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十三話

「そろそろ、飯にしよう。あまり腹にたまらないものを作った」


叔父さんが、缶詰のビーフンや野菜でソーミンチャンプルーを作って皿に盛り付けた。

昨日のバーベキューほどではないが香ばしく食欲をそそる臭いがログハウスの中に満ちる。

野菜主体のチャンプルーは見た目にもおいしそうにも見える。だが、俺もユースケも中々手をつける気にはなれなかった。


「食べておいた方がいい。もしかしたら長丁場になるかもしれない」


「はい…」


チャンプルーに箸をつけ食べる。味はする、しかしそれを楽しむ心のゆとりは無い。

それはそうだろう。あいつがまた来る可能性があるのだ。そうしたら今度は無事かは分からない。

だが、おぼろげに時々現れるあの少女の存在な何なのだろう? やつらの仲間なのだろうか?

色々考えているうちに食事は終わった。ラジオの音と咀嚼している音だけが響く静かな食事だった。

叔父さんは俺達が食べ終わったのを見計らうとが五枚づつ差し出してきた。濃緑色の包み紙はミント味だろう。


「それと今晩は寝るな。札の効果が本当なら安心かもしれないが、夢の中で連れて行かれる可能性がある」


「……分かりました」


「とにかく明日になれば親戚の人間が迎えを寄越す。それまで耐え忍んでくれ」


その後、俺達は一言も言葉を交わすことは無く暫くラジオの騒々しい喧騒だけがそこにあった。







「……ん?」


意識が覚める。どうやら気が滅入ってしまってウトウト船を漕いでいた様だ。

ラジオの音はいつの間にか消えている。見るとユースケも信秀叔父さんも眠っていた。

みんな疲れていたのだろう。あの事さえなければタカノリやダイキたちと一緒に今夜は海辺で釣った魚を外で焼いていたに違いない。

窓を見るとさっきまでほのかに夕焼けの面影があった空はすっかりと闇に染まっていた。

だが不気味だ、星の輝きも見えず虫達の声も、遠くの波の小波の音も聞こえない。

一体どういうことなのだろう? ここには二人の静かな寝息だけが残っていた。


ラジオを点けよう。そう思った、無音の世界の静寂に耐えられなかったのだ。

しかしいくらつまみを回してもラジオが拾ってくる音は耳障りなザーッという雑音だけで何も変化がない。

こんな事が実際にあるのだろうか?さっきまで野球の中継を拾っていたはずのラジオがすっかり沈黙している。

突然の故障。しかしそれを直す術を俺は知らなかった。そのまま机に突っ伏して眠って居たくなる。


唐突に喉が渇く、水が飲みたくなった。

さっきの食事では昨日の夜のことばかりが気になって、飲み物どころではなかったのだ。

とりあえず水道の水を飲もう。そうおもって紙コップを持ち出して蛇口を捻り一気に飲み干す。



「うっ…」



唐突に覚えた違和感。喉に何か細長いものがつっかえたようななんとも言えない異物感。


吐いた。


吐く。


吐く。


吐く。


嘔吐する。


吐き出す。


飲み込もうという気にはなれなかった。そして床にぶちまけたのを見て俺は自分の選択肢が正しい事を知った。


(なんだよ、これ…)


床にあるのは長い髪の毛だった。それもコップ一杯に納まる程度の量ではなく、長さも二の腕くらいはある。

どうしてこんなものが水道の蛇口に詰まっていたのか?それとも元からコップの中に混入していたのか?

そんな些細な検索をする余裕など、今の俺には無くただただこんな物を飲み込みかけたという不快感が体中を覆い尽くしていた。


「お、おええええっ…」


猛烈な不快感からか、俺は喉の奥に指を突っ込みかき出す様にして胃の中にあるものを吐き出そうと再びおう吐していた。

胃液と共にどろどろになった夕飯が出てくる。心の片隅で叔父さんにすまないと思った。

トイレに行くことは考えたが不快感の方が上回ってしまった。ひたすらに胃の中のものを戻したかった。


どろどろになった吐しゃ物の中にも、ほんの数本髪の毛が混じっていた。

髪の毛の心当たり、昨日海で泳いだときに溺れかかっていたときに足に巻きついていた事だ。

こんなイタズラを、ダイキはともかくユースケがやるとは思えなかった。

俺は暫く呆然とした眼差しで、自分の吐いたものから目を離せなかった。





唐突にその音が聞こえてきたのは、吐いて寝る事も出来ずに部屋で壁にもたれかかってぐったりしていた時の事だった。



コン、コン



沈黙を破るように静かなドアのノック音が玄関から聞こえてきたのは、静か過ぎる世界に耐えがたくなってきたその時だった。

反射的にそこに駆け寄ったのは何処か人の気配を感じたからだ。しかし違和感を覚える。


「…」


俺はしばらく黙ってドアの前に立っていた。さっきのは決して聞き間違いじゃないと断言できる。

暫く遅すぎる来訪者を睨みつけるように玄関で俺は仁王立ちになる。

対して、ドアの向こうの何かの『気配』は静かにこちらの様子を覗っているようだった。

昨日の子供のバケモノとはまた違った、何らかの意思を感じる。

しかし、ドア越しから漂ってくる気配はあいつにそっくりだった。空気が一気に重たく、冷たくなるような悪寒が走る。

夜の世界に住まう闇の住人たちが纏う気配…人ならざる異界の物が俺を待ち受けているのか?

しかし、次に聞こえた声は意外過ぎて…それでいて聞きなれたものだった。なぜなら――――


「俺だ、今帰ったから開けてくれ」


(タカノリ…ッ?)


信じられなかった。なぜなら向こう側から響いてくる声の主というのは――――――

ドアから聞こえたのは居なくなったはずのタカノリの声だったんだ。

俺はごくりと唾を飲み込んだ…どうする?ドアを開けるのか?そして『タカノリ』を中に入れるのか?

しばらくタカノリの声とノックの音が玄関に響く中、俺はただただ立ち尽くしてしまっていた。


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