【404】RE:防衛戦
ネクサス・リンク社医療研究棟、地下搬入口。
深夜二時。人工照明が夜間モードに切り替わり、ドーム内の光量が最低値まで落ちている。
セントラル区の静謐な夜景を背に、一台の無人配送トラックが研究棟の裏手に滑り込んできた。
荷台の扉が開く。
中から現れたのは、銀髪の少年だった。
「ったく、クソ重ぇな」
ショウは黒いチタン合金の義手で巨大なコンテナを引きずり出しながら、盛大に舌を打った。
エメラルドグリーンの義眼が、暗闇の中で不機嫌そうに明滅している。
コンテナの中身は、彼が闇ルートと正規ルートを縫うようにして一晩で掻き集めた物資だった。
軍用グレードのアサルトライフル二丁。サブマシンガン一丁。閃光手榴弾が八個。
催涙ガス弾が四個。高密度スモークグレネード六個。対人地雷型センサーが十二基。
弾薬箱が五つ。携帯型シールドジェネレーター。医療キット三セット。
非常食と水。そして予備の通信機器一式……。
要するに、小さな戦争が始められる量だった。
「おいカーバンクル。お前の買い物リスト、イカれてるぜ。どこの軍隊とやり合う気だ?」
搬入口の影から、カーバンクルが音もなく姿を現した。
水色の髪が非常灯に淡く照らされている。白いパーカーの裾が夜風に揺れた
「完璧。助かるよ、ショウ」
「ヘッ、俺様を誰だと思ってやがる。サンタクロースより優秀な調達屋だぜ」
ショウは二つ目のコンテナを荷台から蹴り出すように降ろし、義手の指で中身を確認し始めた。
装甲板と関節部の精密な機構が、暗がりの中で鈍い光を放つ。
「しっかしよ、お前が銃を使うなんて初めて聞いたぜ。いつもは素手で片付けてたくせに」
「まぁ、素手でもいいんだけどね。けど今回は、数が多くて面倒そうだから」
カーバンクルはコンテナの蓋を開け、アサルトライフルを手に取った。
手慣れた動作で弾倉を確認し、スライドを引き、照準器を覗く。
「……ったく」
ショウはその光景を横目で見ながら、小さく口笛を吹いた。
「鬼に金棒、って奴かね」
カーバンクルはライフルを肩にかけ、サブマシンガンのストラップを調整した。
その小柄な体躯に似合わぬ重武装が、どこか異様な迫力を醸し出している。
「センサーは一階の各侵入経路に設置する。ショウ、システムの掌握は?」
「三十分前に終わってる。監視カメラ、電子ロック、空調制御、非常用電源。イスラから移譲済みさ」
ショウは義手の指先からホログラムを展開した。建物の立体見取り図が青白い光で宙に浮かぶ。
全七階建ての研究棟。
地下二階にエリナの治療室——マルクが眠る場所。
地下一階に搬入口と機材倉庫。一階にロビーと受付。二階から五階が研究室と実験区画。
六階がサーバールームと管理部門。七階が屋上庭園と会議室。
「敵の予想侵入ルートは三つ。正面エントランス、地下搬入口、それから……」
「非常階段の外壁。上からの強襲」
カーバンクルが先回りして言うと、ショウは少し悔しそうに鼻を鳴らした。
「……わかってんじゃねえか。なら話が早い」
「地下はロックダウンして物理的に封鎖しよう。主戦場は正面かな。私がそこを受け持つから、ショウは上階の通信管制と防衛をお願い」
「へいへい。要するに俺は裏方ってわけだ」
「……裏方は、一番重要なポジションだよ」
カーバンクルの声には珍しく、はっきりとした信頼の響きがあった。
ショウは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに照れ隠しで横を向く。
「……ケッ。わかったよ。俺様の天才的サポートがなきゃ、お前だって五分で干上がるってことだな」
「そんなことはないけど……」
「やり甲斐がねぇ! そんなことあれよ」
二人は手分けしてコンテナの中身を施設内に運び始めた。
カーバンクルは弾薬箱をあらかじめ決めておいた補給ポイントに分散配置する。
一階ロビー裏の清掃用具室、二階の非常階段踊り場、三階の実験準備室。
ゲリラ戦の基本は補給線の確保。
