ep.10 誅伐
「……。」
「……。」
「……先輩……」
「……言うな……」
「これホラー映画の導入……」
「言うなってば!」
「うえええん玄関の方向わかりますか~」
「大丈夫! おぼえてる!」
半泣きどころか四捨五入でいえばほぼ泣いてる状態で先輩の後をついていく。暗い。めちゃくちゃ怖い。進む先が見えないとやっぱりとんでもなく怖い。先輩も恐怖に耐えかねてか俺に無茶ぶりをしてくる。
「静かになるな! ユキっち、なんか歌って!」
「い、行きはよいよい、帰りはこわい~」
「馬鹿! もっと怖くしてどうすんの!」
「先輩が無理言うから~」
ぎゃあぎゃあ騒ぎあって玄関へそろりそろりと向かって行く。それにしても廊下が長い。こんなに長かっただろうか。暗闇に目が慣れていないので余計にそう感じるのかもしれないが、ギシギシと鳴る廊下がいつまでもたっても終わらない。
「……。」
「……。」
「先輩……」
「なんだよもお……」
「廊下長くないですか……」
「言うなってえ……もう少ししたら玄関に着くってえ……」
「永遠に着かないんですが……」
「泣きたくなってきた……」
「俺なんかもう泣いてますよ……」
「いい大人なんだから威張るなよ……」
「この廊下、五十メートルくらいある……」
「あるよなあ……」
「もう一人増えてたらどうしよう……」
「……。」
剱地先輩が諦めたように息を吐いて立ち止まる。スーツのポケットから何かを取り出して手の中で着火音をさせた。赤い火が灯る。ライターだ。
しかも次の瞬間、ボッと周囲から何かが弾け飛んだ音がした。
驚いて咄嗟に先輩のスーツを掴んでしまう。やば。怒られる。慌てて手を離したが掴んだことには特に言及されなかった。やさしい。
先輩が周囲をぐるりと見渡す。
「なんか飛んでったわ……」
「なんかってなんですか……」
「見鬼のオマエがわからんのに俺がわかるか。たぶん浮遊霊じゃないかな。これ局長のライターだし」
「局長、タバコ吸うんですね。似合うだろうなあ」
「そうなんじゃないの、見たことないけど。これも今朝、急に俺の机の上に置いてあったから使わせてもらったの」
「へえ……」
「しっかし点火だけで浮遊霊ぶっ飛ばすとか相変わらずスゲーねあの人」
「そんな事できるもんなんですか……?」
「ヤレるんだよなあ、あの人。オマエも結構いい感じよ」
「へえ?」
「俺達以外の存在に気づいてるじゃん」
「いや、今のは物の例えっていうか……」
「そういうのは気づいてないと言わないもんだから」
「そう……なんですかね……」
「次も気づいたらすぐ言って」
「わ、わかりました!」
初仕事で成果を上げたので意気込んでしまう。
ライターを着けたままゆっくり進んでいくが玄関は一向に現れない。あきらかにおかしい。
緊張でゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込む。何か見えたらできるだけ早く先輩に伝えたくて全神経を集中させる。
「……。」
耳鳴りがする。
背後の暗闇の中で何かが動いた。
「先輩、後ろッッ!!」
叫んだ瞬間、強い力で押しのけられる。
先輩が俺をかばうように前へ踊り出たのだ。
唯一の光源であるライターの明かりが消える。
真っ暗闇になったその瞬間、視界を眩い光が横切った。
雷のような青白い色が先輩の手の中から現れ、頬を切り裂くような風が吹きあがる。
やけに長い影が壁に映っている気がするが明滅する光と旋風でよく見えない。
「―――【誅伐】」
低い声の呟き。
途端に、風と光が止んだ。
何がなんだか分からない。あと、暗すぎる。ライターはどこだ。
「……先輩……」
「ライターはオマエの後ろ」
「あ、あった……」
真っ暗な中でもゴールドの光がぼんやり浮かび上がっている。助かった。
実は生まれて初めてライターを使うんだけど、使い方が分からないとか泣き言を言ってる場合じゃない。蓋を開けてうっすらとした記憶の中の動作を繰り返すと奇跡的に着火できた。
先輩の、片膝をついた背中が見える。
やっぱり何か長い物を持っていた。見間違いではなかったようだ。
「せんぱ、……いっ!?」
少しずつ近づいていったら声がひっくり返った。
剱地先輩は、その名のとおり剣を持っていた。持つというか両手で床に突き刺している。日本刀のように反りがない、まっすぐな刃。
ライターの光を反射して金色に発光しているように見えて自然と身体が震えた。
まるで歴史の教科書に載っていた写真のような……。
「ど、どうしたんですかそれ……」
「……その火をコイツに近づけて」
「コイツ……」
言われるがまま先輩の手から伸びる剣の先を火で照らす。
「……ヒッ!?」
切っ先には異形の物が床で貫かれ動かなくなっていた。
肌色の、皺の多い、肉の塊。
