決戦
『ヒロさんって、有名人だったんですね』
「それって、良い意味で?悪い意味で?」
『……あんまり良くないです』
ヒロはこのゲームの中で初めて出来た友達、リコとの会話を楽しむ。
だが、その友の姿はヒロの近くには無い。
今、彼らは遠く離れた位置でお互いに会話を繰り広げている。
指定ボイスと言われるゲーム内のボイスチャット機能の一つだった。
『魔〇村……ってどんなゲームなんです?』
「あー、そっか、今の子は知らないのか……」
あの後、一緒に街まで帰ったが結局、二人はパーティーを組むことなくその場を別れた。
しかし、こうして会話を交えながらお互いにゲームを楽しんでいた。
「横スクロールアクションって分かるかな? まあ、早い話が『パンツ一丁のオジサンが槍を投げながら進むゲーム』かな」
『それって、そのまんまヒロさんじゃないですか』
「やりたくてそうなってる訳じゃないんだけどね」
ヒロの知っている『フロンティア・オンライン』の情報を教えたり、職業について考察されているサイトをリコに教え、キャラクターを育成する前にどんなキャラクターにしたいか考えてみることをリコに勧めた。
そして、リコは自分の育成方針を決めたらしい。
『追いつくまで内緒です』
と、何を目指すかはヒロには教えてくれなかったが、それでもこの『フロンティア・オンライン』の中で楽しむ事を覚えてくれた事にヒロは満足していた。
「さて、それじゃまた後で」
『はい、気を付けて下さい』
「十分以内に終わるように、十二分に気を付けるよ」
会話を切り上げ、ヒロが見据える先には第二の街へ続く門と、その前に陣取る大きな狼が見える。
「ここを通りたくば、我に力を示せ」
第一の街からここまでを一つのエリアとすれば、この目の前の狼は第一ステージのボスだ。
「準備は出来てる。後はやるだけやってみますかってな!」
掛け声と同時に短槍を投げつける。
このボス戦は、フィールドのモンスターと違い向こうから攻撃を仕掛けて来ることは無い。
更に、ここら一帯に他の雑魚モンスターが近付いてくる事も無く完全にこちらの攻撃を合図に戦闘が始まる仕掛けだ。
そして、それは攻撃を開始するまでは入念に準備が出来る事を意味する。
攻撃を受け、狼がヒロへと向けて突進を繰り出す。
それをヒロは横に飛び退いて躱し、そしてすれ違い様に短槍を突き入れた。
短槍を投げる手は止めずに距離を取る。
「これなら……いけるっ!」
狼が前足を叩きつけるのを左右に躱しながらその足を短槍で突く。
更に後ろへと飛び退き追撃をかける狼の牙から逃れた。
戦いにリズムが生まれる。
狼の攻撃を避けながら、短槍を投げつけ、また再び距離を取り繰り返す。
紙一重の攻防にヒロは高揚していく気持ちを抑えられない。
(俺は、今、ちゃんと楽しんでいる……!)
見限られた世界に喜びを見つけた。
その事実がヒロにはこの上ない幸福だった。
その戦いの中で変化が現れる。
狼が足を止め、大きく息を吸い込んだ。
ヒロへと向けて大きくその顎を開く、そして、肌をひりつかせ、轟く程の咆哮。
次の瞬間には、ヒロの防具は砕けちっていた。
「マジかよ!?」
避けようの無い不可視の一撃は、次は間違い無くヒロの命を刈り取る。
そして、また狼による猛攻が始まった。
「クソ、そんなの有りかっ!?」
このままいけば、次の咆哮でこの戦いは決着が着く。
それ以外にも、狼の一撃がかするだけで必殺となってしまう。
ヒロは、攻撃をかわす事に集中する。
(ダメージは十分に与えた……、あと少しで倒せる筈!)
確実にダメージを与えながらも回避に専念して距離を取っていく。
そして、最後の時が訪れる。
狼は大きく息を吸い込み始めた。
ヒロはある一点へと走り抜ける。
「届けぇぇぇ!」
ヒロがそれに触れるのとほぼ同時に、狼の咆哮が響いた。
「おぉぉぉぉぉ!」
未だ咆哮を続ける狼へと短槍を無数に投げ入れる。
狼の咆哮が途切れると共に、ファンファーレが鳴り響き。狼がその身体を塵へと帰して行く。
「見事也……」
狼の声をヒロは再び砕けちった防具を見ながら聞いた。
ヒロの足元には砕ける前の防具が転がっている。
街に戻った時に購入していたものだった。
ヒロが裸でいるときに他のプレイヤーと接触すると、そのプレイヤーが着ているものと同じ防具をヒロは装備する事が出来る。
そして、この『フロンティア・オンライン』では職業によって装備出来る品に制限が掛かる事は無い。
職業による補正が受けられなくなるが、それさえ無視すれば重騎兵姿の魔術師だろうが魔術師姿の戦士にだって成れる。
そして、ヒロは接触した人物と同じ防具を装着出来るのを確認していた。
しかも、それは相手の防具を喪失させる事なく。
これは、防具を装備するよりもコピーするような感覚だった。
ならば次に、アイテムである誰も装着していない防具ならばどうなるか?
結果は同じようにコピーすることが出来た。
更に、そのアイテムを喪失させる事なく。
これにより一つの黄金錬金が成立する。
ダメージを受け、防具を破損した時にアイテムとして防具を取り出し、その防具をコピーした後にまた防具をしまう。
それで道中の雑魚との戦闘はかなり安全なものとなった。
二連続で攻撃を受けると意味が無くなってしまうが……。
防具を撒き散らせておけばいいかというと、それ程甘くも無かった。
フィールドなどの地面にアイテムを放置した場合、十分間放置するとそのアイテムが消滅してしまう為だ。
その為、ヒロはこのボス戦を十分以内に終わらせる必要があった。それ以上長引けば、防具を着る事が出来ず、裸でボスと相対する事となってしまう。
そして、なんとかこの勝負を十分以内で片を付ける事が出来た。
防具を回収して、ヒロは塵へと帰った狼へと呟く。
「……本家の一面のボスの方がまだ、お前よりも強かったよ」
再び防具を纏い直して、ヒロは第二の街へと向けて歩き始めた。