25.王宮訪問
「ライファ様、失礼いたします。」
フローレンスのメイドであるリアがぎゅううううっとコルセットを締める。
「うぐっ。コルセットのせいでお腹と背中がくっつきそうだ。」
「失礼ながらライファ様、そんなことにはなりません!」
リアはびしっと言うと更にコルセットをぎゅうううっと締めた。
その傍らで師匠は新しい服に身を包んで念入りに髪の毛を整えている。
きっと今日もデートに違いない。そんな私の視線に気づいたのか師匠が話し出した。
「今日の夜は皆さん、王宮のパーティーに参加しますでしょう?
ですから私は友人と食事に行くことに致しましたの。帰りが遅くなっても心配しないでくださいね。」
「わかりました。飲みすぎないように気を付けてくださいね。」
ここにはドゥブ毒の解毒剤なんてありませんよ、という思いを込める。
「大丈夫ですよ。」
師匠がにっこりと笑うが、とても信用できん。とほほ。
「さぁ、ライファ様、こちらに座ってください。」
リアは手慣れたように私の髪の毛を結い上げ、イヤリングをつけた。
「出来上がりです。お綺麗ですよ、ライファ様。」
リアはそう言って目を細めると、私はこれで失礼します、と言って部屋を出て行った。
「師匠、本当に王宮には行かないのですか?」
「行かん。第一、私は招待されていないしな。それに、魔女と王族は関わらん方がいいのだ。
あー、そうだ。もし王に王宮に来いと言われたら「私は魔女の弟子です。魔女が国家に関わると国が亡びるという言い伝えがあると聞きます。私はユーリスアの国が平和であることを望んでおります。」的なことを言っておけ。なんとかなるだろう。」
「え?国が亡びるんですか?」
「ん~、当たらずとも遠からず・・・かな。いいか、魔女は知識の塊なんだ。
普通の人間では決して持てない量の経験と記憶を持っている。
その知識が権力を持ったら、もしくは権力がその知識を手に入れたとしたらどうなると思う?」
「ん~、なんだか、なんでも出来そうですね。」
「そうだ。だから、だよ。国を亡ぼすことも可能なんだ。人間はな、間違える生き物なんだよ。
どんな賢者でも間違えない人間なんていないんだ。
だからこそ知識と権力を一つにはしない方がいいのさ。」
師匠はそう言って私の方へ歩いてきた。
「ほう、一端のレディになったじゃないか。平民には滅多に入れない場所へ行くんだ。
せいぜい楽しんでこい。」
「はいっ!。」
「私は、今日は別の人とデートなのっ。キャッ。」
さっきまでの知的な雰囲気が台無しである。
「・・・師匠も楽しんできてください・・・。」
階段を下り、リビングへ歩いて行く。
歩くたびに耳元にイヤリングの存在を感じ、それが妙にくすぐったい。ドレスの裾がひらひら揺れて歩きにくい。そうか、だから貴族の女性はあぁやって優雅に歩くのか。
フローレンスの歩き方を思い出しながら真似てみるが、想像以上に筋肉を使うことが分かった。
明日は筋肉痛だな、きっと。
「あら、ライファ。やっぱり素敵ね。よく似合っているわ。」
リビングに入るとエレンが声をかけてくれた。
リビングにはエレン、フローレンス、レイ、ヴァンスがいる。
「おぉ、これは美しい。これではもうライファちゃんなんて呼べないなぁ。」
ヴァンスがからかうように言う。
「ね、言ったとおりでしょう。本当に素敵なんだから。
どこかの貴族に見初められちゃうかもしれないわね。」
「そんなことないですよ。」
「そんなことなくはないわよ~。魔力差があるから正式な結婚は難しいけど、要は愛情よっ!