なんとなく耳のように見えたけど裂けていたから実際の形は分からない。
「なんですか、これ……」
「俺らにまとわりついてた怪異の正体」
「……。」
「お手柄よ、ユキっち。よくこんな小さいの気づいたねえ~」
「背後からだったから景子さんが教えてくれたのかも……」
「あ、もうちょっと近づけてみて」
「はい……」
言われるがままライターの火を近づける。初めて間近で見る怪異の正体に内心慄いているので炎が揺らぐ。陽炎のような赤い光。
「えっ」
「ワオ」
ボッという音と共に肉の塊が燃え上がった。剣に貫かれていた肉塊は火のついた枯れ葉のように呆気なく消えてしまう。
「火が燃え移った……?」
「いや、たぶん局長の力が強すぎて燃えちゃったみたい。そのライター自体が強い護符みたいなもんだわ。いや、局長太っ腹~……」
「えっ? えっ?」
意味がわからず混乱していると先輩が剣を床から引き抜く。やっぱり古代の剣のように見える。でも教科書に載っていた写真の剣は緑青の色でこんな風に金色に輝いていない。やはり別物なんだろうか。
「オマエが心配でめちゃくちゃ効果のあるお守り持たせたってこと。マジであの人にとったら破格の扱いだわ」
「そうなんですか……?」
「自覚ないの、大たらし」
「大たらしって……」
もの凄い言われように渋面を作っていたが、それよりも気になることがあった。
「……その剣、どこから出したんですか……?」
「わかんない」
「えっ」
「俺が出て欲しい時に、いつも急に降ってくるの」
「手品です?」
「たぶん……?」
「そんな馬鹿な」
誰がどう見たってそれは古代の剣だ。空から降ってくるような代物じゃない。
「聞かれてもマジで分かんないよ。どんな原理なのか俺も謎だから。謎でも使えるし」
「怖くないんですか……」
「飛行機だって原理を理解してなくても乗れるじゃん?」
「絶対そんなレベルじゃない……」
いつもの言い合いをしていると急にゾクリと背筋を悪寒が走った。
慌てて廊下の奥をライターの炎で照らす。先輩が一歩前に出た。
闇の一部分が剥がれ落ちたようにそこだけ揺れている。気味の悪い光景だった。何度見ても見慣れない。
ゆっくりと女性の姿が浮かび上がっていく。
(……赤……赤色が見える……)
何故か俺の脳裏に赤色が閃く。どうしてだろう、目の前は真っ暗なのに。
「……先輩……」
「何、次が来た?」
「はい……女性です……」
「女……?」
「先輩は女の人って……切れます……?」
「無理」
「ひえー」
女の人が大好きで女性と見れば喜び勇んでデレデレと話しかけにいく先輩に女性の敵が現れた。絶対絶命だ。ドロリとした暗闇の中から滴り落ちるように女性が姿を形作る。
俺達の間に緊張が走った。
しかし。
『天雲をほろに踏みあだし鳴る神も今日にまさりて畏けめやも』
女性はそう呟くと跪いた。
『貴方様に下ります。どうかお力をお貸しください……』
予想外のことに二人揃ってポカンと口を開けながらその様子を見ていたのだ。
「返してきなさい」
「そんな殺生な」
「変なのがついてきても絶対断るように、って言ったよね?」
「はい……」
「ユキっち、そんな注意されてたの……?」
「君もだよ、剱地君。先輩である君が何をのこのこ連れて来てるの」
「連れて来たんじゃないっスよ。向こうから投降してきたんス」
「まさか美人な女性だから討てなかったって言うんじゃないだろうね?」
「ぴゅ~るり~ぴゅ~るりらら~」
「口笛は止めるんだ」
「はい……」
オスクニビルの裏側で俺達は頭垂れながら局長の説教を聞く羽目になった。日光の当たらない裏側なためか薄暗くて怪異も存在できる。存在できるというか普通に俺達の後ろで控えていた。
いつもはそこそこ人通りのあるはずの裏道も、何故か今は人っ子一人通らない。そんな所で俺達三人と幽霊一人が立ち尽くしている。
まさかまさかの展開なのだが、彼女は『神夏磯邸』の元住人で『神夏磯緋女』だと名乗った。調べたところ彼女の両親はすでに亡くなっていたが彼女は現在も行方不明らしい。
「たぶんなんスけどお、予想なんスけどお、あの家に彼女の体がまだあるんじゃないかなあって……」
「死体遺棄か」
「んであの怪異が隠してるんじゃないかなあ、って……」
「十中八九そうだろうね」
物騒な会話を隣で聞きながら鳥肌を立てる。死体を隠し持ってる怪異ってなんだ。まさしく怪談そのものじゃないか。自分がいた場所にそんな惨劇があったなんて寒気が止まらない。
「だけど当然ビルには入れられないよ。むしろ八層結界で吹き飛ばされるだろうしね」
「ですよね~」
「『神夏磯邸』から依代を持ってくれば封じ込められたかもしれないけど」
「あ~……そっか……」
局長と先輩の会話に聞き覚えのない単語があったので聞いてみた。
「よりしろ、って何ですか?」
