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プロローグ



「死にたいと思ったことはありますか?」



机上のうざったらしい紙が聞いてくる。

確かに思ったことはある。けど、ここで正直に答える必要は無いな。


俺は「いいえ」にやる気のない丸を書きつける。


時計を見る。解放の時間にはまだ少し遠い。

脇を見れば大半の生徒が紙を裏返して暇そうにしている。

こんなにも時間取る必要あるのだろうか。


不貞腐れながらも視線を机上に戻す。

紙が透けて、さっきの質問がまた視界に入る。


「死にたいと思ったことはありますか?」


ああ、あったよ。たくさんあった。

五歳のときに親が離婚して、広くて暗い一軒家で顔も合わせない母親と二人暮らしになったあの日から、ずっとそんなことばかりだった。


保育園の頃、いつも迎えが来るのが最後だった時。


小学生の頃、家庭の味をまとめる宿題で冷凍食品のハンバーグを描くしかなかった時。


中学生の頃、親友の目指している名門私立に入るために猛勉強したが、そもそも受験を許されなかった時。


「ただいま」を言ってみても当たり前に何も帰ってこなかった時、、、

いや、これは別に死にたくはならなかったな。試しちゃった自分が恥ずかくなっただけだ。それに保育園の頃に「死にたい」は誇張表現だな。


ともかく、俺の生まれは良いといえるようなものでは無かった。



でも、今も死にたいかと聞かれたら答えは「いいえ」だ。

むしろ、生きたいと思っている。なんなら、未来に希望を持っている。と言ってもよい。


なぜなら、友人に恵まれたからだ。

俺が私立に行けないと知るや、ずっと目指していたはずの私立を捨てて公立についてきてくれた中学からの親友。

俺が誕生日に家で祝われないことを知ったら、わざわざパーティを企画してくれた高校での友人達。

俺がカギを忘れて家に入れなかった時に、わざわざ近くの公園にテントを持ってきてくれた奴もいた。



数は多くないけど、俺の大切な財産だ。


そして、もう一つ。俺の人生を彩る要素がある。



キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴った。今日は鐘が鳴ったらすぐに放課後の日。

みんなぞろぞろと席を立ちあがる。


俺はさっきまで向き合っていた紙と、もう支度を済ませてあるカバンをひっつかんで、席を飛び出る。

紙は教卓に置いて、教室の扉を開け、体を滑り込ませる。



「ユージ!どこ行くんだよ!今日カラオケ行こうぜ!」

親友の声が聞こえる。



「ごめん!今日は“アレ”の新刊だからさ!」



「お前本当に漫画好きだなぁ。楽しんで来いよ!」という親友の声を背に、俺は帰宅部の全力を発揮する。



校門を飛び出し、いつもとは反対の方向へ走り出す。


そう、俺のもう一つの生き甲斐は「小説漫画アニメ」。

典型的なオタク趣味ってやつだ。


ジャンルは問わない。最近のマイブームは異世界系。やはり非日常は良い。

こういう空想の創作物は、日々の生活に彩りを与えてくれる。

もし日常に少し疲れたと感じたなら、夢の世界に簡単に逃げ込める。


この時代に生まれてよかったと、心の底から思う。



そして、今日は、連載開始からずっと追い続けている「雑食系女子の田貫さん」の17巻発売日だ。

「ザツタヌ」は、恋愛系だったのが途中からバトル物に路線変更しているのに面白いんだよなぁ。筆者の妙技だ。

息が上がってきたので、進む足を緩めつつスマホで新刊の情報を確かめる。


「今回はいよいよ、オーストラリアから主人公が返ってくるんだよなぁ」


誰もいない歩道でぶつぶつ呟く。傍から見れば完全に不審者だ。

しかし、爆速学校離脱を成功させた俺にとっては、この時間の通学路はプライベートルートだ。




見えた。書店の看板だ。 あの無駄にデカい看板は、広い道路沿いっていう立地をフル活用するためのやつだろう。

我がエデンは、その道路を挟んだ向こう側。ついにここまで来た。


信号の前に立ち、赤のうちに呼吸を落ち着ける。


あーくそっ。こういう時の赤信号ってなんで毎回長いんだ。

煩わしいことこの上ないが、道路交通法を破るほどモラルが無い人間には育っていない。


落ち着いてスマホを取り出す。スマホを触っていれば大抵の時間はスキップできるのだ。


全く、、車が通っていない時は歩道側を青にする装置とかつけてくれないかな。



ん?



車が通っていない?


スマホに向けようとした視線を引き戻す。


右車線も左車線も一台も走っていない。


いやいやいや、そんなわけないだろ。 平日とはいえ、一応国道だぞ。


通行車ゼロなんて有り得ない。


道路の奥を見渡すも、車の影も形もない。


いや、それ以前に人の気が無さすぎる。




変な汗が噴き出てくる。




何だ。何が起こってる?



今日は何かのイベント日だったりするのか?


それで、どこかに人が固まっている。みたいな、、、



スマホを慌てて叩く。


イベント情報か何かを調べたかった。


けれどスマホが反応しない。というより画面が動かない。さっき開いていた画面でフリーズしている。




冷や汗が頬を伝う。


明らかにおかしい。




な、なんだろう、気づかないうちに地震でも起きて、近隣に避難勧告でも出ていたのかな、、



焦る頭を落ち着けようとなんとなく空を見上げた。





カラスが飛んでいた。



いや、止まっていた。



羽ばたいた姿勢のままで空に張り付いている。




、、、、、




「ゆ、夢か!夢見ているのかも。」

思わず口から声が出る。



汗で濡れた頬をつねる。




痛い。




もっと強くつねった。




痛みは強くなった。




これ、、駄目なやつかも。



そう直感した。





次の瞬間。世界が真っ白に光った。


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