45.グショウ隊長の災難 2
引き続きグショウ隊長視点の話になります。
食事の最後はジョンが感動に泣いたアイスクリームだった。
「これ、これ。これをばあちゃんとじいちゃんに食べさせたかったんだよ!」
ジョンはまたもや興奮気味である。二人ともそんな孫の様子に嬉しそうに微笑んで、アイスクリームを口にした。
「「おぉぉぉぉっ!」」
二人そろって雄叫びのような声を上げる。
「じいさん、これはもう100年くらい生きられそうじゃの!」
「うん、こんな味は初めてじゃ。これを花街の皆に食べさせたら、男にも女にもモテモテじゃろうなぁ。」
「確かに。」
祖父につっこむかとおもいきや同調する祖母・・・。ジョンと同じ遺伝子をヒシヒシと感じる。二人のレシピを!という視線を受けてライファが「このレシピ、オーヴェルの宿屋さんにしか教えていなくて、そこの名物にするそうなのです。だから内緒です。すみません。」と断っていた。
賢明な判断だ。その方が花街の為になる気がする。
ジョンの案内で花街へ行くのだ!
と意気揚々と出かけていった3人(ダン、ライファ、リュン)を見送り、ライファに貰ったムーアの酒蒸しとジョンのお酒で一人の時間を満喫する。この屋敷は広いだけあって部屋数もたくさんあるらしく、私とライファは一人部屋にしてもらったのだ。臆病なトトは誰かと一緒の部屋にしてほしいと懇願しリュンがそれに応えた。ダンは一人だと一人で全部やらなきゃいけないからという理由でリュンとトトの部屋に寝ることにしたようだった。
自分に宛がわれた部屋にある大きな窓を開けるとその向こうは広めのベランダになっており、テーブルと椅子が用意されていた。
「これはいいな。」
私はテーブルにムーアとお酒を置くとそこで久しぶりの休息を楽しむことにした。
下級貴族のもとに産まれた私には3人の弟と2人の妹がいる。貴族だからといって皆がお金持ちというわけではなく、我が家は貧乏貴族だった。両親は私たちを育てるために毎日仕事に出かけ、執事や料理人を雇うお金さえなかった我が家では自分の面倒は自分で見るというのが当たり前だった。当然、長男である自分は弟や妹の面倒を見ることになる。自分のことは二の次、今思えば我慢ばかりしていたような気がする。勿論、弟や妹は可愛いし、両親にも感謝はしている。でもそれとこれとは別だ。我慢ばかりの生活は私にとって窮屈でしかなかった。
とにかく家を出たいという思いから叩いた騎士団の扉。戦いに身を置くようになり、命のやり取りの場面では何一つ我慢しなくていいことに気付いた。殺したければ殺せばいい。殴りたければ殴ればいい。命の瀬戸際になればなるほど、理性よりも本能が優遇される。
あの快楽たちが私の育ってきた環境から生まれた感情だというのは自己分析で気づいてはいる。気づいたからといって直す必要性も感じないので、きっとそうなのだろうな、と思っているだけなのだが。
ムーアの酒蒸しを奥歯で噛むたびに旨みと磯の香りがしみ出してくる。僅かに残った生臭さをお酒で流し込めば、またムーアが食べたくなる。
「これはお酒がすすんでしまうな。」
目を閉じると体がフワッと浮くような気持になり、少し飲み過ぎたかなと感じた。
「おや、随分お楽しみですね。」
声をかけられて目を開けると、近くに生えている木から私のいるベランダへジョンが飛び移ってきたところだった。
「人が気持ちよく飲んでいるというのに・・・。」
本音が口をつく。
「他の皆さんはどうしたのですか?」
「皆はまだ夜の街で楽しんでいますよ。」
「ライファさんもですか?」
「えぇ、あぁいうところはお客様を楽しませる術をもっていますからね。男も女も楽しめるようになっているのですよ。」
「へぇ。」
私は思わず感心してしまった。実は花街には一度しか行ったことが無い。まだ騎士団に入りたての頃に連れていかれたのだが、どうにもこうにも、さぁいかがなされますか?的なあの雰囲気が苦手でもう二度と行かないと誓ったのだ。
