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2-1

小さな球形の石が平面をころころ転がっている。

前に前に、と行く手を阻むものなど気にもしないように。

壁にぶつかる。それでも転がる。前には進めない。だが転がる。

それをじっと観察している者がいた。

天才ツバキ・ベルベットである。


「ツバキさん、何をやっていますの?」

「世界に変革をもたらすための偉大なる一歩を今、まさに踏みださんとしています」

「……その石が?」

「その通り。フラウ様、ゴーレムというものは知っていますか?」

「物体に精霊が宿り、勝手に動き出した魔物ですわね。岩や鉱石でできたゴーレムは、熟練の冒険者でも歯が立たない、とか。それがどうかいたしましたの」

「この石は、私が作った人造ゴーレム第一号。ゴレムスくん初号機です」

「は? 貴女、錬金術でモンスターを作り出したというの?」

「そんな大層なものではありません。ゴレムスくんは、前に進むだけの無害な存在です。速度も一定で、方向変換もせず、魔力が尽きるまで前に進むだけの。まあ、実験作としては十分な出来ですが」

「いまいち話の内容が見えませんわ。つまり貴女は、自分の命令を聞くゴーレムを人工的に量産したい、と思っていらっしゃるの? でも、精霊が宿ったモノに、細かい命令なんて聞かせられるはずがありませんわ」

「その通り。意思を持った物体は、自由を求めるでしょうね。故に、世に言う魔物としてのゴーレムを使役することは並大抵のことではありません。専門の精霊術師なら可能かもしれませんが、それは術者の技量に依存しますし、長時間の運用も出来ない」

「ではその実験はなんですの?」

「意思を持たないゴーレム、いえ、正確には意志をほとんど持たない、単一の動作しかできないゴーレムなら、起動のオンオフさえ制御できれば、実質的にそれを使役しているといえます」


言って、転がる石、ゴレムスくんに宿る精霊に働きかける。動作停止。

転がるのをやめるゴレムスくん。


「この通り」

「で、それが一体何なのです」

「わかりませんか? ではヒントをひとつ。次に作るゴレムスくん弐号機は、歯車の形にしようと思っています」


ゼンマイを巻かなくても勝手に動く歯車を作る。

それはつまり、人の手が入らずとも製品が出来上がる、ということだ。


「……ちょっと待ちなさい。だいたいわかりましたが、貴女、本当に自分が何をやろうとしているのかわかっててやっていますのね?」

「はい。最終的には、材料を入れたら完成品が出てくるような全自動ゴレムスくんを目指しています」

「そんなものができたらどうなると思っていますの」

「材料コストだけで、本来なら製法が困難な爆弾も毒も思うままに量産できますね。ゴレムスくんは理論上、常に一定の動作をするだけなのですから、術者が寝ているだけでいくらでも作ってくれるはずです。大量生産時代の幕開けですね。正しい目的に使えば、どれだけの人々に幸せをもたらすと思いますか?」

「生憎とわたくし、世の人々の善性をそこまで信用しておりませんの」

「奇遇ですね。私も同感です。ですから、ゴレムスくん完成品に関して私が作ったものはアカデミー直轄で管理していただきたい、と思いまして。口添えをお願いできますか」

「わかりました。責任をもって引き受けますわ」

「ですがフラウ様。全自動機械、と便宜上よびますが、これはなにも私だけが思いつくようなことではありません。いつか必ず、私以外の誰かが思いつき、実用化するでしょう。発想としてはそれほど目新しいもののようには思えませんから」

「肝に銘じて、注意を払っておきますわ。……ところで、今日は火岩石の粉砕をするのではなかったのかしら?」


火岩石は、火の属性を秘めている岩石である。

ただ属性を含んでいるというだけで、それ自体が熱を持ったりはしない。一見するとただの石である。

だが、火属性の錬金術には欠かせない岩だ。

今日のツバキは、その岩石を粉状になるまですりつぶす作業をする予定だった。

ツバキは言う。


「やっていたら面倒になってしまいまして。自動で砕けてくれたらいいのに、と思っていたらいつの間にかにこのゴレムスくん初号機が出来上がっていました」

「そう。で、火岩石が見当たりませんが、どこへ片付けたの?」

「ゴレムスくんの材料に使ってしまいました」

「完全に当初の目的を見失っていますわね」

「……そういうこともあります」


火岩石はそれほど貴重な素材ではないが、なんであれアカデミーの備品を譲ってもらうとなればそれなりに面倒な手続きがいる。


「誰か知り合いに譲ってもらうとしましょうか」

「火岩石をちょうど持っていて、しかもそれを調合する予定がない人間を、今から探しますの?」

「それも面倒ですね。いっそ、錬金術アカデミー内に購買などあって、錬金素材を販売してくだされば楽なのですが」

「ないものねだりですわね」

「今度作りましょうか。ライラ校長に掛け合ってみます」

「いいから火岩石の申請手続きをさっさとしてきなさい」

「楽をするための苦労は惜しむな、です」

「それには同意しますが、それと現状の問題はあまり関係がありませんわ」




その後の経緯であるが。

単一動作を行うゴーレムを組み合わせ、複雑な動作ができるようになった途端、ゴレムスくんは暴走した。

精霊同士が干渉し、融合し、複雑な意思を持ったのだった。

暴れる人造ゴーレムによって部屋中がしっちゃかめっちゃかになったが、最後はツバキが爆薬で部屋ごと吹き飛ばし、事無きを得た。

その事件が起きた時は、幸運にもフラウは用事で席を外しており、帰ってきたのは夜になってからだった。

惨状を見て、フラウはがくっと肩を落とした。


「……ちょっと、どういうことですの」

「――月が、綺麗ですね」

「誤魔化さない! なんで、壁と天井がなくなっていますの!?」

「爆弾で吹き飛ばしましたから」

「明日から、いえ、今夜どうするつもりですの貴女は!?」

「実験に失敗はつきものです。あまり気を落とさずに、次に活かしましょう。それに前々から思っていたのですが、この部屋は二人が実験をするには少し狭い。むしろ増築するいい機会だと考えるのです」

「少しは反省しなさいこのおバカッ!」


結局この夜は二人で奇跡的に無事だった一枚の毛布を使い、月の見える部屋だったところの端で寄り添いあって寝ることになった。


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