研究棟
ここは霞ヶ関にある『寄生虫対策局』。三つのビルがコの字型に並んでおり、それぞれ総合棟、訓練棟、研究棟というように分かれている。在原たち、『狩人』は戦闘員なので、主に訓練棟に入り浸ることになる。総合棟は会議などで使われるが、普通は事務局員が使っている。研究棟は寄生虫研究員しか立ち入ることはできず、在原も今まで入ったことはない。出入りする人間も滅多にいないため、「研究棟は幽霊が出る」などとまことしやかに噂が流れる始末である。
在原は階段を駆け上がって会議室へと向かった。在原はエレベーターを使わない。脚の筋肉をつけるためというのもあるが、自分のためだけにわざわざ電気を使ってもらってエレベーターを呼ぶのは気が引けるのだ。
8階分の階段を登り終わって会議室につくと、そこには既に先客がいた。
「お、おはよう…ふわぁ…」
「おはようございます、倉内さん」
大きなあくびをしている中肉中背の男性、彼は倉内 元永。在原の先輩にあたる。
ひとしきりあくびをし終わると、倉内は大きな丸っこい目で在原をちらりと見上げた。
「今日はきみも報告するんだっけ?どうよ進捗は」
「可もなく不可もなく、といった感じですね。特定はできませんでしたがかなり絞り込めました」
「いいねぇ在原くんみたいなやる気のある優秀な部下がいると…水口にも見習って欲しいもんだ」
隣の空席をやれやれ、といった様子で眺めながらいう。そんなことないですよと、在原は謙遜した。水口義龍は倉内の直属の部下で、在原とは同期である。水田には遅刻癖があり、倉内はそれをいつも疎ましく思っていた。
ドアが開いて、眼鏡をかけた痩身長軀の男とがっちりした頭部の少し寂しそうな男、たれ目の小さな女が入ってきた。
「おはようございます、柳川さん、吉元さん、栗原さん」
「おはよう」
「おはようございます、在原くん」
背の高い男が会釈する。彼は柳川武雄曹長、在原の班のリーダーであるため、柳川班と呼ばれている。
筋肉質な方は吉元玄、女性は栗原七翠。いずれも在原の先輩である。在原は去年訓練学校を卒業したばかりなので、この中では一番後輩なのだ。
もう定刻ぎりぎりではあるが、まだ二席、在原の両隣が空いている。倉内が落ち着かない様子で机を指で叩き始めた瞬間、ドアがバターンと開いて若い男が転がり込んできた。
「遅れてすみません!!あっセーフ?セーフですか?」
「アウトだよ、水口くん」
溜息混じりに倉内が答える。水口はぺこぺことお辞儀をしながら在原の左隣に腰掛けた。結局在原の右隣は空席のまま報告会が始まってしまった。
「それでは定刻となったので会議を始める。まずは在原くん、報告してもらおうか」
「はい。旧渋谷大暴動の残党の件ですが、前回の会議で挙げた十名のうち三名特に疑いの高い人物が絞り込めました。1番、3番、8番です。彼らに関しましてはこれからも引き続き捜査を行い、確定次第駆除に取り掛かる方針です。また……」
淡々と在原は資料を読み上げていく。それをじっと観察していた柳川が呟いた。
「さすがは主席だな、一年でここまでの結果を出すとは。しかもシングルで」
「やはり彼にしますか」
吉元がそっと訊ねる。柳川は小さく頷いた。
「ああ。研究者に会わせてみよう。彼女が気に入ってくれるといいのだが」
会議終了後、資料を整えている在原を柳川が呼び止めた。
「在原、この後少し一緒に来てくれるか」
「はい」
相変わらず表情の変わらないやつだ。一体笑うことがあるのか柳川は不思議に思った。
「すまんな、突然呼び出すようなことになってしまった」
「いえ、今日は予定もありませんので」
在原は首を振り、
「私達はどこへ向かっているのですか」
と尋ねた。2人はすでに総合棟をでて、棟の間の広場についていた。音を立てて流れる噴水が、曇り空に寒々しい。
「研究棟だ」
在原はさすがに驚いた。立入禁止の場所に、一介の戦闘員である僕が向かう?
「そんな所に私がついていってよろしいのでしょうか」
「在原を研究者に紹介するんだ。おそらくいくつか身体能力テストをされるだろうが簡単なものだから心配しなくていい」
「…わかりました」
それきり柳川は黙ってしまった。緊張しているようにも見えた。
黙々と歩いていた柳川が立ち止まった。
「さあ、ここが研究棟だ」
横に広い真っ白な建物には窓がほとんどなく、近寄り難い雰囲気を醸し出している。玄関はガラス張りだが、中が暗くてよく見えない。サツキの植え込みに、『寄生虫対策局 研究棟』と記された看板が出ていた。確かに幽霊が出てもおかしくないなと、在原は思った。
柳川はずんずん中へ入っていく。在原もドアを開けて研究棟の内部に足を踏み入れた。
いそがしいです。