脳内に眠る、かつて密林で正規軍を三ヶ月翻弄し続けたレジスタンス兵士の記憶が、最適解を弾き出していた。
武装と準備を終えたカーバンクルは、普段の「始末屋」とは明らかに異なる空気を纏っていた。
白いパーカーに不釣り合いな黒い銃器。小さな体に巻きつけられた弾帯。
赤い瞳だけが、いつもと変わらず無機質に光っている。
「……一歩も、通さない」
カーバンクルは小さく呟き、踵を返した。
■
同時刻。セントラル区、グラント・キャピタル本社ビル最上階。
「で? お遊戯の準備はできたのか、能無し共」
フレデリック・グラントは革張りの椅子に深く腰を沈め、葉巻の煙を天井に向けて吐き出した。
痩せた長身にダークグレーのスーツ。ネクタイはしていない。
鉤鼻の下で薄い唇が嘲るように歪み、鋭い目が通信モニターの向こうにいる男を射抜いている。
モニターに映るのは、シャドウ・セキュリティの現場指揮官、ダグラス・ヘイズ。額に深い傷跡を持つ元特殊部隊の男だ。
かつてレックス・ドレイクの右腕として私設軍隊を率いていたが、レックスが始末された後はグラントに買い叩かれるようにして雇われた。
「……部隊は配置完了しました。三個小隊、計36名。正面と地下搬入口から同時突入します」
ヘイズの声には、かすかな躊躇いが混じっていた。グラントはそれを見逃さない。
「なんだその面は。まさかビビってんのか?」
「グラントさん。率直に申し上げます。中にいるのが例の——カーバンクルだとすれば、36名ではとても足りない」
グラントは吸いかけの葉巻を灰皿に叩きつけるようにして押し潰した。
「あのな、ヘイズ。お前らに払う追加の弾薬代は1クレジットたりともねえ」
グラントは新しい葉巻に火をつけ、煙の向こうからヘイズをねめつけた。
「いいか、よく聞け。あのガキがどんだけイカれてようが、弾は有限だ。体力も有限だ。お前らが死に物狂いで肉の壁になれば、いずれ干上がる。簡単な算数だろ?」
「……しかし」
「しかしもクソもあるか」
グラントは吐き捨てるように言った。
「俺の目的はイスラ・テスラだ。あのクソ野郎の首さえ取れば、ネクサス・リンクは頭を失った鶏になる。あとは俺が好きに料理してやる。最悪ガキは無視していい、イスラを捕まえろ」
ヘイズは沈黙した。反論の余地がないからではない。
この男に何を言っても無駄だと、骨の髄まで理解しているからだ。
「時間は午前三時。作戦開始だ。しくじったらお前らの退職金はゼロだ。わかったな?」
通信が一方的に切られた。
ヘイズは額の傷跡を指でなぞりながら、背後に控える部下たちを振り返った。
36人の兵士たち。かつてはネオ・アルカディアの裏社会で恐れられた精鋭たち。
だが今、その顔に浮かんでいるのは誇りではなく、拭いようのない疲労と恐怖だった。
「……隊長。ターゲットって、また『あの』始末屋なんですか」
左腕を義体に換装した若い兵士が、声を震わせて聞いた。
「確認はできていない。だが、ターゲットのイスラと手を組んでいるそうだ……最悪を想定しておけ」
全員が黙った。レックスが死に、会社が潰れ、行き場を失った彼らをグラントは拾い上げた。
だがそれは慈悲ではない。使い捨ての駒として安く買い叩いただけだ。
逃げれば契約違反で全資産没収。家族持ちの者は、報復すらちらつかされている。
「……だがな。あの夜、あのガキに殺された仲間のことは忘れるな」
ヘイズが低い声で付け加えると、空気が変わった。恐怖の底に、別の感情が滲む。
「仲間の仇を討つ機会でもある。その気持ちまで捨てる必要はない」
若い兵士の義手がギチリと軋んだ。
午前2時55分。
部隊は二手に分かれ、ネクサス・リンク社医療研究棟に向けて移動を開始した。
■
広いロビーの中央、受付カウンターの影に小さな人影が蹲っている。
ライフルを構えたカーバンクルが、正面入口を静かに睨んでいた。
『正面照明、落とすぞ』
ショウが端末を弾くと、一階フロア全体の照明が落ちた。非常灯すらも。
その中で、カーバンクルの赤い瞳だけが二つの光点として煌めいていた。
午前3時ちょうど。
