【断罪】インタビュータイム
路地裏に停車した移動指揮車。
その内部は凍りつくような沈黙に支配されていた。
レックス・ドレイクは、壁面のモニター群を呆然と見上げていた。
表示されるのは無慈悲な赤文字の羅列。
Signal Lost。Signal Lost。Signal Lost。
九つの生体反応がドミノ倒しのように消滅した。
精鋭と呼ばれた部隊が、わずか18秒で全滅。
あり得ない。バグだ。
そうでなければ悪夢だ。
「……A班、応答しろ! B班、突入はどうした!」
レックスが怒声を張り上げる。
スピーカーから返ってくるのはザザッというノイズと、動揺した部下の声だけだ。
『こ、こちらB班! 内部の状況が不明です! A班からの応答、ありません!』
『C班も同様! おい、中で何が起きてるんだ!?』
「黙れ! 喚くな!」
レックスはコンソールを拳で殴りつけた。
「相手はたった一匹のネズミだぞ! D班とE班、遊んでる暇があったら突入しろ! F班は屋上をロックしておけ! 逃がすな、絶対にそこから出すな!」
彼は叫びながら必死に思考を回していた。
ヴォルクを一撃で屠り、重装部隊を秒殺する戦闘力。
こちらの通信網を逆手に取ったハッキング。
たしかに化け物だ。だが、まだ勝機はある。
奴はまだ建物の中だ。包囲網さえ維持すれば——
ドンッ。
「っ!!?」
不意に、車体が揺れた。
爆発ではない。何かが、屋根に着地したような重い衝撃。
「……あ?」
レックスが天井を見上げた、その瞬間だった。
運転席の方から、ガチャガチャと小さな音が鳴る。
「おい、ドライバー! どうし――!」
レックスが怒鳴るより速く、指揮車が咆哮を上げた。
タイヤがアスファルトを削り、強烈なGが車内を襲う。
「ぐおっ!?」
レックスの身体が後方のサーバーラックに叩きつけられた。
固定されていない機材が宙を舞い、コーヒーのカップが床にぶちまけられる。
「な、何をしている! 車を止めろ!」
レックスは床を這い、運転席との仕切り壁へとしがみついた。
この車両は現金輸送車を改造した特別仕様だ。
後部指揮所と運転席は、防弾ガラスと強化隔壁で完全に分断されている。
「聞こえんのか! ブレーキを踏め!」
彼は小窓のシャッターを力任せに開けた。
そして、息を呑んだ。
運転席のシートには、正規のドライバーがぐったりと前のめりに倒れている。
その頭部からは血が流れていた。
そしてその死体の脇、狭い隙間に割り込むようにしてハンドルを握っているのは——
白いパーカー。
水色の髪。
バックミラー越しに、赤い瞳がレックスを捉えた。
「カーバン、クル……!?」
「……ごきげんよう」
ガラス越しに、口元がそう動いたように見えた。
「き、貴様ァァァッ!!」
レックスはホルスターから拳銃を抜き、防弾ガラスに向けて発砲した。
バギンッ!
銃声が鼓膜を叩くが、特殊強化ガラスには白いヒビが入るだけだ。
こちらの声は届かない。手出しもできない。
最強の要塞だと思っていたこの指揮車が、今や脱出不可能な監獄と化していた。
「クソッ、クソッ、クソッ!」
カーバンクルは振り返りもしない。
車は猛スピードで路地を抜け、大通りへと飛び出した。
流れる街の景色。極彩色のネオンが、流星のように窓の外を過ぎ去っていく。
方向はウエスト区の外縁、廃工場地帯。
完全に包囲網の外だ。
(……俺が、連れ去られているのか……!?)
狩る側だったはずが、いつの間にか獲物として輸送されている。
屈辱と恐怖で、レックスの胃液が逆流しかけた。
車は急ハンドルを繰り返し、やがて人気のない高架下へ滑り込んだ。
キキーッ!
タイヤが悲鳴を上げ、急停車する。
慣性で投げ出されたレックスは、床に無様に転がった。
「ぐおっ、ご……!」
エンジンが停止する。静寂。
冷却ファンの回る音だけが、耳鳴りのように響く。
運転席のドアが開く音がした。
足音が、砂利を踏んで車の後ろへと回ってくる。
「……ハッ」
レックスは荒い息を吐き、立ち上がった。
銃を構え、後部ドアを睨みつける。
(来るなら来い。ドアが開いた瞬間、脳天に風穴を開けてやる!)
