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【404】覚醒する愚者

「オラオラァ! 賞金首はいただきだぜェ!」


 煙の中から、ジェイクとトニーが踏み込んできた。


 ジェイクは重装甲のタクティカルベストを着込み、両手にアサルトライフルを構えている。

 トニーは左腕が義体化されており、右手には大口径のショットガンを無造作に下げていた。


「お、お巡りさんも一緒か」


 トニーがコバヤカワを見て、下卑た笑みを浮かべた。


「邪魔だっつったろ? 聞こえなかったか?」


 コバヤカワは床から立ち上がり、警察手帳を盾のように掲げた。


「ネオ・アルカディア警察だ! 武器を下ろせ! ここには民間人がいる!」


 彼の視線が、カフェの奥に向けられた。

 店内の片隅には、数人のハッカーたちが身を潜めていた。


 彼らは闇市場の住人ではあるが、武装もしていない一般市民だ。

 机の下や棚の影に隠れ、怯えた目で侵入者を見つめている。


「民間人?」


 ジェイクが鼻で笑った。


「ここは違法ハッカーの巣窟だぞ。全員犯罪者予備軍だ」

「それでも、武力行使は許可されていない! まず警告を――」


 コバヤカワの言葉は、銃声にかき消された。


 ダダダダダッ!


「っ!」


 ジェイクがアサルトライフルを天井へ向けて発砲した。威嚇ではない。快楽のための乱射だ。

 破片が降り注ぎ、隠れていた女性ハッカーが悲鳴を上げた。


「撃つな! 民間人がいるんだぞ!」

「黙ってろ!」


 コバヤカワが叫び、反射的にカーバンクルの前に身を投げ出した。


 ダダダダッ!


 ジェイクの銃口が下がり、コバヤカワを薙ぎ払う。

 数発が背中に命中した。防弾ベストが致命傷を防いだが、ハンマーで殴られたような衝撃が彼を襲う。


「ぐっ……!」


 コバヤカワは呻き、それでもカーバンクルを抱え込むようにして守った。


 その隙に、ショウが動いた。

 彼はコバヤカワの背後から飛び出し、両腕の義体を変形させた。

 前腕部から高周波ブレードが飛び出す。


「調子に乗んじゃねえぞ、三下!」


 ショウはジェイクの懐へ潜り込み、アサルトライフルを斬り上げようとした。

 ハッカーとは思えない鋭い動き――だが、ジェイクは元PMCの熟練兵だ。


「ハッ、近接かよ!」


 ジェイクはライフルの銃身でブレードを受け止めると、そのままショウの腹を蹴り上げた。


「がはっ!」


 ショウは吹き飛び、カウンター席に激突した。ブレードが火花を散らす。


「ハッカーにしちゃやるじゃねえか。だが、俺に喧嘩売るにゃ百年早いなぁ!」


 ジェイクが銃口をショウへ向ける。


 一方トニーは口笛を吹きながら、コバヤカワとカーバンクルへ近づいてくる。


「ハハッ! 警察ごっこは終わりだ、お坊ちゃん。市長からのオーダーは『掃除』だ。目撃者も含めてな」


 コバヤカワの顔から血の気が引いた。


「目撃者も……? 私も消すつもりか……?」

「当たり前だろ。お前は俺たちの指示に従わなかった。それって反逆罪だぜ?」


 トニーはショットガンのポンプをスライドさせた。ガシャリ、と乾いた音が死を告げる。


 店の奥で、女性ハッカーがすすり泣く声が聞こえた。

 トニーがそちらへ顔を向ける。


「おっと、いい声が聞こえるぜ。可愛い子かな?」


 彼は銃口を女性の隠れている机へ向けた。


「ねえちゃん、出てこいよ。痛くしないからさ」

「やめろ! ぐッ……!」


 コバヤカワが叫んだ。背中の激痛で立ち上がれない。

 トニーは聞く耳を持たず、引き金に指をかけた。


 その瞬間。

 カーバンクルがコバヤカワを突き飛ばした。


「なっ!?」

「……!」


 小さな体のどこにそんな力が残っていたのか、コバヤカワの体が数メートル横へ弾き飛ばされる。

 彼女はそのまま、トニーの射線へ飛び込んだ。


 赤い義眼が明滅する。脳内CPUがトニーの動きを先読みし、回避行動の信号を送る。


「貴様――」


 だが、肉体が追いつかない。

 酸欠の筋肉は鉛のように重く、反応速度は致命的に遅れていた。


「がはっ……」


 トニーが反射的に彼女へ発砲した。


 ドォン!