正面エントランスのガラスが、切断機の甲高い音とともに切り裂かれた。
「突入! 散開しろ!」
ヘイズの号令とともに、第一小隊の8人がロビーに雪崩れ込む。
戦術ライトの白い光の筋が縦横に走った。
兵士たちは訓練どおりの動きで扇形に展開し、柱や受付カウンターを遮蔽物にしながら前進する。
「暗視ゴーグル、セット!」
全員が暗視装置を起動した。緑色の視界が広がる。
ロビーは広い。誰もいない。静寂だけが支配していた。
「……クリア。前進」
先頭の兵士が囁くように報告し、一歩踏み出した。
――その瞬間、足元で無機質な電子音が鳴った。
「!?」
センサー地雷。だが爆発ではない。
カーバンクルが設置したのは対人センサー型——起動すると位置情報を管制室に送信し、同時にスタングレネードを射出するタイプだ。
閃光。
凄まじい白光がロビーを満たした。
暗視ゴーグル越しの増幅された光が、兵士たちの網膜を容赦なく焼く。
「ぐわっ!?」
「目がっ……!」
3人が両手で顔を覆い、体勢を崩した。
残る5人は反射的にゴーグルを跳ね上げ、肉眼に切り替える。
だがそれは、暗闇の中で「完全に盲目になる」ことを意味した。
闇の中から、最初の銃声が響いた。
「がっ!?」
乾いた単発射撃。正確に、冷酷に、一発ずつ。
一発目が先頭の兵士の膝を撃ち抜いた。男は悲鳴を上げて倒れる。
二発目が右翼の兵士の肩を貫通した。
ライフルが手から弾かれ、床に落ちる金属音が響く。
三発目と四発目は、閃光で目を潰された兵士二人の太腿を正確に捉えた。
「ぐぅっ、ああ!!」
「伏せろ! 応射! 応射しろ!」
残る4人が闇に向かって乱射した。
銃口の閃光がストロボのように明滅し、ロビーに硝煙の匂いが充満する。
だが弾丸は柱やカウンターに虚しく当たるだけで、標的がどこにいるのかさえわからない。
五発目の銃声。今度は天井付近から。
「ひっ……ヒィィィ!!」
兵士の一人が首筋を掠めた弾丸に怯み、パニックを起こして仲間の方向に発砲した。
同士討ち。味方の悲鳴。
「うわああああっ!?」
「撃つな! 味方だ! 味方に当たってる!」
「どこだ!? どこから撃ってくる!?」
混乱の極み。8人のうち4人が負傷して動けず、一人が同士討ちで倒れ、残る三人は闇の中で互いの位置すら把握できていなかった。
そこに、六発目の銃声はなかった。
代わりに、足音が聞こえた。
「!!」
「し、静かに……静かにしろッ!!」
信じられないほど軽い、小さな足音。
走っているのではない。歩いている。
阿鼻叫喚の暗闘の中を、ゆっくりと。
まだ立っていた兵士の一人がライトを点けた。震える手で闇を照らす。
光の先に、白いパーカーの少女が立っていた。
「あ――」
ライフルを片手で下げ、もう片方の手にはサブマシンガンを握っている。
赤い瞳が、ライトの光を受けて捕食者のように輝いた。
「ひっ……!」
兵士は引き金を引こうとした。だが指が動かない。本能が硬直を命じていた。
カーバンクルはライフルの銃床を振り上げ、一歩で間合いを詰めた。
兵士の顎を正確に打ち抜く。
意識が途切れる。
残る2人も、十秒と持たなかった。
一人はサブマシンガンの銃床で側頭部を砕かれ、もう一人は脚を払われて転倒したところを頸動脈圧迫で絞め落とされた。
第一小隊、8名。突入から92秒。全員戦闘不能。
「うーん……まぁまぁかな」
死者はゼロ。だがそれは慈悲ではない。
カーバンクルの脳内で、ゲリラ戦の専門家の記憶が囁いていた。
『防衛戦の要諦は、敵を殺すことではなく、敵の戦意を折ることだ』と。
カーバンクルは昏倒した兵士たちの武器と弾薬を手早く回収し、近くの補給ポイントに放り込んだ。
敵の物資がそのまま自分の命綱になる。それもまた定石だった。
■
六階、臨時管制室。
六面のホログラムスクリーンに映し出される戦況を、ショウとイスラは無言で見守っていた。
赤外線カメラに映るカーバンクルの動きは、人間の動体として処理するにはあまりに速く、あまりに正確だった。
「武装したカーバンクル……こういうことか。次元が違う……」
