【断罪】もう一人の依頼者
カーバンクルは、アレンの胸を踏みつけたまま静かに口を開いた。
「依頼者がどういう人か、教えてあげるね」
その声は合成音声のように平坦だった。その瞳の奥には、底知れない冷たさがある。
「ケイジ・タカハシ。35歳。セントラル区在住。職業はシステム管理企業の一般職員」
「ぐ……ぅ……」
アレンの喉から苦鳴が漏れる。
「被害者は彼の妻、ナナミ・タカハシ。31歳。エリクソン・ファイナンシャルに所属していて、あなたが爆破したビルで残業していた」
カーバンクルは続ける。その瞳には何の感情も映らない。
「オーバーワークの原因は、娘の教育ローン返済だって。月収18万クレジット。セントラル区だと貧困ラインぎりぎりの生活だね」
アレンの顔から急速に血の気が引いていく。
「娘はアヤ、7歳。母親の帰りを待っていた。でも、あなたは彼女の母親を赤い肉片に変えた」
「ちが、う……奴らは、搾取者で……」
「搾取者?」
カーバンクルはわずかに肩をすくめ、首を傾げた。
「ナナミ・タカハシが誰を搾取していたの?」
「セントラル区に、いる時点で……っ、シ、システムの……」
「システム? いいや。あなたはただ人を殺しただけ」
カーバンクルは、ポケットからホログラムを投影する小型デバイスを取り出した。
青白い光が、被害者たちの顔写真とデータを宙に浮かび上がらせる。
「リバティ・パルスによるトラム爆破。死亡者12名」
彼女はリストを読み上げ始めた。
その声は、検死報告書を読み上げる機械にも、あるいは厳かな死神の声にも聞こえる。
「マーカス・レイノルズ、23歳、エンジニア。母親のサイバネティクス治療費のため、三つの仕事を掛け持ちしていた」
「やめろ……」
「リー・チェン、28歳、システム管理者。新婚。妻の胎内には、まだIDも付与されていない胎児がいた」
「やめてくれ……!」
「アリサ・ペトロヴァ、31歳、シングルマザー。月収17万クレジットで二人の子供を養っていた」
アレンの懇願を無視し、カーバンクルは容赦なく続ける。
リストがスクロールされ、新たな顔が浮かび上がる。
「ヴィクター・ハミルトン、52歳、企業幹部。年収800万クレジット。あなたが言う『富裕層』。……トラム爆破で死亡したため、彼の息子は高額な学費を払えず、大学進学を諦めたんだって」
「……!」
「クラブのサーバー破壊。死亡者8名。デイヴィッド・ブラウン、45歳、会社員。三人の子供の父親」
「もう聞きたくない……!」
「エレナ・ロドリゲス、39歳、クラブオーナー。年収500万クレジット。……彼女の娘は、母親を失ったショックで精神医療施設に入っている」
「……っ! ふ、富裕層の娘だろう……そんなのは……!」
「そう。富裕層の娘。でも彼女の悲しみは、貧しい家の娘と何か違うの?」
カーバンクルの問いは、鋭利な刃物のようにアレンの信念を切り裂いていく。
「続けるよ。ショッピングモール爆破。死亡者9名。カルロス・メンデス、17歳、アルバイト。医者になるのが夢だった」
「俺は……俺はそんな……」
「エリクソンビル爆破。死亡者11名。マイケル・アンダーソン、42歳、警備員。四人の子供がいた。ハッサン・ムハンマド、28歳、清掃員。ウエスト区の家族に送金していた」
そして――カーバンクルは、リストの最後に表示された男のデータを指し示した。
「ロバート・チェンバース、55歳、エリクソン社副社長。年収1200万クレジット。ああ、おめでとう。あなたが最も殺したかった『搾取者』だね?」
彼女はホログラムを切り替え、一枚の家族写真を大きく映し出した。
壮年の男が、美しいドレスを着た娘と腕を組んで幸せそうに笑っている。
「彼の娘は、3ヶ月後に結婚式を控えていた。父親に花嫁姿を見せるのが夢だったんだって」
「……あ……」
アレンの口から、意味をなさない声が漏れた。
「富裕層の娘の涙も、貧困層の娘の涙も、同じ成分から成る。富裕層の息子の絶望も、貧困層の息子の絶望も、同じ色をしている」
