秘紋
卯滝は腕を組むようにして白衣の袖に手を入れ、軽くため息をつく。
「……お訊ねの銅鏡の価値ですが、非常に幅が広いと言いますか、金額の高低の振れ幅が大きいものになります」
「はぁ……そうなんですかい?」
「簡単な例で言えば、近世に作られた銅鏡であったり、来歴不明のものは、数千円から数万円といったあたりになりますね。逆に来歴がしっかりしているーー例えば公的に認められた遺跡などから出土した品の場合は、値段が一気に跳ね上がって数百万円の値がつけられたりすることもあります」
卯滝の解説を聞いた山之辺と霜園は、微妙な表情で顔を見合わせる。
仮に盗難に遭った銅鏡が本物であったとしても、地下金庫室にあったそれ以外の金品は、数百万円程度の価値であれば、軽く超えるものばかりだったに違いない。
「例えば……例えばですけど、その銅鏡か歴史的価値が物凄い高いーーそう、邪馬台国に関係する銅鏡だったりしたら……」
霜園が苦し紛れにそう言うと、佳代子が吃驚したような声を上げた。
「それは無茶です! 霜園さん! 文化財が出土品に当たる場合、基本的に国や自治体に帰属するので、個人売買はできないんです!」
「いや、例えば盗掘品だとか……」
「それはそれで大問題じゃないですか! 八重堂さんが盗品扱ってるみたいな!」
興奮する佳代子を宥めるように、山之辺は手で制すと、低い声で言った。
「……実はだな、今回の件が起こる前から八重堂には盗品を扱ってる疑いがあったんだ……裏マーケットのシンジケートに食い込んでるっていう噂もあってな……」
「嘘……」
佳代子は趣味と実益を兼ねて、八重堂に何度も足を運んでいた。柔和な笑顔で相対していた店主のことを思い起こすが、とても裏の顔があるように思えなかった。
絶句する佳代子を横目に、霜園は山之辺の言葉を引き取る。
「そう言ったわけで、ただの銅鏡とは思えないのです。何せ人を殺して、宝の山を見逃すくらいですから……」
卯滝は懐手のまま静かに目を閉じると、しばし黙考する素振りを見せた。
「……盗まれたのは銅鏡一枚だけなのですか? 他にも盗まれたものは……?」
宮司が黙りこくってしまったので、居心地の悪くなった佳代子が、おずおずと質問する。
「八重堂の店主はマメだったみたいでして、細かく台帳をつけてたようなんです。で、それと現物を突合した結果、一枚の銅鏡だけが見つからない……ってわけっす」
霜園が手帳を繰りながら答える。
「盗品を扱っているのに、そんな分かりやすい台帳とかつけてたんですか?」
佳代子の素朴な疑問に、今度は山之辺が大儀そうにネクタイを緩めながら応じた。
「ガイシャのパソコンにな、巧妙に偽装された隠しファイルがあったんだ。本庁のサイバー班が徹夜してようやく暗号を引っぺがしたんだとよ」
「すごいですね、その部署の方! 元ハッカー的な?」
佳代子が感嘆の声を上げると、霜園は笑いながら顔の前で手をヒラヒラさせ、
「アナログな古物商に見えて、裏の帳簿はガチガチに防衛してたってわけっす。……だからこそ、そのリストの中で『ただ一つだけ』消えている品があるのが不気味なんですよ」
霜園が手帳を閉じながら、探るような目を卯滝に向けた。
視線を感じたのか、それともたまたまなのか、霜園の動きに合わせたように目を開いた。
「一つ言えるのは、金銭目的ではないでしょう……」
「!?」
状況からある程度想定はしていたのだろうが、山之辺と霜園の両刑事は目を丸くする。
「……物盗りじゃあねぇってのは薄々思っちゃいたがよ……そうすると先生よ、一体ホシは何が目的なんだ? 銅鏡ってのがそんな金には変えられねぇ程の価値をもつもんですかい?」
山之辺が身を乗り出し、凄みを効かせた声で問い詰める。卯滝はその鋭い視線を受け流し、静かに口を開いた。
「身もふたもない言い方になりますが、ものによります。古物商が手に入れられるような通常の銅鏡であれば、先ほど言った通りにたかが知れているでしょう……ただ」
そこで言葉を切ると、卯滝はタブレットに表示されている割れた銅鏡の写真に細い指を伸ばし、画像を拡大した。
「銅鏡が銅鏡以上の価値を秘めている場合、要するに何らかの情報が隠されている場合はその限りじゃありません」
その言葉に卯滝以外の全員が、不審げな表情になり顔を見合わせる。
山之辺はわざとらしく大きなため息をつくと、
「先生……おれたちは禅問答しに来たんじゃないんですわ。何か思い当たることがあるなら、ハッキリ言ってくれませんかね」
と上目遣いになじるように言った。
卯滝はその非難がましい視線などお構いなしに再び目をつむると、
「何が隠されていたかは分かりません……ただ、この割れた鏡もそうですが、魔鏡なんじゃないですか?」
冷たい声で呟いた。
「はぁ? なんだそりゃ?」
侮蔑の色を浮かべ、山之辺が嘲る様に問い詰める。
「魔鏡って……あの壁に光を反射すると模様を浮かび上がらせる……」
それまで黙っていた佳代子が記憶を手繰る様にしながら口にすると、卯滝は軽く頷いた。
「そうです。この割れた銅鏡を見て少しおかしなところがあると感じました」
「おかしなところ?」
山之辺と霜園は先を争うようにタブレットの画面に食いつく。
「この鏡の割れた部分を見ると、精巧に二枚重ねになっているのが分かります。通常はそのような作りにはならないのです」
「訳が分からねぇ……一体それが何だってんだ?」
「魔鏡っていうのは簡単に言うと、鏡の反対側、つまり裏面の模様を鏡面の方に目には見えないレベルで模様を映し出したものなんです。だからパッと見は普通の鏡なんですけど、壁とかに光を反射させると、光は微妙な凹凸によって拡散して、壁に模様が映るっていう仕組みなんです!」
佳代子が興奮気味に目を見開くと、身を乗り出してしゃべりだす。
「で、卯滝さんが言った二枚重ね、これは恐らく、裏面に彫られている模様を隠すために、全く関係のない柄の鏡を貼り合わせてるってことなんですよ! っていうことは……」
「隠したい情報は隠された裏面の模様にある!」
佳代子の興奮が伝播したかのように、霜園も腰を浮かして大きな声をあげた。




