26.ターザニアへの帰宅と新しい依頼
丸二日間船に揺られようやく戻ってきたターザニア。
「ただいまー!」
フォレストのドアを開ければ、初めて来たときと同じようにナターシャがいる。
「お帰りなさい。楽しかった?」
「うん、すごーく。」
私はそう言うと、重要なことに気が付いた。
「あ!お土産・・・忘れた・・・。」
持ってくるのを忘れたとかそういう次元ではなく、お土産そのものを忘れていた。
ぷっ!私の言葉を聞いてナターシャが噴き出す。
「そんなこと気にしなくていいのよ。」
部屋に荷物を置きに行き、そのままベッドに倒れる。ぐぅぅうっと体を伸ばした。船の中でも伸びることもできるし、横になることもできるが床が硬い。やはり横になるにはベッドが一番だ。
ふかふかのベッドに顔を半分沈めたまま、帰省中のことを考えていた。
調合のこと、新しい武器のこと、小さな旅のこと、レイとのキスのこと。
ヴァンス様とのキスとは全然違うあの感じ・・・。
レイとレベッカがキスをしているかもしれないと思った時のあのモヤモヤも、
レイといると時々跳ねる心臓のあの感じも、
キスのゾクッとしたあの感じも、全てが指し示すものは一つだ。
さすがに私にだってそれは分かった。
だけど言葉にしてしまうとどうしようもなくなりそうで、私はあえてその思いに名前を付けないことにした。
ヴァンス様の言う通りなのだ。
魔力ランクが違いすぎて、どうにもならない。私はいつかレイが他の誰かと結婚したときに、ちゃんとおめでとうと言えるのだろうか。他の誰かを選んだときに、良かったねと言えるのだろうか。
ヴァンス様の愛人になれば、レイへの思いも消えるのだろうか。
「困ったな。こういうの、どうすれば拭えるんだろう。」
沈んだ想いと、長旅の疲れで私はそのまま眠りに落ちた。
「嘘だろ!?」
目が覚めたら、朝だった。しかも、翌日の。
「えぇっ!?」
動揺を隠しきれないまま食堂へ行くと、厨房からガロンが顔を覗かせた。
「お、やっと起きたな。」
ガハハと笑う笑顔がまぶしい。
「何度か様子を見に部屋に行ったんだけど、ぐっすり眠っていたからそのままにしたの。お腹へったでしょう?」
優しく声をかけてくれたのはナターシャだ。ベルはすっかり食堂の住人のような顔をして果物を頬張っている。
「ほら、早く食べないと研究所に遅れちゃうわよ!」
ナターシャに急かされるままご飯を食べ、走って家を出た。
「おはようございます。」
「あぁ、ライファ、待っていたわよ。」
研究室のドアを開けるとクロッカとトトが私を待ち構えるように立っていた。
「ど、どうしたんですか?」
「調合研究室に初めての依頼が来たのよ!研究室始まって以来の大事件よ!」
クロッカが意気揚々と拳をあげた。行くわよ!的な感じだ。どこへ?と思っていると、トトが説明してくれた。
「ターザニア騎士団の隊長さんがお見えです。ここではアレなので、会議室で待ってもらっているんですよ。」
なるほど。そういうことか。
私たちはクロッカを先頭に出陣した。
会議室にはくせ毛の茶髪をキノコのようにカットした天然っぽい雰囲気の男性とリュンがいた。リュンが席を立って挨拶をする。
「こちらはターザニア騎士団の隊長、グショウ隊長です。」
「初めまして、私はクロッカ、こちらがライファと、トトです。それで、ご依頼とはどのようなことでしょうか?」
クロッカは単刀直入に質問した。
グショウ隊長はふわっと笑うと雰囲気はそのまま、ゆっくりとした軽い口調で話し始めた。
「今は期日を明かせませんが近いうちに、重要人物をある国へ護衛するという任務があるのです。その際に、料理人兼騎士団のサポートとして調合研究室の方に付いてきていただきたい。」
隊長は私たちの胸の内を見透かすかのように目に力を込めた。
「そんなに難しく考えることはありません。ちょっとした実験と言うか、お試し、なのです。先日のブラウニー、お見事でした。あの件から騎士団内部で調合研究室への関心が高まりましてね。美味しくて強化が出来る、回復が出来るのならば、サポートとして隊に付いてきてもらうのはどうだろう、と。事実、宿舎にいる時は別として旅に出る際の騎士団の食生活はあまり褒められたものではありません。食をサポートしてもらうことでより強い騎士団になることが出来るのではないかと考えたのです。」
