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未完成のまま― 最適解に選ばれなかった僕たちへ ―  作者: はるねこ


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第27話 指先の記憶

巨大な腕が、振り下ろされる。

ミナは動けない。

視界いっぱいに広がる、黒い質量。

避けられない。

分かっているのに、身体はもう言うことをきかなかった。

そのまま――叩き潰される。


はずだった。

軌道が、逸れる。


ミナ「……っ?」


不自然だった。

あまりにも、大きく。


叩きつけられた衝撃が地面を砕き、破片と土煙がミナのすぐ横に跳ね上がる。

頬に熱い砂が当たる。

それでも、自分の身体には当たっていない。

何が起きたのか、理解が追いつかない。

ただ。

その前に――

一人、立っていた。


ユリカ。


ミナの目の前に、細い背中で。


ユリカ「……大丈……夫?」


短く。

たったそれだけを言うつもりだった。

けれど。

言葉が途中で止まる。


目が合った。

ミナの瞳が、大きく揺れている。

怯えと、痛みと、戸惑い。

なのにその奥に、どうしてか知っている色があった。

見たことがあるはずのない顔。

それなのに、見間違えるはずのない目。


ユリカ「……え……?」


胸の奥で、何かがひび割れる。

頭の奥で長いあいだ閉ざされていた扉が――内側から無理やりこじ開けられていく。

視界が揺れる。

音が遠のく。



白い天井。

ゆっくり揺れる、色あせたモビール。

小さな部屋の真ん中に、二つ並んだベビーベッド。

そこに、同じ顔が二つ。


片方が泣けば、もう片方もつられて泣く。

片方が笑えば、もう片方も同じように笑う。

片方が手を伸ばせば、もう片方も、何も分からないまま同じ方向へ手を伸ばす。

鏡みたいだ、と誰かが笑っていた。


笑い声が重なる。

泣き声が重なる。

小さな命が二つ、最初からひとつのリズムで鼓動している。


ユリカと、ミナ。


まだ言葉も知らないのに、ずっと前から互いを知っていたみたいに。


少し大きくなった頃も、二人はいつも一緒だった。

朝、目を覚ます時間も近かった。

ミナが先に起きれば、ユリカの頬を小さな手でぺちぺち叩く。

ユリカが先に起きれば、眠っているミナの髪を指でいじって遊ぶ。


同じ皿からお菓子を取って。

同じ絵本を取り合って。

同じぬいぐるみを真ん中に置いて眠る。


片方が転べば、片方も泣く。

片方が笑えば、片方も笑う。

別々なのに、半分ずつみたいだった。


ある日。

窓から強い夕日が差し込む部屋で、二人は床に座って積み木をしていた。


ミナ「見て、おねえちゃん。おうち」


少し歪んだ積み木の塔。

屋根のつもりらしい三角の木片がぐらぐらしている。


ユリカ「すごい。じゃあ、こっちは私のおうち」


負けじと積む。

でも途中で崩れる。

ミナがくすくす笑う。


ユリカ「笑ったなー」


ミナ「だって、おねえちゃんへた!」


ユリカ「へたじゃないし!」


言い返して、二人で笑う。

その頃にはもう、ユリカはなんとなく“お姉ちゃん”だった。

ミナが困っていたら先に気づいて、泣きそうなら隣に行って、自分も怖いくせに「大丈夫」と言った。

それが当たり前だった。


夜。

小さな布団が二つ並んでいる。

電気は消えていて、廊下の明かりだけが、襖の隙間から細く差し込んでいた。

眠る前。

二人は声を潜めて話していた。


ミナ「ねぇ、おねえちゃん」


ユリカ「んー?」


ミナ「私たち、明日もずっと一緒だよね?」


その問いに、ユリカは一瞬も迷わなかった。


ユリカ「うん。ずっと一緒」


ミナ「ほんとに?」


ユリカ「ほんと」


ミナは安心したように笑って、小さな小指を差し出した。


ミナ「じゃあ、ゆびきり」


ユリカ「いいよ」


細い指と指が絡む。


ミナ・ユリカ「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます」


幼い声がひそやかに重なる。