 至近距離でのバックショット。

 カーバンクルは体を捻ったが、完全には躱しきれなかった。


「ぐっ……!」


 左肩と脇腹を、不可視のハンマーで殴られたように抉られる。

 体ごと吹き飛ぶような威力ではないが、その衝撃は骨まで達し、彼女のバランスを完全に崩した。


 カーバンクルは血飛沫を撒き散らしながら、もんどり打って床を転がった。


「ごほっ、がはっ、うえっ……!」


 衝撃で肺が痙攣し、激しい咳と共に血反吐を吐く。

 左腕が動かない。白いパーカーが鮮血で染まっていく。


 トニーがゆっくりと近づき、彼女を見下ろした。


「なんだァ? カイルを殺ったってのはデマか? 随分と脆いじゃねえか」


 彼は冷酷な笑みを浮かべ、再びショットガンを装填した。


 トニーは軍用ブーツの踵で、カーバンクルの脱臼した肩をグリグリと踏みにじった。

 骨が軋む音と、少女のくぐもった悲鳴。


「ぐっ、は……!」

「それとももう満身創痍ってか? ラッキーだぜ、的が動かねえんだからな」


 トニーはショットガンの銃口を、無造作にカーバンクルの側頭部へ押し当てた。


 カーバンクルは赤い義眼で彼を見上げたが、抵抗できなかった。

 酸欠で筋肉が痙攣し、指一本動かせない。視界が白く霞み、意識が途切れそうになる。


「おい、トニー。殺すなよ」


 ジェイクが気怠げに声をかけた。


「オーダーは生け捕りだ。死体だと報酬が減る」

「わーってるよ。だから『手加減』するんだろ?」


 トニーは卑猥な笑みを浮かべ、銃口を少しずらした。


「頭は飛ばさねえよ。ただ、四肢を全部吹き飛ばして、二度と逃げられない達磨にしてやるだけだ。治療費は賞金から引いときゃいい」


 彼は楽しそうに引き金に指をかけた。

 これは任務ではない。ただの加虐趣味だ。

 合法的に少女を破壊できるという快楽に酔っているだけだった。


 コバヤカワは床に這いつくばりながら、その光景を見ていた。


 背中の激痛で息ができない。

 防弾ベスト越しとはいえ、アサルトライフルの衝撃は肋骨を数本へし折っていた。

 だが、肉体の痛みより遥かに鋭い何かが、彼の心臓を突き刺していた。


 目の前で、少女が嬲り殺しにされようとしている。


 周囲の民間人は怯え、震えている。


 そしてその凶行を行っているのは、自分が所属する「体制側」の人間だ。


(……父さん)


 コバヤカワの脳裏に、父の姿が浮かんだ。


 厳格だった父。冤罪で失脚し、不名誉の中で死んでいった前市長。


 ――コバヤカワがヴァイス市長の傀儡となる道を選んだのは、全て父のためだった。


 従順な犬を演じ、手柄を立て、いつか父の汚名をそそぐ。

 そのためにプライドを捨て、理不尽に耐え、泥水を啜ってきた。


(……そうだ。これまで耐えてきたのはそのためだ)


 今ここでトニーを邪魔すれば、その全てが水泡に帰す。

 反逆者となり、キャリアを失い、父の名誉回復も永遠に閉ざされる。


 合理的に考えれば目を逸らすべきだ。

 カーバンクルは犯罪者だ。多少手荒く扱われても仕方がない。


(――本当にそうなのか?)


 コバヤカワは歯を食いしばった。


 違う。

 これは「手荒い逮捕」ではない。ただの「拷問」だ。


 無抵抗の少女の手足を撃ち抜き、一生消えない傷を負わせる。

 それが父の名誉を取り戻すために必要な代償なのか?


 ――『タクミ、バッジの重さを忘れるな』。


 父の最期の言葉が蘇る。


 警察官のバッジは権力ではない。責任だ。

 そして責任とは、無力な者を守ること。


 コバヤカワの右手が、ホルスターの.357マグナムに触れた。

 今や父の形見となった重厚なリボルバー。

 元刑事であった彼が、現役時代に使っていたもの。


 今、自分が守るべきなのは死んだ父の名誉か?

 それとも、目の前で生きようとしている少女か?


(……考えるまでもない)


 答えは最初から決まっていた。

 彼はずっと自分自身を騙し続けていただけだ。

 「いつか正しいことができる」と信じて、目の前の悪から逃げていただけだ。


「もう、逃げない……!」


 コバヤカワは痛みを無視して上体を起こした。

 両手でマグナムを構える。

 狙いはトニーの右手。ショットガンのグリップと、指の境界線。


 震えはない。

 不思議なほど、心が静かだった。


 息を止める。

 心拍を数える。

 一、二――


 三つ目で、彼は引き金を引いた。


 ドォン!!


「がッ――!?」


 大口径マグナムの轟音が、地下室の空気を震わせた。

 銃口から放たれた鉛の塊が、トニーの手首を直撃する。


 骨が砕け、肉が弾け飛び……ショットガンが回転しながら宙を舞った。


「ぎゃあああああッッ!? 手がぁッ!!」


 トニーの絶叫。鮮血が床にスプレーのように撒き散らされる。

 ジェイクが驚愕して振り返った。


「テメェ、正気か!? 俺たちは味方だぞ!」


 コバヤカワは立ち上がった。

 血の気の引いた顔で、しかし眼光だけは鋭くジェイクを射抜く。

 もう後戻りはできない。彼は境界線を越えたのだ。


「どの口で言う……先に俺を殺そうとしただろう」


 静かな、しかし鋼のような意思を込めた声。


「貴様らは味方じゃない。ただの武装強盗だ」


 コバヤカワはリボルバーの撃鉄を起こし、ジェイクの心臓に狙いをつける。


「民間人への無差別発砲、過剰な武力行使、そして無抵抗な被疑者への傷害。これらは全て、ネオ・アルカディア刑法における重罪だ!」


 彼は左手で警察手帳を掲げた。

 銀色のバッジが、非常灯の赤い光を浴びて鈍く輝く。


「ネオ・アルカディアセントラル区警察刑事、コバヤカワ・タクミの名において――」


 彼は叫んだ。9年分の鬱屈を晴らすように。


「貴様らを、現行犯で制圧する!」

レッツゴーコバヤカワ

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