「それは確かに、騎士団にとってはよい考えですわね。でも、私たちは研究者です。戦いに特化している騎士団とは違います。危険なのではなくて?」
クロッカのいうことは最もだ。騎士団を強化するための私たちが騎士団の弱点にもなり得るだろう。
「えぇ、それはこちらも危惧するところです。ですから今回の旅ではあなた達への護衛もつけるつもりです。これが上手くいけば、今後もお願いすることもあるでしょう。勿論、ただでとは言いませんよ。騎士団にも国家から予算が出ますからね。」
お金というキーワードにクロッカの目が光る。
「それに、騎士団との協力体制が取れれば、今後、調合料理という研究が大きく世の中に広がっていくかもしれませんよ。調合料理に憧れて研究所の扉を叩く者も増えていくかもしれません。」
クロッカが上空を見上げて夢見がちな表情になった。この研究室を立ち上げたクロッカとしては、調合料理というものが広く認知されることは願ってもないことだろう。
「わかりました。私は研究室長として長らくここを離れることは出来ませんので、ライファとトトを同行させましょう。二人とも、いいですよね?」
クロッカの笑みには、NOと言わせない圧力がある。
私としては、旅は大歓迎だ。しかも騎士団の護衛付。旅人初心者の私が経験を積むにはまたとない機会である。こっそりトトを見れば、トトは少し不安そうな顔をしていた。
「そんなに心配しないでください。お二人に危害が加わらないように、必ず守りますので。」
トトを安心させるようにグショウ隊長がにこやかに笑う。
「トト、旅に出会いはつきものよ。素敵な出会いがあるかもっ。」
クロッカがトトに耳打ちすると、トトの表情がみるみる明るくなった。
後日、騎士団からシューピンが届き、3日後に出発することが決まった。行先と護衛対象は未だに不明のままだが2~3週間くらいの旅になるだろうとのことだった。トトは旅に向けて魔木、魔花の資料が欲しいとクロッカに申し出て、研究室の予算から持ち運びに便利な魔図鑑を購入した。魔図鑑は手のひらサイズのコンパクトのような形で蓋を開けると宙に文字や映像が表示されるようになっている。声で検索することも出来るし、物をかざすことでそれが何かを調べることもできる便利アイテムだ。
これがあれば道中で食材を仕入れて調理することも可能になる。
それから私たちは疲労回復や魔力回復に使う薬材、調味料などを入れた専用バッグを作ったり、旅用の丈夫な靴を用意したりと旅の準備に大忙しだった。クロッカは私たちへと防御効果のあるインナーを購入してくれ、トトはまるでこれが別れであるかのように泣いて喜んだ。
ナターシャとガロンへは仕事で旅に出ることを伝え、しばらく留守にすると話した。急な展開に驚きながらもガロンは旅の知恵をアレコレ教えてくれた。
あとは、レイだ。リトルマインは持って行かないつもりだから、話しかけるたびに私が居なければ心配するだろうと思ったのだ。
レイにも話しておおいた方がいいだろうな。
リトルマインでレイを呼ぶ。
「どう?そっちは。」
いつものレイの声だ。
「うん。順調だよ。実はさ、明日からちょっと旅に出ることになって。」
「旅!?」
「そう。詳しくは話せないんだけど、騎士団に付いていくことになったんだ。」
「それって、危険なんじゃないの?」
レイが心配したような声色になる。
「護衛をつけてくれるっていうから大丈夫だよ。」
「護衛ってやっぱり危険なんじゃないか。」
「大丈夫だよ。」
何の根拠もなくレイを安心させるためだけに言葉を吐く。
「それで、リトルマインは持って行かないから、連絡がつかなくても心配しないでって言いたくて呼んだんだ。」
「わかった。」
何か言われるかと思ったのだが、すんなり受け入れたレイに少し驚く。
「危うい場面でライファを呼んで、もっと危険な事態になることは避けたいから。」
レイも騎士団として危険な場面を何度も潜り抜けてきたのかもしれない。
「それで、どれくらいの期間いないの?」
「2週間~3週間くらいかな。」
「なんかちょっと寂しいな。」
レイが呟いた言葉に、ドキッとする。それを誤魔化すように明るい声を出した。
「帰ってきたら連絡するよ。」
次回は【護衛対象と旅】です。