約束。

その意味の重さなんて、まだ知らなかった。

ただ、疑いもしなかった。

明日も。

明後日も。

この先もずっと、同じ朝が来るんだと。


けれど。

壊れる時は、本当に一瞬だった。

最初は、怒鳴り声だった。

聞いたことのない、大人の大きな声。

次に、何かが割れる音。

食器か、花瓶か。

幼い二人には分からない。


重たい沈黙。

押し潰すような空気。

そのあとに聞こえたのは、泣き声だった。

子どものものじゃない。

大人の泣き声。

二人は部屋の隅で、身を寄せ合っていた。


ミナ「……こわい」


ユリカ「……うん」


本当はユリカも怖かった。

何が起きているのか分からなかったし、今すぐ泣き出したかった。

けれど、ミナが震えていたから。

ユリカはその小さな身体を抱き寄せた。


ユリカ「大丈夫」


震える声で、そう言う。


ミナ「ほんと……?」


ユリカ「私がいるから」


その言葉だけが、その夜の二人を繋いでいた。

ミナは泣きながらも、小さく頷いた。

ユリカの服をぎゅっと掴んで、離さなかった。



それから、家の空気は少しずつ変わっていった。

笑い声が減った。

食卓の会話が減った。

廊下を歩く足音が、前より重くなった。

二人はまだ幼くて、理由なんて分からなかった。

けれど、“何かが壊れている”ことだけは感じ取っていた。


ある昼下がり。

ミナは描いた絵を持って、居間へ走っていった。


ミナ「見て! おねえちゃんと私!」


紙には、丸い顔が二つ。

手を繋いで、にこにこ笑っている。

けれど。

それを見た大人は、一瞬だけ言葉を失った。

次に浮かんだ表情は、困ったような、苦しそうなものだった。

ミナは分からず、首を傾げる。

ユリカは、その空気だけで嫌な予感がした。


その夜。

ミナが眠ったあとで、

ユリカは廊下越しに大人たちの話し声を聞いた。


「このままでは……」

「二人ともは無理だ」

「せめて、別々に……」


意味は分からない。

でも、“二人”という言葉だけが耳に残った。

胸がざわついた。

理由なんてない。

なのに、ものすごく怖かった。


布団に戻ると、ミナが寝返りを打ってユリカの腕に触れた。

その温もりに、少しだけ安心した。

明日になれば、またいつも通りだと思いたかった。


でも。

決定的な日は、来た。

冷たい朝だった。

部屋には知らない大人がいた。

黒い服。

硬い声。

感情のない顔。


大人たちが向かい合っている。

机の上には、紙が何枚も置かれていた。

ユリカとミナは並んで座らされていたけれど、空気がいつもと違いすぎて、声も出せない。

やがて、誰かが言った。


「この子は、私が引き取る」


別の誰かが、淡々と続ける。


「じゃあ、この子は俺が」


それだけだった。

あまりにも簡単に。

あまりにも事務的に。

二人の未来が、切り分けられる。


ユリカ「……?」


ミナ「……?」


意味が分からない。

でも、“離される”。

そのことだけは、本能みたいに分かった。

ユリカは反射的にミナの手を握った。

ぎゅっと。

爪が食い込むくらい強く。


ミナも、同じ強さで握り返す。

離れたくない。

行きたくない。

嫌だ。

その気持ちだけが、言葉になる前に二人の手にこもっていた。


次の瞬間。

大人の手が、その手を引き剥がしにくる。


ユリカ「……やだ」


小さい声だった。

でも、次には叫んでいた。


ユリカ「やだ!!」


ミナ「やだぁ……!!」


二人の声が重なる。

初めて、違う方向に引かれる。


ユリカ「ミナ!!」


ミナ「おねえちゃん!!」


手が離れる。

その一瞬、指先だけが最後まで触れていた。

爪先。

肌の熱。

震え。

それも、途切れる。

完全に引き裂かれる。


ミナの身体が遠ざかる。

ユリカは必死に手を伸ばす。

届かない。

どれだけ伸ばしても。

どれだけ泣いても。

もう、届かない。


ユリカ「……ミナぁ!!」


ミナ「おねえちゃぁん!!」


涙で何も見えない。

それでも、お互いを探す。

声が遠くなる。

姿が小さくなる。