カーバンクルはアレンの目の前で、次々と被害者たちの笑顔の写真を切り替えていく。
誕生日を祝う子供。
卒業証書を掲げる若者。
ごくありふれた、しかし、もう二度と戻らない日常の記録。
「『システム』と戦う正義のヒーローになったつもりだった? でも、あなたが壊したのはシステムじゃない。ただの家族。40の、ありふれた家族」
彼女はホログラムを消した。廃墟に、再び静寂が戻る。マヤがすすり泣く声が聞こえる。
「富裕層だから殺していい。貧困層だから殺してはならない。……そんなルールはない。殺しは等しく重罪で、犯したものは地獄に落ちる」
カーバンクルの足に、ギリ、と力がこもる。
「ぐ、ああああッ……!」
アレンの中で、音を立てて何かが崩壊した。
信じていたもの。貫いてきたもの。彼の革命。彼の正義。
その全てが、ただの独りよがりな幻想だったと突きつけられる。
「あなたの正義は、誰も救っちゃいない」
カーバンクルの声が、アレンの砕け散った心に冷たく響き渡った。
「……ふざけるな」
掠れた声で、アレンは吐き捨てた。
「お前だって……同じ人殺しじゃねえか!」
カーバンクルは無表情のまま、その言葉を肯定した。
「そうだよ。私も人殺し」
「なら……俺を裁く資格なんて、お前にはないだろ!」
「資格? 資格なんてどうでもいい。私はただ、依頼を遂行するだけ。あなたみたいに『正義』なんて大層な看板は掲げてない」
彼女の赤い瞳が、アレンの心の奥底まで見透かすように射抜いた。
「何より、これは贖罪のため。私自身の罪を雪ぐために、悪は始末しなくちゃいけない」
悪。その言葉が、アレンの胸に突き刺さった。
自分は正しいと信じていた。弱者のために戦っていると思っていた。
ダークウェブの掲示板で「英雄」と讃えられるたび、高揚していた。それは全て――。
「自己満足、だったのか、俺は……」
「そうみたいだね」
カーバンクルはポケットからレコーディング用の小型ドローンを取り出し、起動させた。
赤い録画ランプが点灯し、アレンの顔を無機質に映し出す。
「これに向かって、全て話して。あなたの『革命』の真実を」
「ふ、ふざけるな! 誰が、そんな……っ」
「さもなくばそこの彼女の、生命維持活動を停止させる」
その言葉に、アレンはハッとしてマヤを見た。椅子に縛られたまま、彼女が俯いている。
「マヤは関係ない……!」
「関係ある。あなたの組織のメンバー。依頼対象だよ」
カーバンクルはアレンの前にドローンを浮遊させた。
赤いランプが、まるで銃口のように彼を狙っている。
「……わかった。話す」
アレンは観念し、絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。
「お、俺は……アレン・クロスフォード。『リバティ・パルス』のリーダーだ。俺が、全ての爆破テロを実行した……」
「合計で、40名を殺害した。俺は『搾取者』を殺すつもりだった。だが、俺が殺したのは……清掃員、警備員、ただの会社員……。俺の正義は、間違っていた……」
告白が終わると、カーバンクルは録画を停止し、ドローンを回収した。
「この記録は、被害者遺族と公安局に転送する」
「……ああ」
アレンは力なく頷いた。
「……もう、どうでもいい。せめて、楽に殺してくれ……」
「――ダメ」
カーバンクルの返答は即座だった。
「な、なんだと……!? まだ足りないってのか……!?」
「あなたに安らかな死を与える理由がない。40人の命を奪っておいて、自分の死に方だけは選べると思ったの?」
その時、カーバンクルはアレンのサイバネティック義眼に手を伸ばした。
「ま、待て……! それは……!」
「高価な軍事用インプラント。売れば、遺族への賠償金の足しにはなるでしょ」
指がソケットに触れ、激痛と共に義眼が強制的に引き抜かれる。
視界が半分暗転し、血が溢れ出た。
「ぎゃあああああっ!! あああっ、ぐあああ……!」
カーバンクルは血塗れの義眼を無造作にポーチに放り込むと、次に彼の強化腕に目を向けた。
「やめろ……やめてくれぇぇ!!」
