表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/326

【断罪】もう一人の依頼者

 カーバンクルは、アレンの胸を踏みつけたまま静かに口を開いた。


「依頼者がどういう人か、教えてあげるね」


 その声は合成音声のように平坦だった。その瞳の奥には、底知れない冷たさがある。


「ケイジ・タカハシ。35歳。セントラル区在住。職業はシステム管理企業の一般職員」

「ぐ……ぅ……」


アレンの喉から苦鳴が漏れる。


「被害者は彼の妻、ナナミ・タカハシ。31歳。エリクソン・ファイナンシャルに所属していて、あなたが爆破したビルで残業していた」


 カーバンクルは続ける。その瞳には何の感情も映らない。


「オーバーワークの原因は、娘の教育ローン返済だって。月収18万クレジット。セントラル区だと貧困ラインぎりぎりの生活だね」


 アレンの顔から急速に血の気が引いていく。


「娘はアヤ、7歳。母親の帰りを待っていた。でも、あなたは彼女の母親を赤い肉片に変えた」

「ちが、う……奴らは、搾取者で……」

「搾取者?」


 カーバンクルはわずかに肩をすくめ、首を傾げた。


「ナナミ・タカハシが誰を搾取していたの?」

「セントラル区に、いる時点で……っ、シ、システムの……」

「システム? いいや。あなたはただ人を殺しただけ」


 カーバンクルは、ポケットからホログラムを投影する小型デバイスを取り出した。

 青白い光が、被害者たちの顔写真とデータを宙に浮かび上がらせる。


「リバティ・パルスによるトラム爆破。死亡者12名」


 彼女はリストを読み上げ始めた。

 その声は、検死報告書を読み上げる機械にも、あるいは厳かな死神の声にも聞こえる。


「マーカス・レイノルズ、23歳、エンジニア。母親のサイバネティクス治療費のため、三つの仕事を掛け持ちしていた」

「やめろ……」

「リー・チェン、28歳、システム管理者。新婚。妻の胎内には、まだIDも付与されていない胎児がいた」


「やめてくれ……!」

「アリサ・ペトロヴァ、31歳、シングルマザー。月収17万クレジットで二人の子供を養っていた」


 アレンの懇願を無視し、カーバンクルは容赦なく続ける。

 リストがスクロールされ、新たな顔が浮かび上がる。


「ヴィクター・ハミルトン、52歳、企業幹部。年収800万クレジット。あなたが言う『富裕層』。……トラム爆破で死亡したため、彼の息子は高額な学費を払えず、大学進学を諦めたんだって」

「……!」


「クラブのサーバー破壊。死亡者8名。デイヴィッド・ブラウン、45歳、会社員。三人の子供の父親」

「もう聞きたくない……!」

「エレナ・ロドリゲス、39歳、クラブオーナー。年収500万クレジット。……彼女の娘は、母親を失ったショックで精神医療施設に入っている」


「……っ! ふ、富裕層の娘だろう……そんなのは……!」

「そう。富裕層の娘。でも彼女の悲しみは、貧しい家の娘と何か違うの?」


 カーバンクルの問いは、鋭利な刃物のようにアレンの信念を切り裂いていく。


「続けるよ。ショッピングモール爆破。死亡者9名。カルロス・メンデス、17歳、アルバイト。医者になるのが夢だった」

「俺は……俺はそんな……」

「エリクソンビル爆破。死亡者11名。マイケル・アンダーソン、42歳、警備員。四人の子供がいた。ハッサン・ムハンマド、28歳、清掃員。ウエスト区の家族に送金していた」


