46.レベッカと薬
「まさか呼びつけておきながら留守だなんて。あの男、自分は平民で私が貴族だということを忘れてしまったのかしら。」
私は怒りをあらわにしながら主人のいない研究室を歩いた。そういえば、ニコラウスはここで何の研究をしているのだろう。ローザ様から頼まれた研究をしているのだと言ってはいたが・・・。何かヒントでもと思いつつ見ていると実験器具の脇に綺麗な青い液体があった。マリンブルーのその液体はビーカーに半分、5㎝くらいの高さの細い小瓶に入ったものが20本以上あった。
「へぇ、キレイね、これ。」
私は小瓶を持ち上げて目の高さに持っていくとその液体を透かしてみた。
「そこで何をしているのですか。」
突然聞こえた鋭い声に思わず持っていた小瓶を服の中に隠して振り返った。その声色が何かを咎める様なものだったからだ。
「ちょっと見ていただけですわ。そんなことよりも、人を呼び出しておいて不在にするなんて失礼じゃなくて?」
「それは失礼いたしました、レベッカ様。」
ニコラウスが厭味ったらしく私の名前を呼ぶが、気にしないようにしてニコラウスの元へ足を運んだ。
「ところで、あなたは何の研究をしておりますの?」
「おや、興味がおありですか?」
「ただ単に、自分がどのような研究に手を貸しているのか知りたいだけですわ。こんなに魔力を提供しているのだもの、少しくらい教えてくれても宜しいのではなくて?」
ニコラウスは少し考える様な仕草をした。
「それもそうですね。簡単に言えば、相手を意のままに操る薬ですよ。」
「へぇー。」
「あれ、信用していませんね?」
それはそうだ。人を意のままに操るなんて出来るわけがない。だいたいそんな薬が作れるというのならば、何でも思い通りにできるではないか。世の中そんなに上手くはいかないことくらいはいくら私でも知っている。そんな私の視線を感じてかニコラウスがムッとした表情をした。
「いいでしょう。信じさせてあげますよ。」
ニコラウスはそう言うと先ほどのマリンブルーの液体を持ってきた。そして簡単な人間の言葉なら理解できると言われているグロウという手のひらサイズの動物を実験台の上に乗せると、その液体を飲ませた。
「あなたはこのコップが好きでたまらなくなります。」
ニコラウスがグロウに言うとグロウは少しだけ、ぼーっとした目でコップを見つめた。その後、自身の体をコップに擦りつけてはコップの臭いをかぎ、自身の臭いも嗅げとばかりに自身のお尻をコップに向けている。その動作ばかりを繰り返すようになった。
「グロウの求愛行動ですよ。」
私はにわかには信じられなかった。
「もう完成しているということですか?」
「あと少しといった感じですかね。もう少し効力を長続きさせたいのです。」
この薬が完成したらローザ様はきっとこの薬を私に下さるおつもりなのだわ。まだ効力の持続時間が足りないらしいから、もう少し時間はかかるだろうけど。あのグロウのようにレイが私に求婚する日がくるのだ。
「驚くのはまだ早いですよ。」
ニコラウスは口の端だけで得意げに笑うとグロウの前に食べ物を差し出した。それを見たグロウは食べ物にがっつき、食べ終わるとまたコップに求愛行動をとり始めたのだ。
「どういうことです?」
「はっ、まさかこの素晴らしさが分からないなんて!」
「私はあなたのような研究バカとは違うのです。わからなくてもおかしくはないでしょう?ちゃんと説明してくださるかしら?」
馬鹿にしたように笑ったニコラウスを罵倒したい衝動に駆られたが、近い将来にレイが飲むことになるこの薬の方が大事だと踏みとどまった。
「人を意のままに操ろうという研究は古からありました。催眠術しかり薬しかり。催眠術はかけられる個体によっての個体差が大きく安定しない。その点、薬は誰にでも大差なく効力を発揮する。しかし薬の場合、催眠状態がずっと続いてしまうという問題点がありました。つまりね、命令したこと以外には無頓着になってしまうのです。食事をすることもせず、命令されたことだけをやり続けるようになってしまう。」
「では、この薬は・・・。」
「そう、この薬はその個体としての意識は保ったまま命令を遂行するのです。必要となれば食事をしますし、固体同士のコミュニケーションもちゃんと取れます。その個体が持っている知識をちゃんと持ったまま行動できるのですよ。」
つまり、レイにこの薬を飲ませればレイは私を好きなレイとして、今までのレイと同じように生活できるということか。