アレンの絶叫が廃墟に響く。
「あなたは惨めに死ぬ。『リバティ・パルス』はただの自己満足のテロ組織として語られ……やがてはその痕跡も、何もかも消える」
「やめ……て、くれ……ぇ」
アレンは激痛と絶望の中で、ただ己の犯した罪の重さを噛み締める。
革命家として死ぬことも、英雄として記憶されることもなく、ただの惨めな殺人犯として――。
アレン・クロスフォードの意識は、長い苦しみの果てに、静かにブラックアウトした。
■
アレンの体が最後の痙攣を起こし、やがて動かなくなった。
サイバネティクスを剥ぎ取られた血に塗れた革命家は、惨めな骸と化した。
廃墟に静寂が戻る。
カーバンクルはアレンの死亡を確認すると、床に落ちていた銃を拾い上げ振り返った。
その銃口は、椅子に縛られたままのマヤに向けられる。
「これで満足した? ――もう一人の依頼者さん?」
カーバンクルが猿ぐつわを外すと、マヤは涙を流しながらも、落ち着いた声で答える。
「……ええ」
その表情に恐怖はない。ただ、深い諦観が漂っていた。
カーバンクルの赤い瞳が、マヤの真意を探るように見つめる。
この依頼には、そもそも依頼者が二人いた。
一人は、アレンに語ったとおりケイジ・タカハシ。
そしてもう一人は、リバティ・パルス構成員……マヤ・オクタ。
「どうして自分たちの始末を依頼したの?」
マヤは一度だけ深く息を吸い、堰を切ったように語り始めた。
「……もう、耐えられなかった。アレンの暴走を、私には止められなかった」
「…………」
「最初は、私も彼の正義を信じていたの。富裕層を排除すれば、この都市は変わると。でも、トラムを爆破した時、現場で見た……お腹の大きな、若い女性の亡骸を」
声が詰まる。カーバンクルは黙って聞いている。
「その時、悟ったの。私たちが殺しているのは、記号化された『富裕層』じゃない。ただの人だって。……でも、アレンはもう聞く耳を持たなかった。彼の正義は、彼自身を喰らう怪物になっていた」
自嘲気味に彼女は笑う。
「私は臆病だった。彼を止める勇気がなくて、罪を重ね続けた。エリクソンのビルを爆破した後……もう限界だった。だから404号室を予約したの。私たち自身を、裁いてもらうために」
「止められなかった自分も同罪だってこと?」
「ええ。殺したのと同じよ」
マヤは静かに、しかしはっきりと断言した。
「私は……途中で気づいてしまった。私たちがただの人殺しだってことに。なのに、何もしなかった。ただの共犯者よ」
カーバンクルは銃口を、マヤの額にぴたりと合わせた。
「私は、あなたの姿勢を評価する。自らの罪を認め、省みることができる人間はそう多くない」
「……少しだけ、慰めになったわ」
「依頼通り、あなたも始末する」
「ええ。……ありがとう」
マヤは微笑んだ。それは涙に濡れた、悲しい、しかし安堵に満ちた笑顔だった。
「これで……やっと悪夢から解放される」
「最期に、何か言い残すことは?」
「……被害者の方々へ。本当に、申し訳ありませんでした。私は臆病で、弱くて……心から、後悔しています」
涙が頬を伝う。
「もういいわ。私を、裁いて」
「……わかった」
――乾いた銃声が、廃墟に響いた。
一発。
マヤの体は、椅子ごと静かに横へ倒れた。
額に開いた小さな穴。その顔には苦痛はなく、むしろ安らかな表情が浮かんでいた。
カーバンクルは銃を下ろし、二つの死体を見下ろす。
「これでテロ組織『リバティ・パルス』は壊滅……依頼、完了」
革命を夢見た男と、罪に苦しんだ女。
『リバティ・パルス』のログは、ここで途絶えた。
カーバンクルは廃墟を去る前に、一度だけ振り返った。
彼らが信じた正義。それがもたらした結末。
「……あなたたちはもう、|どこにも存在しない《404 Not Found》」
小さく呟き、彼女は闇の中に消えていく。
次の依頼を待ち、次の罪を背負うために。
404号室の始末屋は、今夜も都市の闇を歩き続ける。
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