 そして――カーバンクルは、リストの最後に表示された男のデータを指し示した。


「ロバート・チェンバース、55歳、エリクソン社副社長。年収1200万クレジット。ああ、おめでとう。あなたが最も殺したかった『搾取者』だね?」


 彼女はホログラムを切り替え、一枚の家族写真を大きく映し出した。

 壮年の男が、美しいドレスを着た娘と腕を組んで幸せそうに笑っている。


「彼の娘は、3ヶ月後に結婚式を控えていた。父親に花嫁姿を見せるのが夢だったんだって」

「……あ……」


 アレンの口から、意味をなさない声が漏れた。


「富裕層の娘の涙も、貧困層の娘の涙も、同じ成分から成る。富裕層の息子の絶望も、貧困層の息子の絶望も、同じ色をしている」


 カーバンクルはアレンの目の前で、次々と被害者たちの笑顔の写真を切り替えていく。


 誕生日を祝う子供。

 卒業証書を掲げる若者。

 ごくありふれた、しかし、もう二度と戻らない日常の記録。


「『システム』と戦う正義のヒーローになったつもりだった? でも、あなたが壊したのはシステムじゃない。ただの家族。40の、ありふれた家族」


 彼女はホログラムを消した。廃墟に、再び静寂が戻る。マヤがすすり泣く声が聞こえる。


「富裕層だから殺していい。貧困層だから殺してはならない。……そんなルールはない。殺しは等しく重罪で、犯したものは地獄に落ちる」


 カーバンクルの足に、ギリ、と力がこもる。


「ぐ、ああああッ……!」


 アレンの中で、音を立てて何かが崩壊した。

 信じていたもの。貫いてきたもの。彼の革命。彼の正義。

 その全てが、ただの独りよがりな幻想だったと突きつけられる。


「あなたの正義は、誰も救っちゃいない」


 カーバンクルの声が、アレンの砕け散った心に冷たく響き渡った。


「……ふざけるな」


 掠れた声で、アレンは吐き捨てた。


「お前だって……同じ人殺しじゃねえか!」


 カーバンクルは無表情のまま、その言葉を肯定した。


「そうだよ。私も人殺し」

「なら……俺を裁く資格なんて、お前にはないだろ!」

「資格? 資格なんてどうでもいい。私はただ、依頼を遂行するだけ。あなたみたいに『正義』なんて大層な看板は掲げてない」


 彼女の赤い瞳が、アレンの心の奥底まで見透かすように射抜いた。


「何より、これは贖罪のため。私自身の罪を雪ぐために、悪は始末しなくちゃいけない」


 悪。その言葉が、アレンの胸に突き刺さった。

 自分は正しいと信じていた。弱者のために戦っていると思っていた。

 ダークウェブの掲示板で「英雄」と讃えられるたび、高揚していた。それは全て――。


「自己満足、だったのか、俺は……」

「そうみたいだね」


 カーバンクルはポケットからレコーディング用の小型ドローンを取り出し、起動させた。

 赤い録画ランプが点灯し、アレンの顔を無機質に映し出す。


「これに向かって、全て話して。あなたの『革命』の真実を」

「ふ、ふざけるな! 誰が、そんな……っ」

「さもなくばそこの彼女の、生命維持活動を停止させる」


 その言葉に、アレンはハッとしてマヤを見た。椅子に縛られたまま、彼女が俯いている。


「マヤは関係ない……!」

「関係ある。あなたの組織のメンバー。依頼対象だよ」


 カーバンクルはアレンの前にドローンを浮遊させた。

 赤いランプが、まるで銃口のように彼を狙っている。


「……わかった。話す」


 アレンは観念し、絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。


「お、俺は……アレン・クロスフォード。『リバティ・パルス』のリーダーだ。俺が、全ての爆破テロを実行した……」


「合計で、40名を殺害した。俺は『搾取者』を殺すつもりだった。だが、俺が殺したのは……清掃員、警備員、ただの会社員……。俺の正義は、間違っていた……」


 告白が終わると、カーバンクルは録画を停止し、ドローンを回収した。


「この記録は、被害者遺族と公安局に転送する」

「……ああ」


 アレンは力なく頷いた。


「……もう、どうでもいい。せめて、楽に殺してくれ……」

「――ダメ」


 カーバンクルの返答は即座だった。


「な、なんだと……!? まだ足りないってのか……!?」

「あなたに安らかな死を与える理由がない。40人の命を奪っておいて、自分の死に方だけは選べると思ったの?」


 その時、カーバンクルはアレンのサイバネティック義眼に手を伸ばした。


「ま、待て……! それは……!」

「高価な軍事用インプラント。売れば、遺族への賠償金の足しにはなるでしょ」


 指がソケットに触れ、激痛と共に義眼が強制的に引き抜かれる。

