動だにせず佇む二人、この非現実を作り出した張本人達。
名をアールシュ・K・サルヴィ。名を鉄野拳。
先ほど繰り広げた激闘で、両者は複数の傷を負い、その全てを戦闘中に回復させた。
切り込まれた道着は激戦の象徴、両者の服には闘いによって染み付いた鮮血が数箇所あった。
優勢はアールシュ。追い込まれた状況で策を絞り出し、相手の視界を奪うことで見事に逆転しきったのだ。
白熱と波乱の中盤戦は、鉄野拳の駆動により火蓋を切った。
ーーー
「これを見せるのはアールシュくんで二人目だよ。人としての極地にして武の到達点。格闘家としてたどり着いた一つのゴールだ。」
熱気で揺らぐ空間、鉄野拳は目を爛々と輝かせ、腰を低く構え掌を前に出す。
深く、深く息を吐けば揺らぐ陽炎が浮かび上がり、まるで分身を生み出したかの様に朧げに写し出された鉄野がそこにはあった。
「ーーー。」
ソレはおそらく【格闘家 鉄野拳】の奥義であり、闘気家に至る際に編み出した極技なのだろう。
アールシュはソレに圧巻し、漫然とソレを見届けるしかなかった。
裏腹に、高まる好奇心と絶対的な期待を込めて。
「来いよ、ケン。俺に闘気を使わせてみろ。初めてなんだよ、こんなにウズウズするのは…!」
アールシュは構えを取るがその場から動かず、相手の全力を自分の全力をもって叩き潰すことだけを考えていた。
戦闘においてソレは悪手だ。しかし、漢の闘いとしてソレはまさに正道に違いない。
「ありがとう、アールシュくん!」
ならば期待に応えねばならない、鉄野は目を閉じ一点に集中し、七つの自分を妄想する。
浮かび上がる像を明確に、掴んだ感覚を離さず現実に、己が集大成を精密に。
自身が選択するは、闘真館流、極神流、剛拳流、松獣流、琉球流、和導流、八雲式煉獄流。計7つの流派。
闘真館流はオーソドックスな打の流派、世界的にも馴染みの深いそれは鉄野が初めて武を知ったきっかけでもある。
極神流は剛と豪の砕きの流派、内部破壊に特化し、発勁や押し打ちで関節、内臓に著しいダメージを与える歴史の長い殺人流派の1つだ。
そして八雲式煉獄流、これは7つの流派のなかでも特異で、今なお完成されていない不完全な流派だ。
速度と精密さが重視され、人間が成すにはあまりにも難しすぎると言われ、机上の空論とさえも呼ばれた。
完成されていない、しかしそれでもこれを採用した理由は1つ。
あらゆる流派を組み合わせることで、この流派は完成系と化す。
「維技ーー煉獄七臨覇ッッ!!」
刹那ーーー
「ーーーッ!グァハ…ッッ!」
アールシュの身体を支配する無数の衝撃、衝撃と衝撃と衝撃と衝撃と衝撃、衝撃。
陥没、脱臼、乖離、破裂、鬱血、裂傷、断裂。
一体何が起こったのか、進行形でなにが行われているのか一切理解出来ずに成す術もなくーーこれが蹂躙されるというのだろうかーー鉄野の術技にハマってしまったのだ。
眼球から迸る灰色の閃光、真っ赤に染まる視界と感覚を失って逝く身体。
なるほど、これこそが彼の、鉄野の集大成。
しかし何故だろうか、否、だからだろうが。興奮と希望が溢れて止まない。
7つの流派を並行し、満遍なく、かつ有効に使用できる人間など、人間と呼ぶに値するのか、これは正しく神業だ。
(このままじゃーーー)
反撃どころか息をするのもままならない現状、止まぬ暴力の騒乱にアールシュは為す術がなかった。
【格闘家】としての質を問うならば、今をもって証明が完了した。
アールシュは、鉄野拳に勝てない。
無言かつ真剣に追い詰めてくる鉄野、反撃を一切許さぬ完成された奥義。日の本最強が培った武術の歴史の極地。
先ほどの拮抗は、所詮様子見でしかなかったのだ。
ソレに気づいたからと言ってアールシュには悔しさや怒りという感情は湧かなかった。
むしろ、何故最初から本気を出さなかったのかという後悔、まさかこんなにもーーー
そう、この状況下、アールシュは未だに本気を出していない。
ならばこの状況は必然で有り、何も思う必要はなかった。
(もしここで負けたら、俺はせっかくの機会を蔑ろにすることになる。)
鉄野を超える強さを持つ人間だってこの会場にいるだろう。何よりーーー。
(ゴンザレスと闘える絶好の機会じゃねえか、あいつはどんなに頼み込んでも戦ってくれなかった。)
クシナガラの地に舞い降りたときに初めて出会った闘気家のことを思い浮かべる。もしここで負けたらその程度と言われもう二度と戦えないかもしれない。
(ーーー嫌だな、ソレは。)