結婚なんて形にとらわれなくてもいいじゃないっ!」
「こら!フローレンス落ち着きなさい。」
エレンがこめかみに手を当てて困ったように言うとヴァンスとレイが笑った。
「そろそろ行くぞ。」
背後から威厳のある声が聞こえた。
「ほう、なんだか娘が一人増えたかのようだな。」
ジェンダーソン侯爵が微笑む。
「もったいないお言葉です。」私は頭を下げた。
「フローレンス様とレイ様は行かないのですか?」
「私たちは夕方のパーティーから参加するのよ。だから、またあとで。」
フローレンスが行ってらっしゃいと手を振る。
そうか!夜にはパーティーがあるのか。王宮のパーティーなら美味しいものがたくさんあるに違いない。
しまった!コルセットをもっと緩めてもらうべきだったか。
「馬車の用意ができました。皆様、どうぞ。」
エリックに促され馬車へ向かう。
「ライファ、大丈夫?さっき困ったような顔してたけど。」
レイが近寄って聞いてきた。
見られていたか・・・。
「大丈夫です。」と微笑んだ後、レイにだけ聞こえるように「美味しい物をたくさん食べられるようにコルセットを緩めにするべきだったよ。」と呟くと、レイがこちらをみて破顔した。
むうー、重要なことなのに。
「お嬢さん、どうぞ。」
ヴァンスが先に馬車に乗り私に手を差し出してくる。手を重ねると引っ張り上げてくれた。
「では行ってくる。」
ヴァンスがフローレンスとレイそして見送りに来てくれたメイドたち言い馬車は出発した。
王宮は首都ユーリスアの中央にある。
王宮の周りにはお掘りがあり、王宮から渡される橋によってそのお掘りを超えることが出来る。
いつもは王宮側に閉じている橋が今日は渡されたままになっていることが来客の多さを物語っていた。
橋を渡ると門番がおり、そこで何者で何用かを審査される。
門番にジェンダーソン侯爵が国王からの招待状を見せると、難なく通ることが出来た。
馬車を下り、初めて足を踏み入れる王宮。
石畳、彫刻を施された柱、石の屋根、柱を縫って侵入してくる光が幻想的だ。
道の両側には見事な庭園があり、道の突当りに大きな扉がある。
扉の前には警備担当の騎士がおり、身体検査の後中へ入ることが出来る。
中に入ると王宮のメイドが現れ、ジェンダーソン侯爵は王への土産をメイドに渡した。
メイドはお礼を言って土産を受け取るとどこかへ持っていき、戻ってくると私たちを王の間へ案内してくれた。ジェンダーソン侯爵が渡した土産はきっと裏の方で王に害がない物か確認されるのだろう。
「緊張してる?」
ヴァンスがそっと耳元でささやく。コクコクと頷くと、大丈夫だよと安心させるようにヴァンスが背中をポンポンっと軽く叩いた。
「王が参ります。」
側近らしき男が声を上げ、国王が席に着いた。
「この度はご招待いただきありがとうございます。
こちらが騎士団の命を救ったライファ・グリーンレイでございます。」
ジェンダーソン侯爵が挨拶し、私を少し前に出した。
「お初にお目にかかります。ライファ・グリーンレイと申します。
この度はご招待いただきありがとうございます。」
「うむ。其の方の調合により我が騎士団の命が救われた。感謝する。」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます。」
皆の挨拶が終わったところで、王の側近が先ほどジェンダーソン侯爵が渡したお土産を持ってきて王に渡した。
「こちらがいただいたお土産でございます。」
「ほう、これはいつものアレかな?」
王はそう言うと嬉しそうに箱を開けた。
「はい、いつものアーラーで採れた葡萄で作ったワインでございます。
今年も良い出来だと申しておりました。」
「ほう、それは楽しみだ。」
ニコニコと笑う姿は手紙の時の印象よりも随分とやわらかい。
「さて、ライファ、今日其の方を招待したのは其の方に褒美を与えようと思ったからだ。何でも、というわけにはいかんが、何か望みがあれば申してみよ。」
なぬっ。何かもらえるのか?こういう時は何を欲しいというのが正解なのだろうか。
急に言われてもと思いつつ、思い浮かぶのはひとつ。素直に欲しい物を言っても良いのだろうかと国王の顔色を見れば、ほれほれ言ってみろ、という顔をしている。
ジェンダーソン侯爵の顔をみると、「言うだけ言ってみなさい。」と言ってくれた。
「珍しい食材がほしいです!!」
「珍しい食材とは?」
「この国ではなかなか手に入らないようなものとか、とにかく何でもいいです!!」
「なんでも・・・だな。よかろう。其の方がジェンダーソン家に滞在している間にジェンダーソン家に届けることにしよう。」
国王は悪巧みをするように二ヒヒという顔をし、側近たちがそうっとため息をついていた。
マズイお願いだっただろうか。
「さて、其の方、聞くところによるとすごい調合の腕らしいじゃないか。
どうだ?王宮の調合師にならんか?」
おおおお、来た。師匠が言っていた例のやつだ。
「国王様、とんでもございません。私はまだまだ未熟者でございます。しかも、魔女の弟子でございます。魔女が国に関わると国が滅びるという言い伝えがあると聞きます。私はこのユーリスアの平和を願っているのです。」
「そうか、では、魔女の弟子をやめるというのはどうだ?」
心の中で、師匠―っ!と叫んでいた。
もっと断り方のレパートリーを聞いておけばよかったよ。
頭を使え。と師匠の顔がよぎる。なんでもないようにかわしてこそ、師匠の弟子だ!
私はニコリと微笑んだ。
「恐れながら国王様、魔女の弟子をやめたとて、私と魔女のつながりが消えることはありません。魔女に近しいものが側にいるということはやはり国を揺るがすことになるのではないかと思います。」
言い終わると同時にもう一度微笑んだ。
「あぁ、思いっきり振られてしまったな。」
国王はそう言いガハハと笑った。
よかった。なんとかなった!
「もうじきパーティーが始まる。ぜひ楽しんでいってくれ。珍しい食べ物もあるかもしれんぞ。ガハハハ。」
国王にもう少し話があるというジェンダーソン侯爵を残して、エレンとヴァンス、私の3人は退室した。
次回は【王宮のパーティー】です。




