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【依頼人】過去の勲章

 テラ第七区、高級レジデンスの最上階。


「くそッ……面倒を起こしやがって」


 自室の広大なラウンジで座るジュリアン・ヴォスは、震える手で二杯目のデトックス・ウィスキーを呷った。


 先ほど切ったシエラからの通信。彼女の無惨な姿。

 そして、電話口の少女が放った氷のような言葉が、耳の奥で不快な耳鳴りとなって反響し続けている。


(……シエラはミアを呼び出すとか言ってた。あの声はあいつの協力者か?)


 ジュリアンは震えを抑え込むように端末を叩き、父へのダイレクトラインを繋いだ。


 数回の呼び出し音の後、画面に映し出されたのはクローネクス社のエグゼクティブ・スーツに身を包んだ、鉄の仮面のような父の顔だった。


『……こんな時間に何の用だ、ジュリアン。明日の重役会議の準備をしていると言ったはずだが』

「父さん、夜分にすみません」


 ジュリアンは、鏡の前で練習した通りの「冷静なエリートの仮面」を貼り付けた。

 声の震えを消し、さも些細なトラブルを報告するかのような口調を作る。


「少しばかり、面倒な連中に目をつけられました。ブロンズ層の、法の隙間を縫うようなタチの悪いタカリ屋です」

『タカリ屋?』

「ええ。大したことはありませんが……シエラたちが少々不覚を取りまして」


 ジュリアンはウィスキーのグラスをカメラの死角に置き、伏せ目がちに続けた。


「念のため、一時的に居住区を『アルミナ』へ移したいと考えています。テラの警備システムも優秀ですが、万が一にも僕の身に何かあれば、父さんのキャリアに傷がつくでしょう?

 その点あそこなら、クローネクスの完全な管理下にある。ゴミ共の指一本、届くことはありません」


 アルミナ。テラの上層。

 高度な防衛AIとクローン警官によって守られた難攻不落の要塞でもある。


 もし犯人がミアやその背後の協力者だとしても、アルミナにまで手を出すことは物理的に不可能だ。

 あそこへ入るための認証セキュリティは、テラの市民権とは比較にならない。


『ふん……。マコトが殺され、カイルが再起不能になったという報告は受けている。お前の「遊び」が派手すぎて、秩序を乱した結果ではないのか?』


 父の冷徹な指摘に、ジュリアンの背中に嫌な汗が流れる。


「……遊びだなんて、心外です。僕はただ、学校のハーモニーを守るために不適格者を排除していただけで――」

『まあいい。お前の無能をこれ以上さらけ出されるのは迷惑だ。アルミナの別邸の使用を許可する。一時間以内に居住区を引き払え。

 それと、お前の個人データと余計な「荷物」はすべて消去しておけ』

「……承知しました。ありがとうございます、父さん」


 通信が切れた瞬間、ジュリアンは机を激しく叩いた。


「クソジジイが……! 効率だの秩序だのと、偉そうな口を叩きやがって!」


 ジュリアンは内心で父に向かって毒づいた。父自身も、クローネクスの利益のためなら誰でも「事故」に見せかけて殺すような男だ。

 自分の小さな「遊び」を咎める権利などあるはずがない。


「おい、荷物をまとめろ! アルミナへ飛ぶぞ!」


 ジュリアンは部屋に控えていた残りのボディガードに怒鳴り散らした。

 ふと、デスクの上のホログラム端末に目をやる。


 父は「データを消せ」と言ったが、ジュリアンは鼻で笑った。


(消すわけがないだろう。これは俺の『コレクション』だ)


 最高峰の暗号化でロックされたデータ。わざわざ消去してやる必要などない。

 どうせ自分以外に開ける人間などいないのだし、何より、あの至高の芸術品たちを捨てることなどジュリアンにはできなかった。


(ミア・ハーロウ……いや、その背後のクソ野郎。ここでお別れだ。お前らのような地を這う虫が、アルミナの空を見上げることは二度とないんだからな)


 ジュリアンは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、夜の街を見下ろす窓に背を向けた。



 一時間後。

 主が去り静まり返ったレジデンスの一室に、一つの影が音もなく侵入していた。


「……逃げたね」


 ミア――カーバンクルの声が、豪華な絨毯が敷かれたリビングに低く響いた。


「でも慌てる必要はない。移動にはログが残るからね」


 カーバンクルの冷静な分析が、ミアの声で発される。


「逃げ場が特定できたのは、こちらにとっても好都合……」


 カーバンクルはそのままジュリアンのデスクに向かった。

 そこには最新鋭のホログラム端末が鎮座している。


(なんだろう、これ……カーバンクル、開けられる?)