 視界が半分暗転し、血が溢れ出た。


「ぎゃあああああっ!! あああっ、ぐあああ……!」


 カーバンクルは血塗れの義眼を無造作にポーチに放り込むと、次に彼の強化腕に目を向けた。


「やめろ……やめてくれぇぇ!!」


 アレンの絶叫が廃墟に響く。


「あなたは惨めに死ぬ。『リバティ・パルス』はただの自己満足のテロ組織として語られ……やがてはその痕跡も、何もかも消える」

「やめ……て、くれ……ぇ」


 アレンは激痛と絶望の中で、ただ己の犯した罪の重さを噛み締める。

 革命家として死ぬことも、英雄として記憶されることもなく、ただの惨めな殺人犯として――。


 アレン・クロスフォードの意識は、長い苦しみの果てに、静かにブラックアウトした。



 アレンの体が最後の痙攣を起こし、やがて動かなくなった。

 サイバネティクスを剥ぎ取られた血に塗れた革命家は、惨めな骸と化した。


 廃墟に静寂が戻る。


 カーバンクルはアレンの死亡を確認すると、床に落ちていた銃を拾い上げ振り返った。

 その銃口は、椅子に縛られたままのマヤに向けられる。


「これで満足した? ――もう一人の依頼者さん?」


 カーバンクルが猿ぐつわを外すと、マヤは涙を流しながらも、落ち着いた声で答える。


「……ええ」


 その表情に恐怖はない。ただ、深い諦観が漂っていた。

 カーバンクルの赤い瞳が、マヤの真意を探るように見つめる。


 この依頼には、そもそも依頼者が二人いた。

 一人は、アレンに語ったとおりケイジ・タカハシ。

 そしてもう一人は、リバティ・パルス構成員……マヤ・オクタ。


「どうして自分たちの始末を依頼したの?」


 マヤは一度だけ深く息を吸い、堰を切ったように語り始めた。


「……もう、耐えられなかった。アレンの暴走を、私には止められなかった」

「…………」

「最初は、私も彼の正義を信じていたの。富裕層を排除すれば、この都市は変わると。でも、トラムを爆破した時、現場で見た……お腹の大きな、若い女性の亡骸を」


 声が詰まる。カーバンクルは黙って聞いている。


「その時、悟ったの。私たちが殺しているのは、記号化された『富裕層』じゃない。ただの人だって。……でも、アレンはもう聞く耳を持たなかった。彼の正義は、彼自身を喰らう怪物になっていた」


 自嘲気味に彼女は笑う。


「私は臆病だった。彼を止める勇気がなくて、罪を重ね続けた。エリクソンのビルを爆破した後……もう限界だった。だから404号室を予約したの。私たち自身を、裁いてもらうために」

「止められなかった自分も同罪だってこと?」

「ええ。殺したのと同じよ」


 マヤは静かに、しかしはっきりと断言した。


「私は……途中で気づいてしまった。私たちがただの人殺しだってことに。なのに、何もしなかった。ただの共犯者よ」


 カーバンクルは銃口を、マヤの額にぴたりと合わせた。


「私は、あなたの姿勢を評価する。自らの罪を認め、省みることができる人間はそう多くない」

「……少しだけ、慰めになったわ」

「依頼通り、あなたも始末する」

「ええ。……ありがとう」


 マヤは微笑んだ。それは涙に濡れた、悲しい、しかし安堵に満ちた笑顔だった。


「これで……やっと悪夢から解放される」

「最期に、何か言い残すことは?」

「……被害者の方々へ。本当に、申し訳ありませんでした。私は臆病で、弱くて……心から、後悔しています」


 涙が頬を伝う。


「もういいわ。私を、裁いて」

「……わかった」


 ――乾いた銃声が、廃墟に響いた。

 一発。


 マヤの体は、椅子ごと静かに横へ倒れた。

 額に開いた小さな穴。その顔には苦痛はなく、むしろ安らかな表情が浮かんでいた。


 カーバンクルは銃を下ろし、二つの死体を見下ろす。


「これでテロ組織『リバティ・パルス』は壊滅……依頼、完了」


 革命を夢見た男と、罪に苦しんだ女。

 『リバティ・パルス』のログは、ここで途絶えた。


 カーバンクルは廃墟を去る前に、一度だけ振り返った。

 彼らが信じた正義。それがもたらした結末。


「……あなたたちはもう、|どこにも存在しない《404 Not Found》」


 小さく呟き、彼女は闇の中に消えていく。

 次の依頼を待ち、次の罪を背負うために。

 404号室の始末屋は、今夜も都市の闇を歩き続ける。

本作を少しでも気に入っていただけましたら、ページ上部や下部から『ブックマークに追加』をぜひよろしくお願いいたします。

作者への応援や執筆の励みになります!

また、評価は下部の星マークで行えます! ☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