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黒鴨の隠者と朱の鏡  作者: 保坂 澪杜(ほさか れいと)


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3/4

破鏡

 声をかけた中年男性の方も佳代子の大げさな反応に吃驚したように目を丸くする。


「ヤマさん。女の子驚かしちゃダメですって……声も顔もいかつすぎるんすよ」


「ああぁ!? 知るかよ、俺は挨拶しただけだろうが!」


 若い男のからかい口調に、中年の方は荒い言葉で切り返すと、佳代子越しに静かに佇む男に対して鋭い視線を向ける。


 騒がしい闖入者(ちんにゅうしゃ)の出現にも関わらず、神職は眉一つ動かさなかった。ただ深い井戸の底のような鳶色の双眸で、男たちの内面を見透かすように見詰めていた。


「……どちら様で?」


 感情の読めない、ひんやりとした声。周囲の空気がわずかに張り詰めた錯覚を覚え、刑事たちは(わず)かに姿勢を正した。


 中年の男は向き直ると、神職と佳代子の顔を交互に一瞥し、


「……突然すみませんね、あたしらは警察のもんです」


 といって、身分証を見せてきた。


「日鷹署の山之辺(やまのべ)と言います」


 若い男の方も、慌てて近づいてくると、同じように身分証を見せると「霜園(しもぞの)です」と言って頭を下げた。


 神職は差し出された身分証を一瞥(いちべつ)しただけで、


「……警察の方がこんなところに何故?」


 と固い声で訊ねる。


 山之辺と名乗った刑事は、身分証をポケットにしまいながら、


「先日、日鷹の駅前商店街で事件があったのをご存じでしょう?」


 鋭い目つきでそう言うと、神職よりも先に佳代子が反応した。


「あ、もしかして八重堂さんのおじさんの……」


「八重堂の被害者を知ってるんですか?」


「知っているというか……何回かお店に行ったことがありますけど……」


 つい口にした言葉に、思いのほか食いつかれて、佳代子は言い淀む。


「その事件が何か?」


 冷たい声で割って入った神職がそう言うと、山之辺は霜園と目くばせをし、言いにくそうにした。


「いや、まぁ、聞き込みってのもありますが、一つご相談というか、教えてもらいたいことがありまして……」


「教える?」


「ええ、ここの神主さんは、色々と古いことに詳しいと聞いたってのがありまして……」


「あ、そうですそうです! それであたしも!……あ、すみません……」


 思わず声を上げた佳代子は、しまったという顔をして、小さな声で謝った。


 神職はにこりともせず、背を向けると、


「……立ち話もなんです。お上がり下さい……そちらのあなたも」


「え? あたしも良いんですか!?」


 慌ててずり落ちかけたトートバッグを持ち直し、神職の後に続く。


 山之辺は少し渋い顔をしたが、「まぁ、まぁ」と霜園に(なだ)められ、佳代子の続いて中に入っていった。


 神職に通された部屋は、古い紙と墨の匂い、それと埃の匂いが入り混じった独特の雰囲気に満ちていた。部屋の外周には、和装本から分厚い洋書まで、古今東西の書物が無造作かつ堆く積まれており、さながら知識の城壁のようだ。


