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十四話

正直言って混乱した。だがあいつが帰ってきた事に変わりはない、俺は思わず安心しそうになる。

とりあえず開けなけれ、確かめねばと、そう思ってノブに手を回そうとする。しかし…


(だけど、何で今更帰って来た? こんな時間になるまで何処に行ってたんだ?)


疑問符が浮かび、伸ばした手が震え始め、鍵を開けようとするのを躊躇した。

タカノリが帰って来たかもしれないのに開ける事を迷ったのは昨日の子供の形をしたバケモノと叔父さんからの忠告が忘れられなかったのだ。




コンコンコンコン




「おい、開けてくれよ」


タカノリだ!タカノリが帰ってきたんだ‼‼ 俺は思わず飛び上がってドアに近寄った。


「なんで、こんな時間に戻ってきたんだ? 昨日はどうしたんだ?」


「そんなことはどうでもいいだろ。さぁ、早く開けてくれ」


「タカノリだろ?俺の話も聞いてくれ!」


…おかしい。声はタカノリに間違いない。しかし、あいつはこんな喋り方だっただろうか?

違和感。一度疑いが鎌首をもたげてしまえば、本当にドアを叩いているのがタカノリなのか疑わしくなる。

俺の問いに応えず、一方的にドアを開けろと要求し、挙句の果てに徐々に口調が単調になっていく…

声の主はタカノリだ。それは間違いないのに、どうして不安がぬぐい切れないのだろう?


「おい、開けろ!開けろよ!」


「ま、待てよ…」


「開けろよ!開けろ!」



ドンドンドン!



ドアを叩く音が大きくなる。さっきは軽いノックみたいだが今は力任せに叩いている感じだ。

やっぱり何かがおかしい。直ぐにここに入れるのはどうだろうか?俺は迷った。


「待ってくれよ…お前今まで何してたんだ?」


「開けろ!開けろ!」


タカノリの声が強く、乱暴な口調になる。そしてあることに俺は気づいた。


(なんだ? この臭い…)


妙に臭う。さっきまで…正確に言えばタカノリがドアをたたき始める前までは臭いなどはしなかった。

それはさっき俺がもどしたものを更に腐らせたような悪臭だった。


ドンドンドンドンドンドンドンドンどんどんドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!


ドアを叩く音は徐々に強くなっていく。俺は恐怖で固まったまま何も出来なかった。









「開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ

 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ

 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ

 開けろ開けろ開けれ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ

 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ

 アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ

 アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ

 アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ

 アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ

 アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ

 アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ

 アケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロ――――――」









ゾッとした。思わずドアノブから手を離してしまう。

「開けろ」と連呼するタカノリの声はもはや感情を感じさせない、無感情に同じ単語を何回もリピートする壊れたレコーダーのようだった。

そこで俺は確信する。ドア一枚隔てて俺に声をかけてくる存在はタカノリの声を模してはいるが、あいつではなくもっとおぞましい何かなのだと…

そして周囲に漂う悪臭は更に、その匂いの濃度を増し、俺はたまらずまた吐きそうになった。


「う、うわああああああああああああああああぁあぁあぁぁぁっ!」


吐しゃ物ではなく本能的に絶叫が喉から飛び出した。そうでもしなければ正気を保っていられなかった。

悪夢のような異質な現実に対し理性の奥深くに眠っていた動物的な部分が大声を上げさせた。未知なる恐怖から己を鼓舞させるために。

叫んだ後に、静かになった。先ほどまでの狂騒から異なる不気味なまでの夜の静寂。

俺は暫く立ち尽くしていた。札の効果が本当なら『奴ら』は入って来れないはず。少なくともそれは叔父さんが言った。

だが、不安なものは不安だ。タカノリの声をした『あいつ』がいつ強引にドアを開けてくるのかわからないのだから…


「…」


そのまま一分、二分、五分…体感にして十分くらい、もしくはそれ以上経っただろうか? ドアからは何の音も聞こえず、静かだった。

そしていつの間にかあの汚物を凝縮したような悪臭も消えていた。まるで夢かと思わんばかりに先ほどの狂気の残滓は感じない。

音が無くなり、辺りが静寂に包まれると俺は逆に不安になった。

アレがもしタカノリだったとしたら、何か本当に切羽まって居て俺に助けを求めていたとしたら…

俺はあいつを見捨ててしまった事になる。なんていうことをしてしまったのだろう。


「タカノリ…」


俺の胸の奥には、今は恐怖の代わりに罪悪感が顔を出し始めていた。

タカノリが居なくなってしまった事の根本的な原因は俺にあるのだ。責任は取らなければならない。


「駄目…」


か細いがはっきり聞こえる声が聞こえた。俺は背後を振り返るといつの間にか古風な白い着物を着た女の子が経っていた。


「何だお前は?」


思わず乱暴な口調になってしまった。しかし今はそのことに気が回らない。

そして女の子は口を開いた。錫が響くような透き通った声が直接頭の中に響いてくるようだった。


「あの人は魅入られてしまった。だからもう戻ってこない

行かないで…今度はあなたが引きずられて行ってしまう」


この子のいっていることが理解できない。戻ってこない?タカノリが?何を言っているんだ?

タカノリはさっきまでそこに居たじゃないか!そしてあいつは俺に助けを求めていた!見捨ててしまったタカノリを今度こそ俺は助けなきゃいけないんだ!


「俺はタカノリを助けないといけないんだ。放っておいてくれ!」


「待って!あなたも…」


女の子の白い手が俺の手を掴む。ひんやりした冷たい感触はまるで氷のようだった。

そして俺はようやく気づいた。この女の子は生きた存在ではない。いや、もしかしたらあのバケモノと同じ存在なのかもしれないと。

俺は乱暴に腕を振って手を振り払った。意外と簡単に彼女は手を離してしまった。


「…どけッ!」


「ああっ…!」


「俺に触るなッ!お前もバケモノなんだろう!!」


「―――‼」


「バケモノは消えろ!俺は友達を…タカノリを迎えに行かなきゃならないんだっ…‼」


少女は悲しそうな顔をした。それに俺は罪悪感を覚えると同時に頭の片隅で何か閃いていた。

待て、何かがおかしい。さっきの状況も色々変だ、なにかがおかしい。

しかし、俺はある意味疲労した状態から冷静にものを考える事が出来なかった。

それは頭の奥底で分かっていた。わかっていた筈なのに半ば陶酔状態のままに俺はドアを開け放った。

微かな罪悪感に引きずられるような形で俺は外に出た。そして誰に教えられたわけでもなく海岸に走っていった。







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