プシューッ……。
油圧ロックが解除され、重厚なドアがゆっくりと開いた。
逆光。
人工月光を背負い、小柄なシルエットが浮かび上がる。
「……」
「……」
二人の視線が交錯する。
五十代の歴戦の傭兵と、十代に見える名もなき始末屋。
銃口はカーバンクルの眉間に向けられている。
距離は5メートル。外しようがない。
「……動くな」
レックスの声は震えていなかった。だが指先が震え、トリガーに力が入っていた。
「俺を誰だと思っている。シャドウ・セキュリティのレックス・ドレイクだぞ」
威嚇。あるいは、自分自身を鼓舞するための言葉。
カーバンクルは表情を変えず、ゆっくりと一歩、車内へ足を踏み入れた。
「知ってるよ」
その声は驚くほど静かで透明だった。
「だから、終わらせに来た」
「動くな……!」
レックスが低い声で唸る。だが、カーバンクルは止まらない。
赤い義眼が銃口の奥にあるレックスの網膜を刺し貫く。
そこに恐怖の色は微塵もない。
まるで射線など、最初から存在しないかのように。
「……『隠者』たち」
カーバンクルが口を開いた。感情のない、氷のような声。
「そいつらは、何?」
レックスは眉一つ動かさず、銃の撃鉄を起こした。
カチリ、という金属音が静寂に響く。
「質問に答える義理はない」
「いいや、答えてもらう」
「……何?」
「あなたは引き金を引けない。引いたところで当たらない」
カーバンクルは淡々と事実を述べた。それは挑発ですらない。
レックスの頬がピクリと引きつった。
「……この、ガキ……」
レックスは口の端を歪め、獰猛な笑みを作った。
「舐めるなよ。俺が何万発撃ってきたと思ってる」
カーバンクルは聞かずに、一歩車内へ踏み込んだ。
レックスは即座に銃口を下げ、彼女の右膝へ狙いを定める。
だがカーバンクルは止まらない。もう一歩。
距離、2メートル。
「『隠者』たちは何をしてるの? なんでネオ・アルカディアを外から遮断する?」
「……」
「答えなければ、喉を潰す」
カーバンクルの殺気は本物だった。
レックスは指が震えそうになるのを、義手の出力で無理やり抑え込む。
こいつは撃たれることを微塵も疑っていない。
あるいは、撃たれても勝てると確信している。完全に舐められている。
「……ハッ、いいだろう」
レックスは銃を構えたまま、吐き捨てるように言った。
時間稼ぎだ。隙を見て膝を撃ち抜くための。
「ここはな、連中の『おもちゃ箱』なんだよ」
「おもちゃ箱……?」
「そうだ。ネオ・アルカディアは完璧に閉じられたサーバーだ。外部ネットワークとの接続はない。このドームの中だけが、連中にとっての世界だ」
レックスの声に、暗い嘲笑が混じる。
「ここでは金も、法も、人の命も、奴らの権限一つでどうにでもなる。政治家を買収し、メディアを検閲し、気に入らない市民は遊んで殺す。誰にも邪魔されない、完璧な支配だ」
カーバンクルは無表情のまま聞いている。
「だが、外と繋がったらどうなる? 他の都市からノイズが入る。連中の特権は相対化され、ただの小金持ちに成り下がる。だから必死なんだよ。自分たちの楽園を守るためにな」
「……怯えてるだけ」
「ああ、その通りだ。そしてイスラ・テスラみてえな理想主義者が、地下鉄で外の世界と繋がろうとしてる。隠者たちにとっちゃ、箱庭の壁を壊される悪夢だ」
レックスは肩をすくめた。
「俺にとっちゃどうでもいい話だがな。金さえ払えば、俺は悪魔の尻だって拭いてやる。今回は隠者たちの払いが良かった、それだけだ」
「そう」
カーバンクルは短く答え、さらに一歩踏み込んだ。
距離、1.5メートル。
レックスの臨界点を超えた。
「それ以上近づくな。警告はしたぞ」
「ずいぶん厳重な警告だね。そんなに撃つのが怖い?」
「あ――!?」
その言葉がレックスの理性を焼き切った。
プライドを逆撫でされた老兵の顔が怒りで歪む。
(……ナメやがって、クソガキがッ!)
もう知ったことか。
片足を吹き飛ばして、地面に這いつくばらせてやる!
レックスの指が、一気にトリガーを引き絞った。
バァンッ!
狭い車内に銃声が炸裂する。
だが、手応えがない。
マズルフラッシュが晴れた時、そこにカーバンクルの足はなかった。
「なッ!?」
トリガーを引く直前、筋肉の収縮を先読みしていたかのような回避。
弾丸は床の鉄板を虚しく抉っただけだ。
レックスが二発目を撃とうとした瞬間、視界が白と水色に埋め尽くされた。
「——言ったでしょ。撃っても当たらないって」
冷徹な宣告。
カーバンクルの左手が、銃を握るレックスの手首を蛇のように絡め取った。
同時に、右手が人差し指を掴む。
「ぐ、おおおおおッ!?」
バキボキッ。
湿った破壊音と共に、レックスの絶叫が響く。
人差し指が有り得ない方向へねじ切られ、ハンドキャノンが床に落ちた。
カーバンクルは即座にレックスの腕を極め、その巨体を床へと叩きつける。
「がっ……あ……ッ!」
レックスは脂汗を流しながら呻いた。
完全に制圧された。関節技が深すぎて、身じろぎ一つできない。動けば肩が外れる。
カーバンクルは冷めた目で、眼下の男を見下ろした。
「ク、ソ……ッ! ヴァイスのおもちゃごときが……ッ!」
レックスが憎々しげに吐き捨てる。
その単語に、カーバンクルの赤い瞳が僅かに揺れた。
「……ヴァイスの名前を知ってるの?」
「当たり前だろ……この街の前市長サマだぞ……ッ」
「……ヴァイスは、『隠者』の一人だった?」
「ハッ!」
レックスは激痛に顔を歪めながら、喉の奥で笑った。
「違うな……あの男は『敵対者』だ。隠者たちにとってのな」
「…………」
「イスラと同類の……いや。――そもそもヤツとイスラは共闘関係ですらあったはずだ!」
「……!?」
その言葉に、カーバンクルはかすかに目を見開く。
レックスの瞳に獰猛な皮肉の色が浮かんでいた。
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