「余裕。こんなセキュリティ」


 カーバンクルが端末に手をかざすと、ハッキングプログラムが瞬時に起動した。

 空中に無数のウィンドウが展開され、ジュリアンの個人ストレージが暴かれていく。


 ――そこには、表向きの優等生としての記録の裏に、どす黒い深淵が隠されていた。


「……ミア。見たくなければ見なくてもいい。意識を閉ざしていていいよ」


 画面に現れたフォルダの名前は、『調和の記録』。

 カーバンクルがその一つを再生した瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚に陥った。


(……っ!)


 ミアは思わず口を――脳内イメージ上で口を押さえた。


『いやああ! いやああああっ……!』


 再生されたのは、一年前に謎の「転校」を遂げたとされていた女子生徒エレーナの動画だった。


 映像の中のエレーナは、どこかの薄暗い地下室で、ジュリアンと取り巻きたちに囲まれている。


 彼女の衣服は無惨に引き裂かれ、全身には熱せられた金属か何かで押し当てられたような、生々しい火傷の跡がいくつも刻まれていた。


『ねえ、エレーナ。君のスコアがなぜここまで落ちたか、わかるかな?』


 映像の中のジュリアンが、親切な教師のような穏やかな声で問いかける。


『君が、僕の誘いを断ったからだ。僕に逆らうことは、犯罪なんだよ。死に値するほどのね』


 ジュリアンは怯えるエレーナの髪を掴み、カメラの至近距離までその顔を寄せさせた。


 エレーナの瞳からは、すでに生気が失われていた。

 ただ絶望だけが、濁った水のように溜まっている。


『だから、君には特別な教育が必要だ』


 ジュリアンは笑いながら、彼女の首筋に「不適格者」という電子刻印をじりじりと押し当てていく。


『〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!』


 エレーナの喉は枯れ果て、悲鳴にすらならない掠れた音がマイクを通して耳に響いた。


 動画はそれだけではなかった。


 同じような動画が数十本。

 どれも学校で「問題を起こした」とされ、いつの間にか姿を消した女生徒たちのものだった。


 ある者は全裸で犬の真似をさせられ、ある者は焼けた鉄の上で正座させられ、凄惨な拷問を受けている。


『ハハハハ! なかなかエロいじゃないか!』

『焼けた肉の匂いっていいよな。食欲をそそるよ』


 動画の中のジュリアンは常に笑っていた。

 彼女たちが壊れていく瞬間を、まるで蝶の標本を作るかのように克明に、趣味の悪いアングルで記録し続けていたのだ。


 動画の最後には、必ず彼女たちの「末路」がテロップで流れる。

『廃棄済み(自死)』『転出完了(廃人)』『処理成功』。


 そしてまだ開かれていない最新のフォルダには、『ミア・ハーロウ(準備中)』という名前がつけられていた。


(……あいつ、人間じゃない)


 ミアの声が、怒りと吐き気で震えていた。

 そこにあるのは、単なる暴力ですらなかった。弱者を玩具のように扱い、壊し、その残骸をコレクションする。


(あいつを、許さない。絶対に)

「わかってるよ、ミア。このデータはこっちでバックアップした」


 カーバンクルの声は、あくまで氷のように冷徹だった。

 むしろそれがミアの暴れ狂いそうな激情を落ち着かせてくれる。


「ジュリアンは、自分の逃げ場所を「アルミナ」に選んだ。……なら、そこを奴の墓場にしてやろう」

(……でも、どうやってあそこに行くの? 認証チップがないと、エレベーターに乗れないよ)

「まぁね。でもやり方はいくらでもあるよ」


 カーバンクルは端末の画面を消した。

 真っ暗になったディスプレイに、今の自分の顔が映っている。


「行こうか。アルミナへ」


 一つの影が、来たときと同じようにジュリアンの豪華な私室から姿を消した。

 窓の外では、人工太陽の予備発光が始まろうとしている。


 これから向かう場所は、テラよりもはるかにセキュリティの厳しい「楽園」。

 ジュリアン・ヴォスが、一生で一度だけの「本物の恐怖」を味わうための舞台だ。

七人と言ったがありゃ嘘だ

ジュリアンをぶっ倒したら今回は終わりと見ています

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