29.夕食と疑惑
アーリアには多種多様のスパイスがある。
暑い国だからこそ、スパイスで食欲増強を図るのだろうか。真実は分からないが、市場でたくさんの種類のスパイスを見かけた時に、今日の夜ご飯はカレーにしようと決めた。この世界にはヨーグルトはないので、本来はヨーグルトに鶏肉を漬け込むところをヨーグルトによく似た風味をもつ果物に漬け込んでみた。効果としてはやはり疲労回復効果にした。みんな健康で元気だし、寝る前だいということを考えると、無難な効果がこれくらいだったのだ。
カレーを煮込んでいると、匂いにつられてジョンがやってきた。
「夜ご飯は何にするんだ?スパイシーな香りがする。ものすごーくおいしそうだ。」
ダンもやってくるし、リュンは何か手伝いましょうか?と申し出てくれる。
「みんなよほどご飯が楽しみなようですね。」
グショウ隊長が笑いながら近づいてきて、味見でもしましょうか?と言うと、ダンが隊長も同じじゃないか!と言う。
食べ物を中心にみんなが笑顔になるこういう瞬間が私はとても好きだ。
ベルも皆のにこやかな表情に安心したのか警戒を緩め、本当に意外ではあるがジョンの頭の上に止っている。
出来上がったカレーの効果をトトが確認する。疲労回復効果2。
うん、合格だ。
あとはサラダだ。酸味のある果物を使用したオリジナルドレッシングもつけた。
「いただきます!」
私は今朝と同じように効力をチェックしつつ、みんなが食べる様子を見守る。
いつものようにキースが最初に食事に手を伸ばした。クオン王子のお皿のカレーをスプーンですくう。
【臓器破壊効果 7】
「食べるな!!」
考えるより先に私は魔力でキースが手にしていたカレーを吹き飛ばした。
一瞬にしてその場の空気が凍り付く。ベルがバサッと羽ばたき私の肩へと戻ってきた。
「何事だ!!」
との声に「毒だ!」と怒鳴り返した。
私はキースの元へ急ぐと手についたカレーを素早く拭う。咄嗟のことにカレーを吹き飛ばしてしまったが、毒には皮膚からでも侵入するものもあるのだ。私はなんて馬鹿なのだろう。
「早く服を脱いでください。皮膚についたものも洗い流さなくては!」
クオン王子が指を鳴らすと、キースとキースの服を脱がそうとしていた私に大きな水の塊が降り注いだ。その瞬間、ベルは私の肩から離れ、宙に浮いている。自らは無事に逃れられたようだ。
「これでいいか?」
クオン王子の言葉に目をパチパチさせて頷く。確かに、てっとり早い。お蔭で頭も冷え、緊迫した周囲の空気を感じることが出来た。
他のお皿のカレーはみんな大丈夫だった。
「クオン王子のカレーにだけ毒が・・・。」
びしょ濡れのまま顔を上げた私にクオン王子が問う。
「なぜわかった?なぜそう言い切れるのだ?」
私は蒼白した顔のまま固まった。ベルがびしょ濡れの私の肩に舞い降りてくる。
カレーを作った時は回復効果2だった。今、改めて見ても他の皿のカレーは回復効果のままだ。つまり、僅かな間にクオン王子のカレーに毒を混入した者がいる。どう考えても、この中に犯人がいるとしか思えなかった。
「ライファさんの言うことが本当か。とにかくここにあるカレーに毒が混入されているのか調べてみましょう。全員、動いてはいけませんよ。」
「誰が調べるんだ?調べたやつが犯人なら、毒など混入されていないと嘘をつくことも可能だろう?」
グショウ隊長の提案にジョンが反論する。だがそれはクオン王子の一言で解決した。
「私が調べよう。」
王子は手早く虫を捕まえると自身のカレーを食べさせた。虫は数秒間悶えたのち、絶命した。
「さて犯人を捜しましょうか。どう考えても、この中にいますよね?」
グショウ隊長の目が光る。
「ライファさん、あなたではないですよね?この中で毒を入れるチャンスが一番あったのは間違いなくあなたです。でも、それならばなぜ、毒をバラす真似をしたのか疑問にも思いますが、殺したいのはクオン王子だけでキースは殺したくなかったと考えれば、辻褄は合わなくはない。」
まさか、自分が疑われるとは思わなかった。自分の無実を証明することが出来なければ間違いなく死ぬ。自分だけではなく、研究室も、もしかしたらターザニアの国にまで火が及ぶかもしれない。その事実にゾクッとした。
「私は毒を盛ってはいません。」
「それを証明するものは?」
グショウ隊長の問い詰める様な声色に、ビクッとする。
「隊長!そんな言い方は!」
リュンが隊長に言いかけた言葉は、隊長のひと睨みによって消えた。
「ライファは犯人ではない。」
そう言葉を発したのは、クオン王子だった。
「なぜ分かるのですか?」
「私は嘘を見抜くスキルを持っている。」
「スキル・・・ですと?」
ダンが信じられないという表情をクオン王子に向けた。