「神霊が寄り着く代物って意味かな。鳥でいえば止まり木みたいなものさ」
「『神夏磯邸』の物じゃないと駄目なものなんです?」
「縁がある方がうまく固定できるんだ。幽霊は形がないからね。形のないものに形を与えることだから」
「……俺の背中に乗せたら駄目ですか?」
「……何だって?」
「……ハア?」
二人が目を丸くして俺を見ている。
目力が強過ぎてちょっと怖気づきそうになったけど、もう一度提案してみる。
「俺の背中に乗せられないかな、って思ったんです。いつも景子さんを背負ってるし」
「……本気で言ってるのかい?」
「えええ~、オマエは危機意識っつーもんを親の腹に忘れて生まれてきたわけ? どうやったらそんな発想になんの?」
「あの、その、彼女はそんなに強い幽霊っぽく見えないので、あまり日の当たる場所に長時間置いておくのはどうかなって思って……」
「ユキっち、幽霊はアイスじゃないんだから」
「先輩だって幽霊は主成分は水分だって言ってたじゃないですか」
「主成分じゃなくてさ~……」
「君はさっき会ったばかりの正体がよく分からないものを背負う気なのかい?」
針のように鋭利な一言だった。
見上げると局長の目が氷よりも冷え切っていてさっきとは別の意味の悪寒が走る。彼は紛れもなく心の底から怒っていた。
「安直だとは思ったんですけど……彼女から悪い気配は感じないですし……」
「駄目だよ。上司としても許可できない。最悪の結果になったらどうするんだ」
「景子さんに協力してもらえば大丈夫だと思うんです……」
「僕が駄目と言ったら駄目だよ。聞き分けなさい」
「でも局長、景子さんがやる気なんです……」
「……、えっ!?」
俺の言葉に局長が一拍遅れて反応する。
次の瞬間、俺の肩にほっそりして白い手が置かれた。
「あっ」
「景子さん!?」
「うわー……」
ズルリ、と違和感があってから背中から何かが抜け出てくる。ビルの影になっているとはいえ、まだ昼日中だというのに白無垢姿の景子さんが現れた。
いつもより周囲に白い花びらが飛んでいるような気がする。白だけじゃなく淡い黄色や紫色の花も見えてあまりに幻想的な光景で目を細めた。
こうして並ぶと景子さんと神夏磯緋女の違いは明白だ。景子さんはほとんど人間のような存在感を持っているが、神夏磯緋女は透けて背後が見えてしまっている。景子さんの気配に今にも搔き消されてしまいそうだった。
局長が大きく溜息を吐いて額を押さえる。いかにも頭が痛いといった風情にちょっと申し訳なくなる。体調を崩させたい訳じゃないんだけど。
「局長……」
「仕方ないね……」
「ありがとうございます、やってみます!」
「もし駄目ならすぐに燃やすよ」
「はい!」
嬉しさのあまり元気に返事して笑いかけると、子どもに向けるような苦笑をされた。それでもやっぱり嬉しくて、気合いを入れる。
「景子さん、神夏磯緋女を俺が背負うから何とかできない?」
問いかけると景子さんは小さく頷き、神夏磯緋女の元へふんわりと近寄った。神夏磯緋女はずっと俯いて控えていたが、景子さんが近づくと流石に動揺したのか輪郭が少しだけブレる。
固唾を飲んで見守っていると景子さんが白無垢の襟をふわりと広げた。神夏磯緋女の目の前に落ちた裾を何も言わず両手で持つと額をつける。途端に彼女の姿が煙のように搔き消えた。
「えっ、何今の」
「景子さんの裾が……」
「……。」
神夏磯緋女が触れた部分がじわじわと血のように赤く染まっていく。気がつくと白無垢は鮮やかな赤色に変わってしまったのだ。
「これって赤無垢になんの?」
「剱地君、赤無垢の婚礼衣装もちゃんと存在するよ」
「えっ、マジで」
「打掛の白色が白無垢、色付きが色打掛だね」
「初知り~……」
局長、何でそんなこと知ってるんだろう……と謎に思いつつも、いつもとは違う景子さんの姿が新鮮で顔が勝手に綻んでしまう。
「凄く綺麗だよ、景子さん」
「ユキっち、顔が溶けてる」
「いつもの白も良いけど赤も似合うね」
「デレデレじゃん」
「体に変な所はない?」
景子さんが頬をぽおっと染めながら頷く。俺に褒められたことが嬉しかったらしい。
「良かった。局長、景子さんは大丈夫そうです」
「君が背負っても大丈夫かが問題なんだけどね」
「あ、そうか。景子さん、おいで」
ふわりふわりと花を散らして景子さんが俺の背に戻る。やっぱり普段よりも花が多い気がする。
背中の定位置に消えたので自分の肩を念のために触ってみたり、首をグルリと回してみたりした。
「大丈夫です」
「そう……」
局長から感じていた熱のようなものがフッと消えてなくなる。本当に何かあったら神夏磯緋女を燃やすつもりだったらしい。その時、俺はともかく景子さんは無事だったんだろうか……。
ちょっと怖い考えになってしまった。