ならばここで本気を出さねばならない。今だって思考を安定させれているのだから、今の鉄野程度ならどうにだってできる。
猛撃に爆ぜる四肢と臓器、もはや死に体になった身体の殻。ノイズが走る脳のヴィジョン。
やるなら、今しかない。
ーーー
闘気の発動条件は主に三つある。
一つは最強への強い渇望。
最もオーソドックスな発現方法で、安易な表現をするならば努力と言えばいいだろうか。
しかしそれは生半可なものを指すのでは無く、人の身でありながら人ならざる努力をこなさねばならない。
わかりやすく言うならば、正拳突きに最強を見出したものが十年間休むことなく、人間らしさと甘えを捨てて、悟りの境地を越してようやく芽が出る。しかしこれはあくまで空論であり、これをこなせたからと言って闘気が発現する訳では無い。努力はあくまでトリガーでしかないのだ。
この方法で闘気を発現したのはアールシュや鉄野やルキウス、スターマンだ。
2つ目は外的要因での強制発動。
この例を見たのはルキウスのみだが、覚醒の種と名付けられたそれを服用することによって強制的に闘気の紛い物を植え付けることができるらしい。
強制発動ゆえ、質は悪く、純正とは程遠いものが出来上がってしまう。
そして三つ目は■れ■った■■のーーーーーー。
ーーー
故に、覆すべく方法はただ一つーーー。
最強の俺が負けるわけがないと言う最強い渇望と意志を信じればいい。
刹那、視界を染めたのは鮮血の赤ではなく、外気を包む緑のウェーブだった。
ーーー
「ーーーっ!」
鉄野は目を見開き、今起ころうとして居る現象に衝撃を受けた。
もはや肉袋と化したはずのアールシュからわずかに漏れる緑色のオーラに、異様な力を感じたのだ。
(まさか、この状態でーー?)
鉄野は咄嗟に応戦の構えをとり、今から起こりうるであろう最大級の超常現象に向けて対処を試みた。
ボロ雑巾のようにすり切れた右腕に対し、懐へ瞬時に潜り込み、発勁。
「ーーーー!!!」
観客一同の反応は、絶句。
なにせその行為が意味することは一つ。
アールシュ・K・サルヴィの腕の切断。
相手の四肢の欠損を目論んだ殺戮の一手だからだ。
勢いよく吹き飛んだ右腕はまるで砲丸のように豪速で飛ばされ、観客席と武舞台を挟む壁に衝突し、鮮血と生々しい肉の弾ける音を奏でながら無惨に散布した。
しかし他の誰よりも驚いていたのは鉄野自身だ。この行動は予想していなかった、否、こんな筈ではなかったのだ。
相手の四肢の破壊とは、それ即ち再生不可の後遺症を残すと同意義。
しかしそうでもしなければ、あの至近距離での闘気発現は自身の身の危険を意味する。
絶対条件として存在する、闘気を発動した闘気家と発現してはいるものの発動をしていない闘気家の差。
人の身のままで終局へと向かわんとしていた鉄野の誤算、予測は出来ていたがその強大な威圧感に気圧されてしまうということ。
最強の地盤が揺らいだ。
故にこの行為は八つ当たりと言っても差し支えないだろう。全く武道に削ぐわぬ錯乱の一手。
言ってしまえば、ルール違反と糾弾されても仕方がない。
そう、闘気とは、闘気家すらも恐怖に陥れる。
「効いたよ、なるほど、君の闘気は非常に質が良いらしい。成す術もなく恐れてしまったよ。だが、君の腕を取った事で動揺は落ち着かせた。すまないが、割り切ってくれ」
冷静に淡々と、計り知れない精神的ダメージを抱えているであろうアールシュに事実を突きつける。
何せ腕が無くなったのだから、戦闘を愛する彼からその術を欠けさせたのだから、罪悪感はあれど仕方がないで割り切った。
闘気を使わずして勝つなら今しかない、
故にーーー
「ーーーなんだよ…それ。」
目の前の超常現象に、心のそこから驚愕する他無かった。
ーーー
闘気には、主に4つの属性がある。
1つは剛、技としての破壊力、又は己自身の膂力に闘気を宿し闘う力のオーラ。
2つは迅、移動速度の強化や技の瞬発性を向上させる速度のオーラ。
3つは護、あらゆる攻撃を諸共しない防御力や攻撃を流する術を向上させる守のオーラ。
そして4つは識、上記3つに当てはまらない、特異な異常性を持つオーラ。超常を引き起こす異能の類。
闘気家は均等にこれらの力を持ち、これの何れかを突出させている。
例えば鉄野の場合、彼の属性は剛に突出している傾向にある。俊敏さや鋼の様な防御力は総て剛の派生からなるもので、己自身の経験が重なり合う事で万能型の枠組みにハマっているのだ。
しかし、鉄野は未だに闘気を発動していないので、未知数ではあるがーーー
ならばアールシュは?