「別に隠してなどいないから、周知されても構わぬ。事実、オーヴェルの王宮内では有名な話だ。」
そこまで言うとクオン王子はその視線をキースへ向けた。
「キース、お前、毒を盛ったか?」
その言葉を受けたキースが、服の中から瓶を取り出し口に含もうとしたのを、ジョンがその腕を掴んで止めた。目で追えないほど素早い動きだ。
「死なせてくれ!頼む!死なせてくれ!でないとっ。」
キースが懇願する。
「でないと、なんだ?」
怒りを抑えたような声色に、その場にいる全員が固まった。
「私はずっとお前と共に生きてきた。そのお前が私を裏切る理由はなんだ?裏切る・・・いや違うな。お前は最初から私ではなく自分を殺すつもりだったのだろう?」
キースが唇を噛んだ。
「黙っているのならいい。お前の記憶を見れば済むことだ。」
キースがクオン王子の前で小さくなって頭を下げる。
「たのむ、助けてくれ。」
それは絞り出すような声だった。助けてほしい相手がキース自身ではないことは安易に予測できた。
「話せ。」
「私には大切な人がいます。其の方は平民の女性で、身分の違いにより隠れて会っておりました。王子と共にターザニアに来る前のことです。彼女には私がターザニアに行くことも、勿論王子がターザニアに行くことも話してはおりません。私の言動から、王子の居場所が判明することは避けねばなりませんから。ただ、任務により連絡が取れなくなることと必ず帰ってくることは伝えておりました。それが・・・先日、匿名の封書が届き彼女を誘拐したというのです。」
キースの手がずっと震えている。私たちは全員、黙ったままその話を聞いていた。
「彼女を無事に返して欲しければ王子に毒を盛れという言葉と共に、手紙には彼女の魔力がしみ付いた髪の毛が入っていました。王子に毒を盛るなど考えられません。でも、彼女を見捨てることも私にはできない。私にできることは、毒を盛るのに失敗して自ら命を絶つこと。そうすれば、何の価値もなくなった彼女を犯人たちは返すでしょう?」
はぁ。
静かな空間にクオン王子のため息がよく響いた。
「なぜそこだけ楽天的なんだ?失敗したということは自分たちにまで追手がくる可能性があるということだ。そんな中でなぜ証拠となり得る人物を無事に返すのだ?」
クオン王子の言葉に、キースがハッと顔を上げみるみる青ざめてゆくのが分かった。
「・・・なぜ私はそんなことに気が付かなかったのだ・・・。」
誰に言ったでもない言葉が虚しく宙に浮かぶ。
「話は分かりました。さて、どうしますか?クオン王子。」
グショウ隊長がクオン王子に問う。
「キース、背後にいる人物に心当たりは?」
「・・・わかりません。」
「だろうな。俺がいなくなればと思っている人間なんぞ、王宮には腐るほどいるだろうよ。この状況を逆手にとって背後もろとも一掃ずる。グショウ隊長、力を貸してもらえるか?」
「いいでしょう。出来る限り協力いたしましょう。ただし、遅くとも3週間後にはターザニアに帰りますよ。」
「そんなに時間はかけない。親任式の前に一掃してやる。キース、お前の処分はその後だ。」
「わかりました。」
キースは何かを決意したようにグッと唇を噛んだ。
「俺を殺したとして、お前はどうやって犯人にそれを伝えるのだ?」
「封書の中にこれが入っていました。」
キースが見せたのは隠密石だ。秘密裏に連絡する手段として用いられる。
「隠密石か。この石から犯人を特定するのは難しいな。」
クオン王子が呟いた。
「俺は死んだことにする。」
重苦しい空気の中、クオン王子が宣言した。
「ライファとトトは俺に毒を盛ったとしてその場で処刑。リュンも毒で死んだことにする。グショウ隊長、ダン、キース、ジョンは俺の死体と共にオーヴェルへ帰れ。犯人は必ずキースを殺しに来るはずだ。そこを捉えろ。だが、俺が死んだことになるのは今から3日後だ。俺の死を知ってすぐ女が殺されては元も子もないからな。ライファ、トト、リュン、は私と共に秘密裏にオーヴェルに入る。遅くとも2日後には国内に入るぞ。そしてキースの女を救出する。生きていれば、だがな。」
「クオン王子、王子と共に行動するのはダンの方が良いのではないですか?リュンよりも経験豊富ですよ。」
グショウ隊長の言葉にクオン王子は「それも考えたが、直接毒を盛られた俺が死ぬのはともかく、他に毒をウッカリ食らいそうな人物はと考えると、リュンが適当だろう。」と答えた。
ダンがブッと吹き出し、リュンが納得いかないような顔をしている。
「グショウ隊長、ダン、ジョン、キースを殺しにきた奴を必ず捕まえてくれ。」
「「「はっ!」」」
それから私、クオン王子、リュン、トトはその日のうちにオーヴェルの王都へ向けて旅立った。
次回は【深夜の移動】です。