「隊長は意外と知らないことが多いのではないですか?」
気づけばジョンが私のすぐ近くまで距離を詰めていた。
「ジョン、近いですよ。」
絡みついてくるような視線が面倒臭い。だいたいなぜ私なのだ?イケメンでもなく、男らしいでもなく、体の線は細い方ではあるが女っぽいということはないはずだ。
「私が色々と教えてあげてもいいですよ?」
ジョンが私の手を掴んで自分の口元へ持っていこうとする。その手をパシッと振りほどいた。
「その指、切り落としますよ。」
安易に私に伸ばしてくる指にも上から見下ろすような舐めた口調にもイラつく。私が振り解いた手を愛おしそうに自身の左手で触る。さっきまで触れていた私の手の感触を両手で共有するかのようなその動きに、頭の中にある疑問が絡まってイライラが増長する。
「一体何なんですか?ハッキリ言っておきますが私にはそういう趣味はありませんよ。無駄なことはやめた方が時間の無駄になりませんよ。」
「無駄になるかどうかは私が決めます。私の望んだとおりにならないからといって無駄になるとは限らないでしょう?」
全くもってその通りだ。私から見たら常識外れもいいところで、考え方も変だというのに時折ものすごく正論を言う。ジョンのそういうところが一段と気に入らないのだ。
「そんなに私が欲しいというのならば、いいでしょう。私と戦ってあなたが勝つことが出来たらあなたのお願いをひとつだけ聞いてあげますよ。」
そうだ、このイライラの責任を取って貰おう。もともとジョンに対するイライラは、焦がれるほど楽しみにしていた暗殺者をこれから美味しく食べようという時に目の前から奪われた、あの日から始まったのだ。
「それは面白いですね。」
ジョンの口元がニヤリと歪んだ。
「では私が負けたら、私もあなたのお願いを一つだけ聞きますよ。ただし、あなたを諦めるとかそういうのはナシですよ。出来ないものは出来ませんから。」
「ちっ。」
思わず毀れた舌打ちに「隊長さんはわかりやすい。」とジョンが言う。
私をイラつかせる天才なのではないかと思う程だ。私はベランダの手すりに手をかけると、ひらり、ジョンの家の庭に下り立った。ジョンも続いて下りてくる。
「殺してもいいですか?」
「殺されてもいいのなら。」
ジョンのその言葉に体中の血が一気に沸き立つのを感じた。そうか、もう我慢しなくてもいいのか。もしかしたら声に出して笑っていたかもしれない。そのくらい嬉しかった。
私は手のひらにたくさん魔力を溜めた。その引力に皮膚が引っ張られるほど手に魔力を溜めればバチバチっと魔力が暴れる音がする。その手を見て、ジョンがほう、と声を出した。私の魔力を受けようとジョンも両腕に魔力を集中している。私は高ぶる気持ちを魔力に乗せてそのままジョンへ向かって投げ飛ばした。
魔力の塊はバチバチと火花を散らしながらジョンへ向かった。向かっていくはずだった。
ところが私の投げた魔力の塊はジョンの方ではなく大きくカーブして屋敷の方へと飛んでいく。
「あれ、思っていたより酔っ払っているかな。」
そんな私の声を受け取る者はなく、代わりに「嘘だろ!!」という叫び声が聞こえてジョンが私の魔力の塊を相殺すべく魔力を放ち、屋敷にぶつかる寸前のところで私の魔力の塊が爆発した。
「気を取り直してもう一回。」
「や、やめろ。そのどこへ飛んでゆくかわからんやつを飛ばすな!」
ジョンの声に、今度こそちゃんと、と心の中で呟き魔力を放てば、今度は真逆の馬小屋の方へ飛び、馬がヒヒーン!!と叫んで大きく暴れた。ジョンはまたしても私の魔力の塊に相殺の魔力をぶつける。
「おかしい。」
私は頭を傾げるとまた魔力を集め始めた。
「だ、だからもうやめてくれーっ!」
ジョンの絶叫が響き、これはこれで悪い気はしないなと思った。
次回は【レベッカと薬】です。
レベッカ視点の話です。