力が強いか?否、一般人と比べれば並外れた力ではあるが、事実何度か鉄野に力負けをしている。
素早いか?否、煉獄七臨覇に対応出来ていない時点で鉄野に素早さで負けている。
頑丈か?否、現に今、完膚無きまで蹂躙され腕の1本を失った。
しかしここにある違和感は何か。
どれほど攻撃を食らわせたとしても数瞬の間で再生を完了させているアールシュ、これは最早闘気家からしても異常と思わざるを得ない再生速度だ。
そして何よりーー
「…アールシュさんの腕が…再生している…?」
異変に気づいたのは覡だった。
世界に指折りもいない女性の闘気発現者の彼女は驚愕を隠せなかった。
何故なら、知識として知っている闘気家の欠損事例、その全てが再生不可で終わっていたからだ。
なのにも関わらず形状を記憶しての再生。
摂理や法則を無視した超常現象、アールシュは【識】の闘気所有者、それも他の追随を許さぬ程の一点特化型。
「再生の…闘気…?」
無意識の内に発せられたその言葉に、サラスは芯に何かを確信したような笑みを浮かべた。
ーーー
「とんでもねぇな、ありゃ天性の才能だ。人類未踏の領域…あんな隠しダネがあってなんてな。」
ゴンザレスは苦笑いを浮かべながら腕を組んだ。
「だが、予想は的中か。さて…」
ゴンザレスは目を輝かせながら試合を観戦しているルキウスの肩に手を置いた。
「お前はアールシュに勝てると思うか?」
その問いかけは、ある意味闘気家らしいと言えるだろう。
誰が、ではなく自分が。いつだって物差しは自分自身で、最強の自分自身という像を崩す程の実力を持つ相手か否かを天秤にかける。
問いかけをした時点で、ゴンザレスは解答を導き出していたのだろう。
「俺はアールシュに勝てると断言出来る。あいつは俺には届かない。」
視線は変わらず、しかしどこか寂しさを感じるものだった。
「…まぁ、なら俺は貴方に勝ちますけど。それでついでにアールシュをぶっ倒して…って感じの解答で良いすか?」
ルキウスは苦笑いでそう答える。
飽くまで誰も敗北を考えない、それが闘気家の美学だからだ。
「まずは吸収、目指すは完全勝利。どちらかと次にあたる…だからこそ俺は分析しますよ。」
試合を凝視するルキウスは今にも戦いを望んでいるようだった。否、もう始まっているのだろう。
ならば邪魔をする訳などない。
ゴンザレスは持ち場に戻り観覧を再開した。
ーーー
内側から溢れ出る生命の脈動が身体中を迸る。
無くなっていた右腕の感覚を思い出すように、記憶の紐を解きながら無い拳を握りしめる。
感覚はまだ無い。
しかし確信した。次握る時には必ずそこに感触があるのだろうと。
焦りの見えた表情を浮かべる鉄野、それはそうだろう。
もはや鉄野の攻撃は脅威ではない。
どれだけ連撃を続けようと、それが人知を超えたものであろうと、闘気を使用していない時点で攻撃として認識することすら出来ないのだ。
全てを丁寧に掴み、反撃を十倍にして返すこと出来るだろう。
攻撃を上回る回復力、再生の力。
そして拳を、握った。
確かな感触と共にーーー。
ーーー
全てが後手に回る。
たった1つ条件が加わっただけで、こんなにも歴然とした差が生まれるのか。
攻撃に感触はある、しかし、この感覚は…?
まるで惑星を殴るような感覚、大地や空間ではなく、自分よりも大きななにかを…
ーーー無謀な挑戦。
彼が、鉄野が行なっているそれは自身の力を過大評価したが故の茶番だ。
敢えて答えを出すならば、鉄野は気づいている。
プライドや好奇心、闘いに昂る感情を捨てなければ、次の一手で終わると。
ーーーやるしかない。
これは己自身に対する敗北だ。
だがそれよりも知りたくなったのだ。
アールシュ・K・サルヴィの真の実力を。
故に、彼の次手はーーー。
ーーー
心層の深部、闘気の奔流。
加速する脈動、胎動する戦闘本能。
滾る闘志、魂に木霊する勝利への渇望。
最強という言葉への、彼らなりの解答。
ーーー闘気解放。
「来いよ、勝つのは俺だ。」
完全回復したアールシュは、不敵な笑みを浮かべ、緑に煌めくオーラを揺らめきせていた。
試合は佳境へ、決着のときは近い。
感想お待ちしております