「わたくし、あなたを見直しましたわ。」
珍しく褒めると、まんざらでもなさそうにニコラウスが口元を歪めた。
「これであなたも、私の研究にもっと協力的になれそうですね。」
ぐががががががががが
ぐがああああああああああ
そんな話をしている最中、何の獣とも知れない獣のくぐもったようななき声が聞こえた。そういえば最近よく耳にする鳴き声で不気味だと思っていたのだ。
「全く、まだ調教がたりないですね。」
ニコラウスがうんざりした声で呟く。
「この鳴き声は何ですの?」
「・・・過ぎた好奇心は身を滅ぼしますよ。あなたは気にしなくても良いことです。さぁ、今日はもうここはいいですから。」
忙しそうなニコラウスに研究室を出るようにと促され、自室へと戻る。
「結局なんの手伝いもせずに話だけ聞いて戻ってきたわ。」
一体何のために呼ばれたのだろうか。
ため息をついているとローザ様からのチョンピーが届いた。
「レベッカ、これからターザニアの王宮へ参ります。あなたもついてきてちょうだい。」
私はわかりました、と返事を送ると急いで支度を始めた。侍女ならまだしも男であるトーゴの前で脱ぐわけにはいかないので、ある程度の着替えは自分でするようになったのだ。服を脱いでいると服の中からマリンブルーの液体が入った小瓶が出てきた。
「あ、つい持ってきちゃったわ。」
部屋に置いておいて自身がいない時に見つかることを恐れ、あとでこっそり戻すつもりでそのまま持ち歩くことにした。
「レベッカ、私は陛下の元へ参ります。あなたはどうしますか?」
いつものように建設中のお屋敷の魔方陣に魔力の供給を終えると、ローザ様に尋ねられた。
「館の側にある庭で休んでおります。」
「そう、では休んで回復したら私の部屋に戻りなさい。疲れたでしょうからおいしいお菓子を用意しておくように言っておくわ。」
ローザ様と離れたあと時間を確認しながら庭へと急いだ。今向かえばちょうど彼らの休み時間に間に合うはずだ。駆け足で庭へ行くと明るい声に迎えられた。
「レベッカ様!」
「どうしたんですか?そんなに急いで。」
「急いでなんかなくてよ。丁度今から庭で少し休もうと思っていたの。」
「じゃあ、俺らと一緒ですね。」
話しかけてくるのはローザ様の屋敷を建設している大工たちだ。あの日、キヨと話をしてからターザニアに来るたびに会うようになり、大工のみんなとすっかり顔なじみになったのだ。平民ではあるがレベッカ様、レベッカ様と慕われると悪い気はしない。何より北の大地ガルシアでの引きこもり生活ではこうして話をする相手もおらず、ここに来て話をすることはとてもいい気分転換になる。
「レベッカ様、キヨの話を聞いてやってくださいよ。」
そんな声に促されて、どうしたの?と聞く。
「実はもうすぐ工事が終わってユーリスアに戻ることになるので彼女にプロポーズしようかと思っていて。」
「まぁ、それは素敵ね!」
確かキヨの彼女は平民の地味な女だったはずだ。キヨにはもっと可愛らしい女性の方がと思ったのだが、好きだという気持ちばかりはどうにもならないことを私は良く知っている。
「うまくいくといいわね。」
「はい・・・。」
キヨが珍しく不安そうな顔をしていた。
「なんだかすっきりしない表情ねぇ。」
「実は彼女にはユーリスアについて来て欲しいと思っているのです。でも彼女がターザニアを大好きなことも知っているから、ついて来てくれるか心配で。もしもついていけないから別れる、なんてことになったらどうしようかと。」
キヨが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ね、最近はずっとこんな調子なんですよ。」
いつもは太陽のような笑みを振りまいて人一倍明るいキヨがこんな風になっているのがなんだか可笑しい。思わず、くすくすと声に出して笑うと、キヨに、笑わないですださいよぅ、と情けない声を出された。
「仕方ないわね。これ、あげるわ。」
私がキヨに出したのは先ほどニコラウスの研究室から持ち出したマリンブルーの液体の入った小瓶だ。
「なんですか、これ。」
「願いが叶う液体、よ。どうしても上手くいかないときは、この液体を飲ませてもう一度説得するといいわ。そしたら上手くいくから。」
「それって・・・」
キヨが驚いた顔をして何か言おうとしたが、その唇の前に人差し指を立てて、言葉をふさいだ。
「うまくいくことを願っているわ。」
次回は【任務終了と帰宅のリトルマイン】です。