イスラは呆然と呟く。
これまでカーバンクルの戦闘力をデータとしては知っていた。だがリアルタイムで見るのは初めてだった。
素手の彼女は確かに超人的だ。だがやはり、彼女の体格が災いし破壊力が不足している点は否めない。
武装した彼女は違う。銃器の扱い、地形の利用、センサーと火器と格闘術の融合。
イスラは自分の頬が引き攣るのを感じた。
こみ上げてきたのは、場にそぐわない乾いた笑いだった。
「ははっ……今更だが背筋が凍るよ。あの子にとっては私の護衛なんて、ただの動く的だな」
「フン。当たり前だろ。この国にアイツより強い奴なんていやしねぇさ」
ショウは皮肉たっぷりに笑ったが、その声にもどこか安堵が混じっていた。
「次の連中が来るぞ。8人、正面から」
ショウが画面を切り替えた。エントランス前に集結する第二波の映像が映る。
「カーバンクル、聞こえてるか。第二波、8名。照明弾を持ってる。暗闇戦術は通じねぇぞ」
通信機越しに、カーバンクルの静かな声が返ってきた。
『……わかった。二階に誘い込む。三階への階段を封鎖して、二階のフロアで迎え撃つ』
「二階は研究室が多い。遮蔽物には困らねぇな」
『うん。……それと、照明弾を使われるなら、こっちも使う。スモークグレネードを三発、二階通路に投げ込んでおいて』
「了解。空調を逆回転させて煙を拡散させる。二階全体を視界ゼロにしてやるぜ」
ショウは端末を操作しながら、ニヤリと笑った。
「へへ……敵さんが照明弾で明るくしたところで、煙幕の中じゃ意味がねぇ。光があっても見えないのは同じだ」
「しかし、カーバンクルは煙の中でも動けるのかい?」
イスラが尋ねると、ショウは肩をすくめた。
「あいつの義眼は赤外線モードがある。煙の中でも熱源は丸見えだ。つまりカーバンクルだけが一方的に敵を視認できる狩り場が出来上がる」
画面の中で、第二波の兵士たちがエントランスに殺到し始める。
照明弾が放たれ、白い光がロビーを満たす。
だが二階からは既に白煙が流れ込み、光を白い霧の壁に変えていた。
銃声が響き始める。一方的だ。煙の中から聞こえるのは、兵士たちの怒号と悲鳴ばかり。
時折、正確な単発射撃が混じる。カーバンクルの射撃だ。
ショウは画面を見つめながら、空いた義手でエナジーバーを齧った。
「エイリアンの映画みたいだな……」
「だろ。アイツの戦闘は見てて面白いぜ」
その時だった。
六面のスクリーンのうち、一枚が突然警告色に変わった。
七階——最上階のセンサーが反応している。
「……あ?」
ショウの義眼が一気に収縮した。
「七階の外壁センサーが鳴ってやがる。窓ガラスを外から切断してる奴がいるな!」
「七階……!?」
イスラの顔色が変わった。七階は屋上庭園と会議室。
ここ——六階の管制室まで、階段を降りれば一フロアの距離しかない。
「別動隊だ。上から来やがった」
ショウは弾かれたように立ち上がり、通信機を掴んだ。
「カーバンクル! 七階に別動隊だ! 上から来てる!」
二階で第二波と交戦中のカーバンクルの声が、ノイズ混じりに返ってきた。
『……ごめん、ちょっと手が離せない。ショウがやっといて』
「あぁ!?」
ショウは驚いたが、直後に口角を吊り上げた。
恐怖ではない。エメラルドグリーンの義眼が、獰猛な光を帯びて明滅する。
「いいぜ、上等だ。裏方はもう飽きてたところだぜ」
黒いチタン合金の義手から、高周波ブレードが甲高い唸りとともに展開された。
ショウはイスラに一瞥をくれ、不敵に笑った。
「テメェはそこで待ってな。俺様の活躍をとくと見とけ!」
「あ、あぁ。よろしく頼むよ」
管制室のドアを蹴り開け、ショウは廊下に飛び出した。
七階から降りてくる複数の足音が、もう階段に響き始めていた。
こぼれ話:
ショウはカーバンクルから調達を頼まれた際、激戦の予感にウキウキでした
観戦用のポップコーンを買っていこうかとも思っていましたが、さすがに怒られるかと思ってやめたらしいです
ちなみに別に持ち込んでもカーバンクルは怒りはしません