最後に見えたのは、泣きながら必死に手を伸ばす“もう一人の自分”だった。


その日を境に、二人は別々の人生を歩いた。

一人っ子として。

最初からそうだったみたいに。

周囲は何も教えなかった。

記録も残らなかった。

写真も消えていた。

けれど。

完全には消えなかった。


ユリカは時々、夢を見る。

知らない部屋。

知らない匂い。

そして、自分と同じ顔の少女。

その子は笑っていて、隣に座っていて、何かを話しているのに、声だけが聞こえない。

呼ぼうとする。

でも、名前が出てこない。

分からない。

なのに、泣きたくなる。

目を覚ますと、枕が濡れている。

理由は分からない。

ただ、胸の真ん中に穴が空いたみたいに痛い。


ミナも同じだった。

ふとした瞬間に、誰かの気配を探してしまう。

おもちゃを二つ並べてから、どうして一つ多いんだろうと自分で首を傾げる。

鏡を見るたび、自分ではない“誰か”を思い出しそうになる。


風の強い日。

雨の日。

眠る前の静かな時間。

理由もなく寂しくなるたび、心のどこかで、誰かを呼んでいた。

名前も知らないまま。


二人は知らなかった。

本当は、ずっと“一人”ではなかったことを。


記憶は閉ざされ。

記録は消され。

写真も残らない。


それでも。

心だけが覚えていた。

魂だけが覚えていた。

自分と同じ鼓動を持つ、たった一人の存在を。


そして今。

それが、全部繋がる。



崩れた戦場。

血の匂い。

焦げた空気。


ミナが、かすかに息をする。

その前に、ユリカが立っている。

震えている。

恐怖じゃない。

怒りでもない。

もっと深い。

失ったはずのものを、ようやくこの手に取り戻した実感。


ユリカ「……ミナ」


その名前を、噛みしめるように呼ぶ。


ミナ「……おねえ……ちゃん……」


掠れた声。

それでも確かに、その呼び方は胸の奥まで届いた。

涙が、こぼれる。

その瞬間。

ユリカの瞳が変わる。

静かに。

深く。

底が見えないほどに。


ユリカ「……もう」


一歩、前へ。

巨大なAIを見上げる。


ユリカ「二度と――」


空間が歪む。

思考が流れ込む。

感覚がずれる。

世界そのものへの“干渉”が始まる。


ユリカ「奪わせない」


その一言と同時に。


覚醒条件(システムコード)


《妹を失う未来、その全てを否定する》


――達成(オーソライズ)


制限解除(アンロック)


目に見えない何かが、空間そのものを押し広げる。

AIの動きが、不自然に止まる。


《――干渉検知》


ユリカの周囲で空間が揺れる。

まるで、その意思に従っているみたいに。

AIが再び腕を振り上げる。


ユリカ「触れるな」


たった、それだけ。

けれど、その言葉は“音”じゃなかった。

命令だ。

世界の認識そのものへ叩きつける、絶対の否定。

AIの腕が止まる。

物理的にではない。

“そうする”という認識ごと、止められている。


《異常発生》


同時に。

ミナの目が開く。

視界に映るのは、ユリカの背中。

ずっと、見たかったもの。

ずっと、会いたかった相手。


ミナ「……おねえちゃん……」


胸の奥で、何かが弾ける。

守られているだけじゃない。

守りたい。

今度は、自分が。

絶対に離したくない。


ミナ「……私も……」


震える手を地面につく。

風が吹く。

いや。

生まれる。


ミナ「……守る!」


覚醒条件(システムコード)


《この風で、姉という存在を絶対に離さない》


――達成(オーソライズ)


制限解除(アンロック)


風が爆ぜる。

空気が裂け、渦を巻き、

ユリカの周囲へ一気に集束する。

精神と風。

見えない干渉と、可視の流れ。

二人の力が重なる。


ミナ「おねえちゃん!」


ユリカ「ミナ、行くよ!」


もう、言葉はいらない。

同じ記憶。

同じ喪失。

同じ願い。

二人が同時に踏み込む。

世界が、二人を中心に揺れた。

To be continued…

第28話 双舞の終幕

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