 大きな座卓を囲むように座ると、神職は装飾のない質素な名刺を三人に差し出した。


『黒鴨神社

  宮司 卯滝(うたき) 京也』


 佳代子や刑事が、一瞬困惑する表情を捉えたのだろう、神職は「ウタキ、と読みます」


と言って軽く会釈をした。


 佳代子も慌ててカバンから自分の名刺を出し、自己紹介をする。


「あ、あの私は神津国際大 文学部で歴史関係の研究をしている水門(みなと) 佳代子と申します。はい、あの、それでミナトと読みます……」


 二人の刑事は受け取ると、佳代子にも名刺を渡してきた。


 年嵩の刑事は「日鷹署の山之辺」と改めて言い、若い方の刑事もにこやかに「霜園です」と言ってぴょこんと頭を下げた。


 人相の悪い年嵩の山之辺刑事は、佳代子の名刺を改めて眺めると、 


「へぇ、あんた大学の先生なのか。……助教授っていうとなかなか凄いんだろ?」


 すかさず霜園刑事が小声で突っ込む。


「ヤマさん! ……あのこちらの方、助教さんですよ」


「え? だから助教授だろ?」


「いや、助教授じゃなくて助教……あと、今、助教授じゃなくて准教授って言うんですよ!」


 山之辺は、一拍遅れてミスに気付いたらしく、しまったという表情になる。


「ああ! あれか! その、研究者のタマゴ的なあれだな!? ……いや、お若いのに凄いなと勘違いしちまって……」


「いえいえ、よく間違われるので……皆さんあまり馴染みがないですもんね」


 年齢が高い層にありがちな誤解だったので、佳代子は苦笑しながら手を振った。


「いやいや! 申し訳ない。こういう失礼なのはあっちゃいけねぇんで……」


 深々と頭を下げる山之辺刑事を見て、この人は見かけによらず実直な人なのかも知れない、と佳代子は少し毒気を抜かれた思いだった。

 

 山之辺は気まずそうに咳ばらいをすると、隣の霜園に向けて顎をしゃくり指示を出す。


 霜園は軽く頷きリュックからタブレット端末を取り出し、一枚の画像を表示すると座卓の中央に置いた。


「……本来なら、一般の方に捜査情報はお見せできないんですがね。卯滝さんには『()()()』として意見を伺いたい。水門先生も()()()()()()だというなら……ここだけの話ということで、協力願えませんか」


 山之辺の念押しに佳代子は頷くと、身を乗り出して写真を見つめる。


 タブレットに表示された画像は、荒く三つに割られた、というより砕かれた銅鏡と思しきものだった。破片の一つには赤黒い何かがこびりついているようだ。


「これは……銅鏡ですね」


 佳代子が呟くと、霜園は「多分」と短く答えて、卯滝の方へ目を移した。


 それまで静かに傍観していた卯滝の(まと)う空気が、微かに、だが確実に変わった。感情の読めなかった瞳が、タブレットの画面に縫い付けられている。その視線は、砕かれた鏡の表面に刻まれた微細な紋様を舐め回すように追っていた。


「先日起きた古物商の八重堂店主殺害事件に関しまして、色々と不可解なことがありまして、これがその一つなんです」


 霜園は手帳を取り出して事件のあらましを話し始めた。


「事件の発生は一昨日、10月20日の未明に起きたと推定されます。被害者は事件現場となった日鷹市の古物取扱業 八重堂店主 八重樫(やえがし) 勝男、64歳。死因は同店舗の地下金庫室にて頭部を鈍器のようなもので強く殴打されたことによる脳挫傷、および失血死……凶器を含めて犯人像につながる痕跡はなし。犯行の動機としては物盗りであることは間違いないと思われます、が……妙なことがあるんですよ」

 

ここで一旦、周囲の反応を確かめる仕草をした後、再び話を続けた。


「現場となった地下金庫室から盗まれたのは、これとは別の銅鏡が一枚だけで、地下金庫内にあった他の金品に一切手がつけられていない、ということになります」


 佳代子は無意識に目の前の割れた銅鏡の写真に目を向ける。


「古物の価値が分からなくて見過ごしちゃったとか……?」


「いや、それは有り得ねぇんだ」


 佳代子は思い付きで意見を言ってみたが、山之辺が言下に否定した。


「今、こいつ金庫室って言ったろ? それはそのままの意味でな、金庫が置いてある部屋じゃなくて、部屋そのものが金庫なんだよ」


「あ……」


「そう、水門先生の考えた通りさ。一応包んではあったが、現金、貴金属製品、高級時計、その他諸々、分かりやすい高価な代物がごろっごろあったのさ。……なにしろそんなもんとは縁遠い俺が見ても分かるくらいだぜ。犯人が見逃すなんてことありゃしねぇのよ」


 佳代子はある意味納得した。彼らがここに来た理由、それは――


「銅鏡の……価値についてお聞きになりたいと?」


 同じ結論に至ったのだろう、卯滝が佳代子が考えていたことを口にした。


 山之辺は身を乗り出し、期待する目つきでニヤリと笑う。


「卯滝さんは物知りで古めかしいものに関しちゃ中々だって言ってる人がいたんでさぁ。残念ながらあたしらは、こういうのはからっきしなもんで……ここは一つ貴重なご意見をいただきたいと思いましてね……で、実際どうですか? この銅鏡ってのはそんなに価値があるもんなんですかい?」


 沈黙が落ちた。


 卯滝はゆっくりと顔を上げ、刑事たちを、そして佳代子を静かに見渡した。その眼差しは、彼らが踏み込もうとしている底知れぬ闇の深さを測っているかのようだった。


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